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RISC-Vエンジニアを募集するAppleの狙い

2021.09.14

Updated by Ryo Shimizu on September 14, 2021, 07:28 am JST

AppleがRISC-Vのハイパフォーマンスプログラマーを募集するというニュースが少し前に話題になった。

RISC-Vとは、オープンソースの命令セットアーキテクチャ(ISA;Instruction Set Architecture)であり、CPU界のLinuxモデルの構築を目指している全世界的なムーブメントである。

仮に世の中のコンピュータが全てRISC-V化すれば、スマートフォンを含むコンピュータの価格は今より2割から3割安くなる可能性がある。

今現在、世の中で普及している命令セットアーキテクチャは大きく二つある。一つはIntelのアーキテクチャと、もう一つはARMのアーキテクチャだ。

Intelは自社製品でしかその命令セットアーキテクチャを使えないようにしているが、AMDのようにIntelとクロスライセンス契約を結んで同じアーキテクチャを使えるようにする場合もある。

ARMは、工場を持たない(ファブレス)だけでなく、半導体そのものを製造せずCPUの設計図をIP(知的財産)として供給するユニークな企業で、ARMベースのCPUは今や世界で最も普及していると言っても過言ではない。

iPhone、Android、Macは全てARMベースであり、携帯ゲーム機もARMベースのものが普通である。

ARMは柔軟性に富み、ライセンスを受けた側が自社でカスタムして製造できるため人気が高い。
しかし、そのライセンス料金が非常に高価でそれがスマートフォンやPCの原価率を引き上げているという指摘もある。

オープンソースの命令セットアーキテクチャであるRISC-Vならば、そういう心配がない。
ただし、RISC-VとARMでは根本的な部分が異なる。

ARMが提供するIPを使えば、すぐにでも半導体の製造が可能だが、RISC-Vが提供するオープンソースはあくまでも「命令セットアーキテクチャ」だけで、この命令セットアーキテクチャを実際にどのような回路で実現するか、ということについては各社で設計しなければならない。もちろん、参照実装(リファレンスモデル)としてのオープンソースの実装は存在しているが、これではパフォーマンス的に不十分であるという指摘がある。したがって、現在の最新のARMアーキテクチャに匹敵する性能を出すCPUの設計は、各社が自分でしなければならないということになる。

今や世界最大のコンピュータ会社であるAppleにとって、ARMへのライセンス料の負担は大きな問題だ。これ以上利益率を高めるには、ARMに支払うライセンス料は目の上のたんこぶである。

しかし、だからと言ってAppleがCPUの命令セットアーキテクチャを完全に独自実装した場合、OSやコンパイラなど、ソフトウェア開発に必要なツールチェインのメンテナンスも全て自社で賄わなければならなくなる。これはこれで非効率的だ。

しかし命令セットをRISC-Vベースにするなら、性能はさておき、オープンソースで使えるツールチェインが既にある程度揃っており、ボトルネックになりそうのはCPU本体の設計だけだ。CPU本体の高性能化の設計を自社のエンジニアで賄えば、Appleはこれまでにないほど自社の競争力を高め、市場優位性を確保できる。

また、RISC-Vは欲しい機能をモジュール式に追加したり、独自の機能を追加したりすることも簡単なので、ニューラルネットやセキュリティ対策など、これまでのCPUアーキテクチャでは難しかった痒いところに手が届くCPUの設計といったことも可能になる。

というのも、セキュリティを守るというのはオープンソースでこそ難しい。徹底的に解析すればどうしても設計の見落としなどが見つかってしまう。ところがセキュリティ部分だけを秘密裏に作ってしまえばこれを攻略するのは至難の技だ。完璧ではないものの難易度は跳ね上がる。

たとえば、既存のコンピュータのアーキテクチャではこれまでの時代の進歩とともに地層のように重なってきた様々な機能がある。これを今再び見直し、再設計することで従来のアーキテクチャよりも低消費電力化したり性能をあげたりできる可能性が出てくる。

また、ニューラルネットのような新興技術に関しても、従来のようにグラフィック処理用の積和演算器をただ使うのではなく、ある程度目的を固定して使えるニューラルネットワークの事前学習済みモデルをハードワイヤードに実装しておけば、積和演算器で計算するよりも高速かつ省電力で推論結果だけ得ることができる。

最近のニューラルネットワークのトレンドは、ファウンデーションモデル、すなわち事前学習済みのモデルをまず用意して、最終層近くだけをファインチューニングして使うなどの方法が主流になりつつある。

モデルが複雑になり、巨大化すればするほど、こうしたモデルの静的な実装は効果を出してくる可能性が高い。
Appleが現時点でどこまでやる気で、最終的にどこへ到達したいと考えているか、今はまだ想像するしかないが、RISC-Vのエンジニアを公然と募集し始めたということは、ARMにとっては脅威でしかないだろう。

少なくともメインプロセッサはまだでも、周辺の細かいプロセッサの中で、それほどパフォーマンスが求められない部分については部分的にRISC-Vを使うようになるだろうし、それがコストを下げていくことにつながるはずだ。

特に最近はスマートフォンの高価格化が問題視されており、既にスマートフォンの上位機種はPCより高価なものも少なくない。

この価格を引き下げる圧力としてAppleはRISC-Vエンジニアを公然と募集し、そうすることで短期的にはARMからの譲歩(ライセンス料の減額など)を引き出そうというねらいもあるはずだ。

ARMにしても、ライセンス料を丸ごと失うよりは減額に応じた方が時間は稼げる。
なんにせよ、RISC-V陣営が力を持つということは、これまで膨大なソフトウェア資産(主にツールチェイン)に支えられてきたことを根拠として膨れ上がり、独占的に市場を支配してきたIntel、ARMにとって脅威であることは間違いない。

Intel、ARMともに急がれるのは、対RISC-V陣営への対応だが、過去に有料のソフトウェアが無料のオープンソースソフトウェアと対抗してきて生き残った例はほとんどないことから、これがいかに既存のCPUメーカーにとって困難な局面なのか想像できる。

もしも何かできるとすれば、IntelとARMは、RISC-Vにおいて、圧倒的な性能を持つアーキテクチャを発明し、その周辺特許を全て抑えてしまうか、価格を大幅に下げるか、Adobeがやったように、単にアーキテクチャを販売するのではなくサブスクに移行するか(たとえばスマホを一ヶ月のうち何秒使ったかで課金するなど)しかないだろう。

当面の問題は、出荷時にかかる原価が高すぎるということなので、サブスクへの移行に同意してもらえば、お互いにとって無駄な労力(ARMと対抗できるまでRISC-Vの性能を高めるような)をかけずに済むというメリットに成りうる。

戦略論としてみれば、非常に興味深い局面であることは間違いない。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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