ワタシは地方在住なのですが、何かイベントにかこつけては年に2回ほど東京に遊びに行きます。昨年あたりから感じるのは、宿がとりにくくなっていることです。これはワタシがまさにおのぼりさんが泊まるようなホテルに泊まるからというのもありますが、上京する週末の一月以上前に予約を入れようとしても、以前よく使っていたホテルがいくつも既に満席になっていて呆然となったりします。
これは海外からの観光客の増加も影響しているのでしょう。となると、少なくとも2020年ぐらいまではこの状況が続くことになりそうです(あるいは悪化する)。
ネットでそれをぼやいたところ、宿泊施設の提供者と利用者をマッチングする Airbnb を使えばいいじゃないと言われてはっとしました。一昨年の末に知り合いのライター氏がワタシの住む地方に来られたので飲んだときのこと、宿について尋ねたら、こともなげに Airbnb の名前を出されて、ワタシが住む地方でも部屋を貸し出している人がいるのかと驚いたものです。
というか、そのとき初めて当時既に日本でもサービスを始めていたことを知ったくらいですが、現在まで自分が利用するのを真剣に考えたことはありませんでした。が、次回の上京時には選択肢として検討したほうがよいのかもしれません。
さて、Airbnb や配車サービスの Uber は、「シェアエコノミー(シェア経済)」の代表選手としてよく挙げられます。ワタシ自身はこの「シェア」という言葉の耳障りのよさに違和感があったのですが、昨年末にフレッド・ウィルソンが「実は誰もシェアなんかしておらず、テクノロジーのおかげでものを買うのと同じくらい容易になったレンタルでお金を稼いでいる」とズバリ言っていてなるほどと思ったものです。
そして最近になって、2016年のアメリカ合衆国大統領就任を目指すヒラリー・クリントンが、「この、オンデマンド経済、あるいは『ギグ・エコノミー』と呼ばれるものは、刺激的な機会を生み出しイノベーションを促進する。しかし、同時に職場保護および未来の良い職業のあり方に困難な問題をもたらす」と、労働者の保護の観点から Airbnb や Uber に代表される契約(請負)労働者に依存する企業に対する危惧を表明して話題になりました(演説の全文)。
ここまでで、「シェア」、「オンデマンド」、「ギグ」といくつも表現が出てきましたが、アメリカでは「1099エコノミー」という表現も数年前から使われていたりします(これは、そうしたサービスの提供者であるフリーランサーの税務申告フォームである Form 1099-MISC に由来します)。呼称はともかく、このあたりが大統領選挙の争点になりそうなのは面白い話です。
ヒラリー・クリントンの意見表明の直後、30日以内に法を守らなければカリフォルニア州で Uber が営業停止という裁定がくだり、そしてほぼ同じくして「1099エコノミー」の代表格であるお掃除代行サービス Homejoy が7月末でサービスを閉鎖することを発表し、その失敗理由に注目が集まりました。
Homejoy のサービス終了の原因は、フリーランサーによる最低賃金の支払いや残業代の支払いなど従業員としての扱いを求める訴訟にありますが、Uber や(その同業ライバルの)Lyft もフリーランサーを正規の従業員とみなし、ガソリンなどの費用を支払うよう求める集団訴訟を既に抱えており、これらのサービスはもはや単なる「遊休資産を有するフリーランサーとサービス利用者をスマホを介してマッチングするプラットフォーム」では済まなくなっている現実があります。食料雑貨配達サービスを提供する Instacart など、訴訟問題に備えて契約労働者がパートタイム従業員になれる選択肢を提供する動きもあり、そうした意味でヒラリー・クリントンの問題提起は時宜を得たものだったと言えるでしょう。
Airbnb や Uber といった企業が提供するサービス……正確には希望者にサービスを提供させる企業の事業は、上述のフリーランサーの扱い以外にも既存産業との軋轢や法律面などいくつも本質的な危うさを抱えています。少なくとも日本においては、Airbnb など規制緩和でもなければ「黒に近いグレー」のままですし、Uber の舐めたやり口に行政指導が下ったのも記憶に新しいところです。
そのあたり、「許可を求めるな。許しを請え」なシリコンバレーのスタートアップらしいとも言えますが、海外においてもそうした企業に対するアンビバレントな視線は当然あり、それは『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』でおなじみジョン・バッテル(しかし、思えばあの本が出てから10年になるわけで、若い人は知らないでしょうか。数年前に本を書く執筆契約を結んだことを明らかにしていましたが、あれはどうなったのだろう……)の少し前のブログエントリ Uber, The Rashomon を読んでも感じることです。
この「Rashomon」とは、黒澤明の1950年の映画『羅生門』のことです。山形浩生によるとユーゴスラビアでは「Rashomon」 は「出歯亀/のぞき屋」を指すそうですが(笑)、一般に欧米では「見る人によって証言が変わり、真実が何通りもあるように思える」状況を指します。
ジョン・バッテルですら Uber にたじろいでしまうのは、今や5兆円(!)を超える時価総額、そしてそれに見合うだけの利益をあげる収益性の確かさ、そしてそれらと裏腹の企業としての Uber に見え隠れする危うさがあります。
Uber については、同業の Lyft に対するえげつない営業妨害をしているとか、批判的なジャーナリストに対して Uber の乗車記録を使えばその行動を暴くことは簡単だと幹部が脅しともとれる発言をして問題となるなど「目的のためなら手段を選ばない」攻撃的な姿勢が、女性蔑視的な発言などとあわせ取りざたされてきました。
配車サービスそのものについても、Uber のドライバーが誘拐の容疑で起訴されたり、ニューデリーやボストンでドライバーが乗客をレイプする事件が起こり、契約運転者の身元調査や審査が問題視されています。
そして極めつけは、今年に入って発覚したデータベースへの不正アクセス、並びにデータ管理の杜撰さと事件発覚後の対応のまずさでしょうか。上記のトラブルを含め、この問題については江添佳代子氏の「「Uber」からベンチャー企業のセキュリティを考える」シリーズ(その1、その2、その3)がよいまとめになっているのでご一読をお勧めします。
ジョン・バッテルは、この1、2年、Uber ほど大きな論議を呼んだ企業はないと書きます。かつての Google や Facebook や Apple やマイクロソフトでもここまで論争は呼んではおらず、Uber の存在自体が、政府の役割や社会契約や我々が望む社会の形を巡る実存的なロールシャッハテストになっている、まさに『羅生門』的な状況というわけです。
それなら大統領選挙の論点になるのも不思議ではありませんが、果たして Uber は柔軟で大きな雇用を生み出す、新たな情報社会への不可避な移行を加速するイノベータなのか? それとも安価な資本を利用する強欲で危険な女性嫌いの文化を持つ傲慢ないじめっ子なのか? バッテルはその両方だと正直に認めます。
バッテルによると、IT 業界で Uber について危惧を表明しない人など一人も会ったことがないとのことですが、Uber は我々の社会における仕事の役割、我々が働きたいと思う企業の形についての世界的な論争における一種のシンボルになっていると指摘します。「世界的な」というのは誇張ではありません。事実、Uber はドイツ、オランダ、韓国、インド、カナダ、スペイン、フランス、ニュージーランドとまさにヨーロッパでもアジアでも北米でもいろんな国で営業停止の処分を受けているのですから。
バッテルも、自身が創業した NewCo のイベントを開く際、「社会のポジティブな変化のエンジンとなる」という創業理念に照らし合わせて Uber に招待状を送ったものか社内で議論になり、どうにもふんぎりがつかなかったことを明らかにしています。
ただその上で、かつて論争の的となり、大きな批判に晒された企業でも sustainability を持つにいたったところはいくつもあり、Uber の変わろうとする兆候をはねつけてしまっては、その企業の文化を逆戻りさせかねない。Uber の旅はまだ始まったばかりなんだから――と最後はポジティブにまとめています。
シェアエコノミー、ギグエコノミー、オンデマンドエコノミー、1099エコノミー……まぁ、なんでもいいですが、その代表選手である Uber はもはやその枠をこえた責任を担わされつつあるようです。
このあたりのモヤモヤを見逃さないのが Web 2.0 時代後もトレンドセッターたらんとするティム・オライリーで、今年の11月に「仕事の未来はどっちだ?」をテーマとするNext:Economy というイベントを開催します。
「あらゆる産業や組織はこれからの数年でいろんな形での自己変革を迫られるし、さもなければ消えうせることになるだろう」とオライリーは煽っていますが、ページに大きく「WTF?」とあるのが目をひきます。
説明は不要でしょうが、WTF とは What the fuck の略で、「なんてこったい」とか「一体なんなんだ」という意味です。ティム・オライリーはこのイベントを告知する「WTF エコノミーは我々のビジネスのあり方を変えつつある(The WTF economy is transforming how we do business)」という文章で、このお世辞にも上品とはいえない WTF という表現を連呼しながら驚きを表明していますが、最初に挙げているのはやはり Uber であり、その次にくるのは Airbnb です。
オライリーは「WTF エコノミー」という言葉を流行らせたいようですが、その思惑通りにいくかはともかくとして、イベントが Uber や Airbnb をただ称揚するだけに終わるものになるわけがないのは間違いないでしょうし、何より Uber や Airbnb がこれからどのように事業展開国の政府や法律とのすり合わせを行い、落としどころを見つけていき、事業の sustainability を獲得していくか注目なのは確かです。