Seeedが販売するRePhone。誰でも携帯電話が作れるオープンソースキット

ハードウェア開発の「伽藍とバザール」

The Cathedral and the Bazaar on the Hardware development

2016.09.30

Updated by Masakazu Takasu on 9月 30, 2016, 17:00 pm JST

ぼくが仕事を始めた20世紀末頃、オープンソースという考え方が少し広まり始めた。それまではソフトウェアというのはお金を払って買い、サポート契約を結ぶもので、または非合法に割ってこっそり使うものだった。無料とオープンは同じような意味で扱われていて、FreeBSDのFreeが何を指すのかもあまり気にされていなかった。

1999年の「伽藍とバザール」

「開発者たちが、自分たちが使うソフトを自分たちで開発し、開発コミュニティを大きくすること(共有すること)によってソフトウェアの品質を上げる」というオープンソースの考え方は、実際に公開されているいくつかのオープンソースソフトウェアも含めて魅力的で、自分が仕事している産業の構造が大きく変わる予感があった。

著作権や知的財産権、そもそも権利とは何だろう?というサイバー法学からのアプローチ(クリエイティブ・コモンズとか)などもあって、テクノロジーやインターネットを仕事にしていてワクワクしたものだ。今だとAIやFintechのようなものだろうか。

当時は新聞に、「オープンソースとは」みたいな解説が載っていたり、マイクロソフトがオープンソースに対して自分たちのやりかたで対抗する文書が公開されていたりしたのだ。伽藍とバザールは、そのまっただ中の1999年に公開された。

誰でもソースを入手できて、開発に参加できるオープンソースといっても、リーダーがハッキリしていて、その人または集団が全体を見渡しながら注意深くリリースするFreeBSDなどの「伽藍」モデルと、そのときにはLinuxぐらいしか採用していなかった、どんなソースでもいちおうは取り込んで、誰でも「分家」をつくってよくて、しょっちゅうリリースする「バザール」モデル。

当時は「使う人が、どれがいいかわからなくなる」「全体の信用が失われる」と機能するか危ぶまれていたバザールモデルも、いまWikipediaのLinuxディストリビューションの比較ページを見ると44もの性質の違うディストリビューションがあり、無料・有料の違いや、個別の目的に特化したものもありながら、使う方が用途を理解して使っていることにより、大きな混乱は生じていない。

オープンソースとそれ以外の開発手法についての使い分けも現在はある程度おちついて、「プログラマの、プログラマによる、プログラマのためのソフトウェア」はオープンソースになるのが主流になっている。AppleもMicrosoftもオープンソースの開発環境をリリースしている。

開発言語や開発環境、サーバソフトなどは多くがオープンソースで、開発コミュニティがものすごく大きいものほど、そのなかでもバザールモデルを取りやすいようだ。コミュニティの輪郭をハッキリさせた方が全員が(少なくとも胴元は)喜ぶものは伽藍モデルに近い運用をされている。

そして、メインユーザがプログラマじゃないもの、たとえばオフィスソフトや写真加工ソフト、シンセサイザーソフトなどは今もプロプラエタリ(独占的)な、ちゃんと開発元がいてお金を取るものが高いクオリティをキープしている。PhotoshopもMicrosoft OfficeもWindowsもなくなったりしていない。

オープンなオフィスソフトを目指すOpenOfficeは開発者があまり確保できない状態が長く続き、本元のOpenOffice.orgは解散してしまった。非プログラマに向けてプログラムを書き、製品として提供するビジネスモデルは今も生きている。それとは別にオープンソースを基盤にしたビジネスが新しく登場した、と言えるだろう。

ハードウェアの伽藍とバザール

ソフトウェアの世界で90年代末に起こった変化は、社会全体に拡散しつつある。先鋭的なプログラマだけが触れていたオープンソースのモデルは、コンテンツの世界にもハードウェアの世界にも波及しつつある。

製造や流通がソフトウェアのようにいかないハードウェアでは、ソフトウェアとは前提条件が違いすぎて、同じ前提で語りづらい。まず、一つずつ製造しないとならないハードウェアはレポジトリという概念が生まれづらいし、今も量産ハードウェアの開発は、ソフトウェアに比べたらしっかりとした計画性・リソース・コストを備えた企業(スタートアップとはいえ企業で、ホビイストよりは、たとえば自分のリソースをたくさん使える)のものという性質が強い。粗悪に製造すると、オリジナルのコピーではなくなってしまう。

それでもArduinoやRepRapといった代表的なオープンソースのプロジェクトが生まれてはいる。Arduinoはまさにその「きちんとしたコピーを流通させる部分」(と商標)を自分たちで担保することで、「みんなが使えて、自由に開発や拡張もできる」状態を担保していたし、RepRapも多くのフォークを生んだ。ただ、どちらのプロジェクトも製造やそれを支える資金調達の部分で難局にあることは、先日yomoyomoさんがメイカームーブメントの幼年期の終わりと失敗の語り方にて触れていたとおりだ。

▼2015年のオープンソースハードウェアサミット(フィラデルフィア)
2015年のオープンソースハードウェアサミット(フィラデルフィア)

オープンソースの考え方がハードウェアにおいて担保したものは、「勝手に(事前の断りなしに)開発に参加していい」ということだったように思う。このコラムで触れられていたMakerbotのザックは今も中国の深圳で活動していて、物を作って生きるには ―23人のMaker Proが語る仕事と生活 (Make:Japan Books)のインタビュー中で、深圳の自由さを賞賛している。その自由はオープンソースの自由と、思想はともかく、実態としてはよく似ている。

知財という概念がきちんと根付く前に製造技術だけが「世界の工場」として集積した深圳では、公板(GongBang) ・公模(GongMo)という形のハードウェアが流通している。公板はパブリックなマザーボードという意味で、ちょっと流行した製品はマザーボードが市場に並び、ほしい数だけを買うことができる。公模はパブリックなプラスティックという意味で、同じく外装を意味する。

たとえばGPSセンサの公板とアクションカメラの公板を組み合わせ、アクションカメラの公模にいれれば、GPS機能のついたアクションカメラを市場に出すことができる。専用の基板や外装を設計するのに比べものすごく安く、しかもスケーラブルに製品化することができる。

ヒットした製品は、また新しい公板と公模を生み、生殖する生物が細かい違いや突然変異を繰り返して進化するようにハードウェアが進化していく。一つ一つの進化は本当に微少な違い(単なるコピーであることの方が多い)から、そこでの変化に発明者の名前は残らないことがほとんどだ。

▼深圳の電気街にて。どれがオリジナルでどれがコピーだか判然としないハードウェアが並ぶ。
深圳の電気街にて。どれがオリジナルでどれがコピーだか判然としないハードウェアが並ぶ。

バザール開発から生み出された詠み人知らずの発明品

公板で行われる進化は、売れているもの同士を組み合わせたマイナーチェンジに過ぎず、ジョブズのAppleが生み出したような見た目も中身も異なる新製品が生まれることはない。それでも、小さい進化の積み重ねが新しい製品を生む。

▼中国の通販サイトで見られるラジカセのような筐体のタブレット
中国の通販サイトで見られるラジカセのような筐体のタブレット

このラジカセのような筐体は、「大きいスピーカーがついたタブレット」だ。Bluetoothスピーカーにタブレット本体が入ったもの、かもしれない。Google MusicやYoutubeの音楽を聴くにはいい解決策で、Bluetoothスピーカーだとその間、つなげているスマートホンに他の仕事をさせづらいし、充電台に置きっぱなしにしておくと操作できなかったりする。iPodほど革命的ではないが、新しいジャンルの製品と言えるだろう。

▼バランスを取って乗る電動一輪車
バランスを取って乗る電動一輪車

この電動一輪車は原型がアメリカ発であったように思うが、実質は深圳の界隈で一番よく見かける。LEDをつけたりBluetoothスピーカーをつけるなどの改造が行われている。この手のパーソナルモビリティは、子供用バギーなどの派生物を生み出している。

自転車の前輪をインホイールモーターに置き換えて、ロードバイクを電動バイクに変えるような製品も生まれている。

詠み人知らずの発明品が、積み重ねられつつある

▼車のバックミラーにAndroidモニターを仕込んだもの。
車のバックミラーにAndroidモニターを仕込んだもの。

この車のバックミラーにモニターを仕込んだリアビューモニターでは、詠み人知らずの発明品が積み重ねられ、発展する様子が見られる。もともとは、バックミラーをマジックミラー化し、内側にモニターを組み込む形で始まった。テレビが表示されるような、普通のモニターだ。それに、Androidタブレットを組み込む形のものが昨年ぐらいから見られるようになった。

深圳ではAndroidの公板は豊富に流通していて、バックミラーの公模も流通している。組み合わせるとAndroidタブレットが組み込まれたバックミラーが誕生する。さらにドライブレコーダも仕込まれているものが多い。

この「Android入りバックミラー」はかなり人気の製品で、深圳でタクシーや普通の車に乗ると、半分以上の確率で使われているように思う。中国の大手地図サービス高徳地図(AutoMap)は、そのAndroidバックミラーに向けて専用のインターフェイスを用意した。

▼バックミラーにカーナビが表示される
バックミラーにカーナビが表示される

こうして、Androidと連携した車載用のナビゲーションシステムが、詠み人知らずで実現してしまっているのだ。高徳地図は多くの人が使っているサービスで、渋滞情報などは使っている人のリアルタイムのデータ解析により、「この区間の利用者がやけに時間がかかっているから、渋滞しているだろう」などの情報を提供している。それをナビゲーションと組み合わせる高精度で人気になっているサービスだ。カーナビのメーカーだけだと難しそうな機能を、詠み人知らずのハードウェアとアプリケーションだけで実現してしまっている。

一つ一つの進化はさほど革新的とはいえない、安易な拡張と言える。また、こうした開発プロセスで作られる製品は低品質なものがほとんどで、そこから世界が一変するようなイノベーションが生み出されるかどうかもまだよくわからない。

そもそもこうした公板・公模といったモジュールの製造や流通が、知財に関する権利意識の低さから発生していて、どんどん先進国化していく中国で、いつまで担保されるかもわからない。

ただ、今のところ中国政府は、開発のダイナミズムを重視しているように思える。高速にハードウェアの開発が行える環境を求めて、多くの新興ハードウェア企業が開発拠点を深圳に置こうとしている。そうした企業はグローバルを指向しているので、今の低品質開発とは違うアウトプットが出てくることもあるだろう。

また、深圳のオープンソースハードウェアを支援する企業Seeedはこういうカオスな深圳の環境を世界のメイカーに向けて提供することでビジネスにしている。彼らが販売しているRePhoneは、深圳の携帯電話を構成する公板をきちんとしたオープンソースハードウェアとしてデータシートまでつけて販売するもので、Linuxに対するRedhatみたいなビジネスと言うこともできる。

▼Seeedが販売するRePhone。誰でも携帯電話が作れるオープンソースキット
Seeedが販売するRePhone。誰でも携帯電話が作れるオープンソースキット

オープンソースの活動に輪郭を与えた「伽藍とバザール」から17年、メイカームーブメントに形を与えた「MAKERS-21世紀の産業革命が始まる」は2012年の発刊なので、まだ4年しかたっていない。

オープンソースとコミュニティをベースにした考え方は、ハードウェアの開発ほか社会のいろいろなレイヤーで、まだまだ新しい事象を生んでいるように思える。

告知です:
今回の内容を拡大した、深センのイノベーション環境や、オープンソースハードウェアとメイカームーブメントの役割については、「メイカーズのエコシステム」(インプレスR&D刊)という書籍にまとまっています。

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高須 正和(たかす・まさかず)

無駄に元気な、チームラボMake部の発起人。チームラボニコニコ学会βニコニコ技術部DMM.Makeなどで活動をしています。日本のDIYカルチャーを海外に伝える『ニコ技輸出プロジェクト』を行っています。日本と世界のMakerムーブメントをつなげることに関心があり、メイカーズのエコシステムという書籍に活動がまとまっています。ほか連載など:http://ch.nicovideo.jp/tks/blomaga/ar701264

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