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JPX(日本取引所グループ)のブロックチェーン技術評価レポートを読む

2016.09.01

Updated by Satoshi Watanabe on September 1, 2016, 06:00 am JST

ビットコインとはとどのつまりIngressである。というのが両者を一通り調べての所感である。

各所の記事で書かれているのでご存じの方も多いと思われるが、IngressはポケモンGOの前身と位置付けられるゲームである(前々回及び前回のポケモンGOについての記事参照)。

慣れてみるとなかなかに奥深く面白いゲームであるものの、ヒントや説明なしでいきなり触るには実にとっつきにくく、位置情報・地理情報系の研究者の方とも、「広まったら面白いこと出来そうだけれども、このゲームの作りでは一般人にはハードル高いですね」との共通認識を得ていた。

つまり、これから世の中に起こりうることを鮮やかに示しているものの、そうはいってもあくまでプロトタイプであり普及品には見えない。というのが、今でも変わらないIngress評である。あの武骨な作りのIngressに魅了された少なからずの人々は、そこに何かの未来が透けて見えることを直観的に感じ取り、面白がって触っていたのではないかと考えている。

ビットコインにも似たような空気を色濃く感じる訳であるが、では何のプロトタイプなのか。

IngressにおけるポケモンGOに該当するものは何か、との問いに対してはまだはっきりとした回答はない。いま分かっているのは、ブロックチェーン技術の優れたユースケースがビットコインということであり、ブロックチェーン技術の可能性を、論文やモデルではなく、実際動くものとして示したのがビットコインである。

ビットコインにおけるポケモンGO=ブロックチェーン技術の大ヒット実装ケースになるかもしれないのが、例えばで金融取引への応用である。どのような分野への応用がどれくらい可能そうなのか、JPX 日本取引所グループからの実証実験を伴った実証レポート(PDFリンク)が出されたのでざっと見てみたい。

◇ 今すぐは使えないが大きな可能性

金融市場システムの様々な分野への応用可能性が検討されているが、結論としては、いますぐ大規模に使えるものでもないし、実用には技術開発もまだ必要であるが大きな可能性を秘めている、というものとなる。

DLT を金融市場インフラに活用した場合、いくつかの課題があるものの、新たなビジネスの創出、業務オペレーションの効率化、コストの削減等に寄与し、金融ビジネスの構造を大きく変革する可能性の高い技術であることが分かった。

ビットコインはコインとついているから、金融サービスへの応用が出来るのではないか、とつい連想してしまいそうであるが、蓋を開けてみるとそう簡単ではない。レポートでまとめられているこちらの要件整理図にあるように、ビットコインの売りにしている特性と、金融市場でのニーズはむしろ揃っていないところが多い。
028:金融市場が求める DLT の構成 
よって、技術評価の結論としては、秘匿性の担保やスループット性能の不足から、金融市場要件を満たした規格の成熟や補完技術の開発が必要であり今日明日に実装に着手出来るものではないとされている。

このレポートから推察する限り、ブロックチェーン技術が世の中に出てくるのは(ビットコインを除くと)金融取引以外の分野での第三者証明、認証、取引の自動化といった金融分野以外のテーマの方が早く立ち上がりそうに見える。

◇ ブロックチェーン技術の実用化検討範囲

ブロックチェーンの応用用途を簡単に知るには例えば、経産省の一枚まとめページが読みやすくごくコンパクトにまとまっている。

ブロックチェーン技術を応用すれば、個人の権利の証明にも使えます。例えば、土地を取引するときに、電子署名と土地の権利情報が書かれたデータをブロックチェーン上で管理すれば、役所の登記簿は不要になります。
また、住民票も、台帳自体をブロックチェーン上で管理すれば、住民本人と転居前後の自治体の電子署名により、手続き完了の証明となります。

さらに応用を広げると、食品などの生産・取引データを記録すれば、廃棄食品の横流しなども防げます。映画や音楽などの著作物も、正規版の証明ができます。
そして、今後は、IoTや人工知能によって、モノ同士の取引というのも増えていくと予想されています(洗剤を自動発注する洗濯機など)。こうした爆発的に増加する取引を適切に管理するには、情報を一元管理しないブロックチェーン技術が有望だと考えられています。

もうちょっと詳しくは、モデルや専門用語が多数出てきて少々ハードルは上がるものの野村総研のレポートを。

末尾になるが、JPXのレポートで個人的に気に入ったのが報告書の末尾の方にあるこのフレーズ。

DLT の適用によるイノベーションは、その技術的特性を可能な限り活かしつつ、既存の業務プロセスを見直すことで初めて得られるものと考える。金融市場インフラにおける DLT の適用においては、既存の業務プロセスに精通した主体を中心に検討が進むと思われるが、既存プロセスに拘りすぎて DLT の利点を損なうことがないよう注意が必要である。

ブロックチェーン技術に限らず、新しい発想とアプローチで組まれた新技術が出てくると、やたらと叩いたり逆にやたらと雰囲気だけで持ち上げたりとする動きに世の中なりがちである。良く言われる、「イノベーションが進まないのはどうして?」との問いへの答えの一つでもある。

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渡辺 聡(わたなべ・さとし)

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任助教。神戸大学法学部(行政学・法社会学専攻)卒。NECソフトを経てインターネットビジネスの世界へ。独立後、個人事務所を設立を経て、08年にクロサカタツヤ氏と共同で株式会社企(くわだて)を設立。大手事業会社からインターネット企業までの事業戦略、経営の立て直し、テクノロジー課題の解決、マーケティング全般の見直しなど幅広くコンサルティングサービスを提供している。主な著書・監修に『マーケティング2.0』『アルファブロガー』(ともに翔泳社)など多数。