original image: Nicole Yeary(CC BY)
反応が良い都市と市民のテクノロジー
The Responsive City and Civic Tech
2015.11.16
Updated by yomoyomo on November 16, 2015, 17:23 pm JST
original image: Nicole Yeary(CC BY)
The Responsive City and Civic Tech
2015.11.16
Updated by yomoyomo on November 16, 2015, 17:23 pm JST
テック系ジャーナリストの大御所であるスティーブン・レヴィが Medium に昨年立ち上げた Backchannel は読み応えのある記事が多く、その長さから全部というわけにはいきませんが、できるだけ目を通すようにしています。
Backchannel には、レヴィをはじめとして常連寄稿者が何人かいますが、その一人が、オバマ大統領誕生時に FCC の政権移行作業チームの舵取りを行った現ハーバード・ロー・スクール教授のスーザン・クロフォード(Susan P. Crawford)です。
本ブログでも彼女の名前を「ネットワーク中立性の死とともに我々は現在のインターネットを失うのか?」や「オバマ大統領のネット中立性ルール保護要請の倒錯性と意義」で引き合いに出していますが、その文章タイトルを見れば予想がつくように、ネット中立性の強力な支持者として知られます。
彼女の初の著書『Captive Audience: The Telecom Industry and Monopoly Power in the New Gilded Age』刊行時には、そのネット中立性を擁護する一方で通信会社の既得権を厳しく批判する内容に、業界ロビイストから執拗な攻撃を受けたこともあります。
よって Backchannel への彼女の寄稿もネット中立性に関わるものが多く、その点についての彼女の主張は把握済のため、彼女の文章をほとんどスルーしていたのですが、いつ頃からかネット中立性から離れた内容の記事が多くなり、不思議に思っていました。実は彼女は昨年夏、かつてインディアナポリス市長を務め、『ネットワークによるガバナンス―公共セクターの新しいかたち』の邦訳もあるスティーブン・ゴールドスミス(Stephen Goldsmith)と共著で『The Responsive City: Engaging Communities Through Data-Smart Governance』を出していたんですね。
クロフォードからすれば、彼女のネットワーク論の自然な展開なのでしょうが、オープンデータや IoT や Civic Tech を活用した都市の統治といういまどきな話題が絡むことで、彼女の Backchannel の投稿にまた目がいくようになりました。なお、『The Responsive City』は前ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグが序文を書いているのですが、これは著者の2人ともニューヨーク市長時代の彼の下で働いた経験があるからでしょう。その経歴からしても、著者の2人が都市論を語るのに理論も実践も十分なことが分かります。
かつてティム・オライリーがぶちあげた「プラットフォームとしての政府」論、並びにその基盤となるオープンデータの考え方が浸透し、その上で市民生活のデータをセンサーで取得する仕組みから、いかにスマートなサービスを実現させるかという段階に入ったということでしょうか。
その上で欠かせないのが、Civic Tech というトレンドです。直訳すれば「市民のテクノロジー」ですが、地域の課題に対して、その住民である市民が情報技術を武器に取り組むことで、公共サービスのイノベーションを起こそうという動きの総称になります。今年の夏 Forbes のサイトに「Civic Tech こそ次の大物である理由」なんて記事もありましたが、(少なくとも日本では)そこまで人口に膾炙した言葉ではないでしょう。かくいうワタシもこの記事と偶然にも同時期に書かれた塚本牧生さんの note を見て、日本でもこの言葉を掲げる動きが立ち上がっていることを知ったくらいですが。
都市住民が情報技術と IoT から得られるデータを武器に――という話は、クロフォードらの『The Responsive City』のおよそ一年前に、未来研究所(IFTF)でディレクターを務めるアンソニー・M・タウンゼンド(Anthony M. Townsend)が『Smart Cities: Big data, civic hackers, and the quest for a new utopia』で先取りしていたテーマだったりします。
ワタシもこの本の刊行当時に期待をもって読んでみて、ピンとこないというか、面白さを感じなくて意外に思ったものです。これはワタシの感受性の問題なのかもしれませんが、スーザン・クロフォードは「スマートシティ」という言葉でなく「Responsive City(反応が良い都市)」という言葉を書名に掲げたのは意識的であることを認めています。
つまり、「スマートシティ」という言葉にポストヒューマニスト的な、過度に単純化され非人間的なイメージがあることに批判的なわけです。これはかつてのニュータウンなどの都市計画にあったトップダウンで非人間的な感じにつながる感じが個人的にするのですが、クロフォードはそれよりも responsive という単語を採用することで、都市住民の意見に耳を傾けて変化する柔軟性を重視しているのだと思います。
「我々が手にした中でもっとも人間的なテクノロジーがインターネットです」とクロフォードは言いますが、彼女のインターネットへの信頼の背景には、ICANN の理事も務めた彼女のこれまでの研究者、実務者としてのキャリアがあり、単なるお気楽な楽観論ではありません。
かくして『The Responsive City』は、センサーがはりめぐらされた都市が実現する人間中心のサービスについての事例が豊富な本になり、現在的な都市論に関心がある人にも、都市を情報技術を活用して民主的に統治する側にも、IoT とデータの組み合わせで何かしら公共のためになるサービスを考えている市民ハッカーにも興味深い本になったわけで(もっとも値段がかなり張るのでコスパ的にはアレですが)、それはクロフォードが BackChannel に寄稿している記事にも言えることです。
例えば少し前の文章で、「How Chicago Got Smart About Sensors」などタイトルが典型的ですが、ここで彼女が取り上げるのは、ポールや建物に設置されるセンサー組み込みシステム Array of Things(AoT)のシカゴにおける事例です。
AoT はリアルタイムにその都市の環境、インフラ、市民の動きを位置情報付きで提供するサービスですが、クロフォードが重視するのは、ブロック毎の都市環境を継続的に測定する、言うなれば都市の健康トラッカーの役割を果たすAoT のデバイスが、設置並びにネットワークからの離脱が容易なこと、そして収集されるリアルタイムな公共のデータが、シカゴの研究者のみがアクセスできるよう一箇所に集められること、そして収集されるデータは市民のプライバシー保護が前面に押し出されていることです。
特に最後のプライバシー保護について配慮があるところはクロフォードの文章の多くに感じることで、この点をワタシは好ましく思いますし、これからも BackChannel における彼女の寄稿をフォローしていこうと思います。そして AoT が、市民のプライバシーを侵害しない、シカゴの中枢神経システムになれば素晴らしいですし、アメリカ国立科学財団から3100万ドルもの助成金が出たので、デバイスの設置も来年から本格化しそうで、こちらも注目に違いありません。
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登録はこちら雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。