original image: Oskars Upenieks(CC BY)
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それではフレッド・ウィルソンの2015年回顧と2016年予測ですが、まず「2015年に起こったこと」というブログエントリの冒頭、2014年の回顧エントリにおける「インターネットのソーシャルメディア段階は終わった」という宣言を再び引き合いに出し、この1、2年のある時点で、消費者向けインターネット/ソーシャル/モバイルのゴールドラッシュは終わっていたと断じています。
その理由としてウィルソンは、アメリカにおける人気モバイルアプリのランキング表を挙げます。そのランキングの上位12位までのアプリの10個が Facebook か Google か Apple のものであるという大手プラットフォームによる寡占状態になっているわけです。過去4年以内に登場したスタートアップで、上記の表に名前が挙がっているのは、Snapchat だけだったりします。
要は、現在は強者がますます強くなる統合期にあるという見立てで、90年代以降パソコン市場の主導権を握ったマイクロソフトがやったことを、今度はモバイル分野で Apple と Google が行い、これに Facebook を加えて「オペレーティングシステムとしてのスマートフォン」を実現しつつあるわけです。
この見立てを聞いてワタシが思い出すのは、ポール・グレアムが2007年に書いた「マイクロソフトは死んだ」で、当時「Web 2.0」というバズワードがもてはやされた理由の一つに、マイクロソフトによる独占時代が終わるという幸福感を挙げていたことです。「Web 2.0」という言葉も今や昔ですが、あれから10年ほど経ち、当時とは違った形で寡占状態に陥りつつあるのでしょうか。
その寡占を打ち破る動きも何かしら出てきつつあるはずなのだけど、それが何かはウィルソンも明言できない、と正直に認めています。
次に来る! と言われたものもあったけど、2015年はそれらのいくつかの化けの皮が剥げた一年だったとウィルソンは手厳しく書きます。具体的には、彼が1年前に「ハイプ」と断じたバーチャルリアリティー(VR)やウェアラブル分野がそれにあたるわけですが、他にも Bitcoin とブロックチェーン技術もまだキラーアプリを生み出しておらず、AI や機械学習は有望だが、この分野こそビッグデータを扱える Facebook や Google が有利な分野であり、それが面白くなさそうです。
ウィルソンから見て2015年にもっとも面白かった動きは、輸送、ホスピタリティ、教育、ヘルスケア、そして何より金融といったバーティカル市場で起こったと指摘します。エンタープライズ分野における Slack の躍進についてもウィルソンは同じ構図を見出していますが、バーティカル市場に対して消費者に強力な利便を提供するアプローチが鍵なようです。
そしてウィルソンは、2015年が「ユニコーン」を葬った年として歴史に残ることを嬉しく思うと書いていて、彼がそのいくつかに投資していることを思うと、なんかヤケクソなんじゃないかとも思いますが、やはりこの言葉がもてはやされることを投資家として不健康と思っているということなのでしょう。
どうも2015年を振り返るウィルソンの筆致は明るくありません。それは文章の最後あたりで触れている、テック業界以外で起きたこと、具体的には西欧諸国におけるテロ事件とその米国民に対する影響、それらを踏まえながら熱を帯びる大統領選挙戦の行方も影を落としているのかもしれません。
さて、続いてウィルソンの2016年予測「2016年に起きるであろうこと」を見てみましょう。
最後の予測については正直意味がよく分からなかったので訳が正しくないかもしれません。VR 分野をハイプと断じる姿勢は昨年から変わっていませんが、個人的には VR は frog design の2016年テックトレンドで予測されている医療セラピー分野など有望に思えるのですが、ゲーム分野以外のキラーアプリが早めに登場するかどうかがポイントでしょう。
またこれは1年前に「テック界隈の諸行無常──2014年の振り返りと2015年の予測」を書いたときも指摘したことですが、2016年のテック系トレンド予測をしている人の大半が挙げている IoT という言葉を、今年もウィルソンはガン無視している印象があります。今回取り上げた彼の文章でこの言葉が出てくるのは、2015年の振り返りでウェアラブルと IoT を並べ、まだメインストリームになってないと断じたところ一箇所のみで、これについては少し軽視が過ぎるのではないかと不満を書いておきましょう。
これを書いて気づいたのですが、予測に登場する話題というかプレイヤー自体は1年前の文章とほとんど変わっていません。そうした意味で、ウィルソンは新たな駒を見出せなかったとも言えるかもしれませんし、予測自体のイキの良さというか面白みが欠ける結果につながっているのかもしれません。またそれとは別に、予測の文章の中に Google(並びにその傘下のサービス)の名前がまったく登場しないのも示唆的に思えます。
フレッド・ウィルソンの見立てを参考に今年2016年の方向性を考えてみるのは面白いでしょうし、いずれにせよ、これを読んでいる読者の皆様にとって2016年がより良く、楽しみのある、飛躍の年になることを願って本文を終わりとします。
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登録はこちら雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。