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Google開発の量子ビットの様子

知的情報処理の最前線:Googleがやはり作っていた「量子コンピュータ」

Google challenges for making "quantum computer"

2016.07.05

Updated by Masayuki Ohzeki on July 5, 2016, 11:30 am JST

去る6月27日より30日にかけて、Adiabatic Quantum Computing Conference (AQC2015)がGoogle Los Angelsで開催された。

筆者も研究成果の講演のために参加してきたので、一部資料を交えながら紹介する。会議での実際の講演内容は、数週間以内に動画で会議Webページより公開予定である。

 

▼ AQC2016の開会の様子

アメリカの西海岸でアクセスが良好ということで、多くの日本人も含む研究者や企業関係者がおそらく100人を超える勢いで参加していた。

何より会場がGoogleということで、集客効果は抜群である。前年はスイスのETH Zurichで行われたが、やや今回に比べると人は少なかった。この会議の内容に注目している人間が、アメリカを中心に活動、そして日々増加していることがうかがえる。

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中心に議論される内容は、会議のタイトルにあるように断熱量子計算(Adiabatic Quantum Computation)、量子力学の性質を利用した新しい計算方式について、である。筆者が何度か話題にしてきた量子アニーリング(Quantum Annealing)に含まれる一概念である。

歴史的には1998年に門脇正史氏(現・エーザイ筑波研究所室長)・西森秀稔氏(現・東京工業大学教授)が提案した量子アニーリングが登場したあとに、2001年にEdward Farhi氏(現・MIT理論物理学センター長)らによる同種のアイデアである断熱量子計算が提案された。

その後、徐々に北米を中心に「断熱量子計算」としての研究が進み、認知が広がっていった。後になって、ある程度の日本サイドからの主張もあり、量子アニーリングが最初のアイデアであり、重要な基礎を築いていることが周知されるに至ったが、名前の部分でいまだに残されているところが厄介ではある。

会議では最新の非公開情報が飛び交う非常にエキサイティングな内容ばかりであった。この手の国際会議では、それぞれのグループを代表とする研究成果を講演という形で披露する。その内容を受けて、質疑応答において議論を交わし、休憩時間により詳しい内容を聞く。時には、かなり突っ込んだ議論に至ることもある。

本会議では、開催場所がGoogleということもあり、Googleが独自に制作している量子コンピュータのアーキテクチャが世界で初めて、この会議中に公開された。

極低温で形成される特別な量子状態である超伝導状態で、コイル内を抵抗なく走る電流の走る向きにより、情報の基本単位ビットを構成して、その向きを問題に応じて、適切に変更されるように設計されている。

この設計自体はD-wave Systemsが開発したものと同種であるが、将来に向けた大規模化や得意とする問題、目的とする問題を定めて独自設計部分がふんだんにあり、下に示す量子ビット部分も独自の形状をしており、会場の雰囲気も驚嘆に満ちたものであった。

▼Google開発の量子ビットの様子

筆者自身は理論物理学を専攻したため、デバイスの設計上の細かい仕様や工夫の詳細を完全に理解することはできなかったが、Googleの創意工夫ぶりは読み取ることができた。本当にできる量子コンピュータを間近に見た。

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さらにハードウェア部分だけでなく、システムそのものの発想から進化させたものが提案された。

量子アニーリング形式の量子コンピュータが解こうとしている問題は、最適化問題である。最短経路や最小コストとなる組み合わせを算出してほしいという要求に応える一般的な問題を解いてくれる優れものだ。さまざまな要求を勘案して、最も最適なものを探し出すためには時間がどうしてもかかる。それを量子の力で、非常に高速に解こうというわけだ。

Googleが今回紹介したシステムでは、途中計算上にあるもの同士を比較して、よりエネルギーの低いものへいくもの、エネルギーがこれ以上下がる見込みのないものを救い出す手段として、従来よりコンピュータ上のシミュレーションでは広く利用されてきた手法である「レプリカ交換法」の利用を提案していた。これも1996年福島孝治氏(現・東京大学准教授)、根本幸児氏(現・北海道大学教授)による日本人による研究成果である。

つまり量子コンピュータ最前線の研究は、その基本部分は、いたるところ日本の研究成果を利用して、日々発展していっているのだ。これは誇るべきところであり、同時に憂慮すべき事態である。

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さて話を戻そう。量子アニーリングは最適化問題を念頭においた量子コンピュータの利用法にすぎない。一方で、多様な用途を目指した方式である量子ゲート方式についてもGoogleは開発を独自に進めていた。

量子ゲート方式については計算途中について精度を保ち続けなければならないため、誤り訂正技術を必須とするが、この方式についても現在その実現を目指して、大規模な検証を進めているところであると発表された。

またQuantum Annealer v2と題して、Google独自に量子アニーリングマシンを制作していることも発表され、ゲート方式、アニーリング方式両者について世界最先端を突っ走る勢いをまざまざと見せつけられた。

▼量子コンピュータを制作中のGoogle(サンタバーバラ)のロゴ。量子力学の特徴的な記法で表されている。量子コンピュータを制作中のGoogle(サンタバーバラ)のロゴ。量子力学の特徴的な記法で表されている。

会議のメインは、実はユニークな講演部分ではなく、こっちだったのではないかと思われるが、Google Santa Barbalaの量子コンピュータを製作している部署へ会議最終日に参加者全員で訪問することができた。

その訪問の際に、実際に今製作している量子コンピュータの様子を垣間見ることができた。いや実際にはもっと隠された部分があるのじゃないかというくらいに、綺麗に小ざっぱりと、いやガランとしていた。大きな実験室4部屋ほどに、4人くらいのメンバーがいるのみであった。

しかしそこで筆者が見た、世界で初めての非公開の情報を伝えよう。(写真も許可されていないので持ち出せない)

先ほど挙げた超伝導量子ビットを用いて集積化を行ったチップを低温制御されたテーブル上におくことで量子コンピュータの実現を迎える。当面量子アニーリング形式で量子コンピュータの一つの実現を見るが、それを先んじているのがD-wave Systems社のD-wave one, D-wave two,そしてD-wave 2Xの現行機だ。

そのD-wave Systemsと異なるのが、そのテーブル数である。もうすでにGoogleは先を見据えており、そのテーブルの数が10個以上は用意されていた。

D-wave Systemsが開発したD-wave2Xでは1000量子ビットの集積化に成功しているが、載せるテーブルは一つである。一方Googleのテーブルは10個以上あるとなると、同時に動作させることが可能であり、チップの動作検証はもちろん、並列化など計算能力の向上を含めた効率的な運用を目指している。

そのテーブル数を確保できたのも独自形式の冷凍機を利用しているためだ。D-wave Systems社が利用している冷凍機大手の製品ではなく、独自の設計を頼める関係を持つメーカーから提供されている。

先ほどのレプリカ交換法の利用においても、同時に動作するチップがあるというのは、システムの提案とリンクして、ハードウェアの設計が進んでいることがうかがえる。

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量子アニーリング形式の計算能力についても会議全体の議題として、連日それぞれのグループの成果が発表された。

読者の多くの方は、「量子アニーリングは、本当に目の前にあるデジタルコンピュータでできないことができるものなのか?」というまっとうな疑問を持つだろう。

その疑問を表したものが、「stoquastic v.s. nonstoquastic」問題である。

stoquasticという単語は英語の辞書にはない造語である。stochasticという単語は、「確率的」ということで辞書に載っているが、量子力学に従う世界のように見えて、実は「素朴で」確率的なアルゴリズムの上で動作可能なものをsto”qu”asticと呼ぶ。いわば、“なんちゃって量子”の世界である。

対して、もっと複雑で、「素朴で」確率的なアルゴリズムでは動作できないものをnonstoquasticと呼ぶ。このnonstoquasticなシステムであれば、量子コンピュータでしかできない計算が含まれるというわけだ。

実は現状の量子アニーリング研究で多く検証されているものは、stoquasticなシステムに過ぎない。そのため、本来の量子コンピュータの力を発揮できる舞台ではない。

その舞台を飛び越えようとしなければ、本当の人類未踏の第一歩とはならない

そのための取り組みはもう始まっている。アメリカの国家プロジェクトIARPA QEOが主導して製作される量子コンピュータでは、nonstoquasticな世界の扉を開こうとしている。

元祖D-wave Systemsも来年以降登場するD-waveマシンではnonstoquasticなシステムの実現予定だ。そしてGoogleもその動きを着実に見せている。

本当に手の届かない、想像のきかない世界に向かっているのだ。

残念ながら日本では予算規模も小さく、小規模で多くのプロジェクトが乱立してしまい、この大きなうねりに打ち勝つ望みは薄い。国内独自にそのシステムを設計することは困難だ。

そんな現状に、研究者の一人として、忸怩たる思いである。

しかし僭越ながら述べさせてもらうが、それでも最後の一矢と、会議の最終日前日、講演セッションの最後で、一部のnonstoquasticなシステムを現状技術で工夫の上、動作させることに成功したという筆者の研究成果のように、日本人も中身やアイデアでは負けていない。会場の度肝を抜いたのは間違いない。

国際会議では講演だけでなく、ポスター講演という形で最新の研究内容を濃密に議論するための仕組みがある。そこでは多くの日本人がユニークで、多彩な研究内容を紹介していた。中身では負けていない。

世界の最前線で、孤立無援ながらも孤軍奮闘する日本人たちがここにいるのだ。

やっぱり日本人は強いのだ。

そんな戦士たちの姿をこれからも描いていきたい。どうか応援を続けてもらいたい。

そしてその戦いが、来年日本、おそらく京都で、繰り広げられる。是非とも多くの人に見てもらいたい。時代の変わる姿を目の当たりにできるだろう。

ご期待いただきたい。

 

 

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大関 真之(おおぜき・まさゆき)

1982年東京生まれ。2008年東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程早期修了。東京工業大学産学官連携研究員、ローマ大学物理学科研究員、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教を経て2016年10月から東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻准教授。非常に複雑な多数の要素間の関係や集団としての性質を明らかにする統計力学と呼ばれる学問体系を切り口として、機械学習を始めとする現代のキーテクノロジーを独自の表現で理解して、広く社会に普及させることを目指している。大量の情報から本質的な部分を抽出する、または少数の情報から満足のいく精度で背後にある構造を明らかにすることができる「スパースモデリング」や、次世代コンピュータとして期待される量子コンピュータ、とりわけ「量子アニーリング」形式に関する研究活動を展開している。平成28年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。近著に「機械学習入門-ボルツマン機械学習から深層学習まで-」、「量子コンピュータが人工知能を加速する」(共著)がある。