前回に引き続き緊急避難時に自動運転車はどのように振る舞えば良いのかを考え、そこから緊急避難時に自動運転車を運行させるのに必要な条件を洗い出していこう。
緊急時に、一般車両はまずなによりもその挙動や存在によって混乱を拡大しないことが求められる。そのために現時点では「車両から降りて避難」が原則となっているわけだ。おそらく、この原則は自動運転車が普及したとしても当面変わることはないだろう。機械は様々な自体が突発する緊急時への対応能力が、まだまだ人間と比べて劣る。当面は人間を超えることはないと考えてよいだろう。だから緊急時には自動運転車を頼らないというのが、しばらくは最上の選択だ。
だが本当に災害避難において自動運転車を役立てる方策はないのだろうか。東日本大震災で観測された津波は、陸上ではほぼ時速30kmで進行した。人間は、時速30kmで走り続ける事はできない(100mを9秒で走ると、時速40kmとなる。マラソンの42.195kmを2時間で走ると仮定すると、約時速21.1kmだ)。このため、東日本大震災では、津波が見えてから慌てて徒歩で避難した人が津波に追いつかれて濁流に呑まれてしまった。
が、乗り物にとって時速30kmは第一種原付の制限速度でしかない。なんらかの動力車両が使え、かつ道路が空いていれば、津波が見えてから避難を始めても間に合う。ところが実際には、道路に車両が殺到して渋滞を起こしているところに津波が到来して車両ごと流される事例が数多く起きた。
つまり、自動運転車を災害避難時に使うならば、1)少なくとも時速30km以上の速度で可能な限り高速で、2)避難渋滞を引き起こさない——という2つの条件を満たす必要がある。
SF的に想像力を駆使して、自動運転車による理想的な避難のありようを思い浮かべてみよう。大きな地震が発生する。津波警報が発令され、自分の脚で避難できる者は徒歩で避難する。自動運転車は避難モードに切り替わり、搭乗者の指示で動かすことはできなくなる。避難の遅れた者、自分の脚で避難ができない者は手近な自動運転車に乗り、移動を待つ。その間、自動運転車はそれぞれの車体に搭載したセンサーで道路状況の変化を探り、情報を交換し合って、近隣の被害状況地図を自動的に作成し、共有する。集まった情報が十分と判断される量になると、動ける自動運転車から避難場所への移動を開始する。ロボット制御におけるサブサンプション・アーキテクチャーのように、それぞれの自動運転車がいくつかの条件に従って移動すると、自ずから整然とした渋滞を起こさない自動車の流れが形成される。全体に指令を出す中枢を持つシステムだと、端末となる自動運転車と中枢との通信が切れて動作不良に陥る可能性がある。あくまで自動運転車が自発的に動作し、結果的に大域的な最適制御が実現するような仕組みにしておく必要がある。
このようにして、津波が到達する前に自動運転車が群体として行動し、津波到達前に避難を完了する——。
そんなにうまい避難方法を、自動運転車に実装できるのかどうか。少なくとも、研究してみる価値はあるだろう。全体を制御する中枢を持たず、個々の自動運転車に搭載したセンサーの情報とコンピューターが、短距離通信可能な近隣の自動運転車と情報を交換するだけで、全体として最適な移動が実現できるかどうかは、かなり面白い技術的挑戦となるはずだ。
魚や鳥の群れの複雑な動きが、群れを構成する個体が従ういくつかの簡単なルールだけで生成することは知られている。自動運転車にも同様のアルゴリズムを組み込んで、「自ずと最適な避難ができる」ようにすれば、大規模災害対策は大きく進展する。
おそらく一番の問題は、イレギュラーな動きをする、非自動運転の自動車の挙動をどのように予測し、危険を回避し、なおかつスムーズな避難を維持することが可能かという点ではないだろうか。また、大型災害で動転した人間は、何をするか分からない。非常時ということで、例えば認知症で免許を返上した老人がハンドルを握るというようなこともあるかもしれない。人間は多様であり、可能性は大きく、逆に言えば巨大な不確定要素でもある。が、自動運転車が人間のための道具である以上、人間を排除することはできない。「システムをうまく動かすために人間を排除する」というのは、本末転倒である。人間の持つ不確定性を柔らかく受け止め、破滅的な事態を回避するようにシステムを設計していく必要がある。
数十年後、すべての自動車が自動運転機能を持つようになったら、人間の運転による不確定性という問題は解消される。が、当面は、不充分な自動運転機能を持つ自動運転車と、既存の人が運転する自動車とが同じ路上で混在することになる。
だから、大規模災害時に“自発的”に自動運転車が協力し合って、効率的な避難を実施するというヴィジョンは、そんなに簡単に実現するものではなかろう。だが、当面は実現しないからといって、「絶対に出来ない」と考えるのは愚かだ。技術の進歩は、これまでも不可能に思われることを実現してきたのだから。
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登録はこちら「自動運転の論点」編集委員。ノンフィクション・ライター。宇宙作家クラブ会員。 1962年東京都出身。日経BP社記者を経て2000年に独立。航空宇宙分野、メカニカル・エンジニアリング、パソコン、通信・放送分野などで執筆活動を行っている。自動車1台、バイク2台、自転車7台の乗り物持ち。