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経済格差についてピケティはなんと言っているか

人と技術と情報の境界面を探る #008

2017.06.12

Updated by Shinya Matsuura on June 12, 2017, 07:00 am JST

貧富の格差について語るには、経済学者トマ・ピケティの記念碑的な大著「21世紀の資本」(2013年、邦訳は、山形浩生・守屋桜・森本正史訳、2014年みすず書房)を避けて通ることはできない。この本でピケティは、数値的なデータに基づいて、「資本主義社会においては、経済格差は広がる一方である」ことを論証した。

彼が注目したのは、資本が資本を生む割合である資本収益率と、労働が収益を生む経済成長率との関係だ。資本が投資によって更なる資本を生むのと、労働が収益となり経済を拡大するのと、どちらが強力かということである。資本が資本を生むほうが早ければ、富は集積して貧富格差は拡大する。逆に労働が経済を拡大するほうが早ければ資本の集積よりも経済成長が速いので、全体として貧富の格差は縮小する。

そこでピケティは、世界各国の数百年に渡る統計を集め、国ごと、時代ごとの資本収益率と経済成長率を推定し、分析していく。
 
 
ピケティは自らの分析に先入観が入らないように非常に注意しつつ、思考を展開していく。最初は用語の定義だ。「資本」は所有できて市場で取り引きできるものの総和と定義され、人が持つ技能や知識といった「人的資本」は排除される――このようにして用語を定義してから、おもむろに彼は1700年から2012年までの世界で起きたことの分析を開始する。人口はどのように増加してきたか、経済成長はどのような形で達成され、経済成長率はどのようにして推移してきたか。

彼が分析に使う基本的なパラメーターは、資本と所得の比だ。この比がどのように変化してきたを調べていけば、それは資本が資本を生む率と、労働が所得を生む率との競い合いを知ることができる。1700年から2012年いかけての資本と所得の比の変化は国によってかなり違うが、一定の傾向を示す。18世紀から19世紀にかけて資本がぐっと増えるが、20世紀前半で落ち込み、20世紀後半以降、また増えていくのである。つまり18世紀から20世紀初頭にかけて、資本は蓄積し、20世紀前半で散逸し、20世紀後半にまた集積しているわけだ。これをピケティは2回の世界大戦の影響と分析する。

さらに彼は、世界各国の所得上位10%、あるいは1%が、全体の所得でどれだけの割合を得ているかを調べ、1900年から2012年までの年ごとのグラフに起こしていく。これも資本と所得の比と同傾向を示す。20世紀前半は低下傾向で20世紀末から21世紀に向かうに従って上昇するのだ。下がるということは高所得階層の所得が減るということで、格差の縮小を意味する。逆に上がるということは高所得階層の所得が増えるということで、格差は拡大する。

このような数値の分析から、ピケティは「資本主義の基本的な性格として、資本収益率は経済成長率より常に大きい」という結論を導く。資本主義社会においては、貧富の格差拡大は必然というのである。1700年から2012年にかけて、貧富の格差が縮小したのは2回の世界大戦があった20世紀前半だけだった。戦争による資本の破壊と取り崩しのみが、貧富の格差を縮小し、平和な時代は常に資本の集積による貧富格差の拡大が進んできたというわけである。
 
 
ピケティの分析結果を使うと、色々なことが見えてくる。例えばトリクルダウン――「富める者が富めば、その富はしたたり落ちる雫のように貧しい者にも及ぶ」とする新自由主義者の主張は否定される。富める者が富んで、富の増分の一部が貧しい者に落ちるとしても、その効果は限定的で、富める者と貧しい者の格差は拡大するののである。トリクルダウンは、アベノミクスの根拠としても使われたが、アベノミクスの結果として日本の貧富格差が縮小したかといえば、そうはならなかった。

中国の国家主席を務めていた鄧小平が1980年代の経済開放に当たって提唱した「先富論」とその結果もピケティの分析を使うことで理解することができる。鄧小平は、「政策的に先の豊かになれる者を富ませ、彼らに落伍した者を助けさせる。先に富んだ者が、貧困層を援助することで国全体として豊かになっていく」というものだった。彼はその考えに基づいて、中国湾岸地域の経済発展を優先させた。

その結果起きたのは、爆発的な経済成長と、経済成長の結果の内陸部との貧富格差拡大だった。鄧小平の先富論に基づく政策により、確かに中国湾岸部は経済的に発展し、ぶ厚い富裕層が形成された。が、その富裕層の富が、内陸部の貧困地域を富ませることにはならなかった。むしろ富を求めて人々は内陸部から湾岸部へと移動した。

中国は農村部から都市部への人の移動を厳重に抑制する政策をとっていたが、豊かになる欲望に突き動かされた人々の動きを止めることはできなかった。なぜなら経済成長と共に、湾岸部は安い労働力を必要としており、内陸部の貧困層は労働力の供給源となったからである。労働力がなければ、湾岸部の経済発展もありえず、政府としても違法な人の移動を抑制することはできなかった。結果、湾岸部は益々富み、中国国内の貧富格差は拡大した。
 
 
ピケティは、様々な経済活動の結果である数値をかき集めて分析し、「資本主義社会において資本収益率は経済成長率より常に大きい」という経験的事実を引き出した。

18世紀から21世紀初頭の300年余り、すべての資本主義社会において、基本的に資本収益率は経済成長率より大きかったのだ。例外的な状況を引き起こしたのは、戦争による資本の破壊のみである。これは経験的事実であり、「今後とも絶対確実な真理か」といえば否だ。しかし、今後の社会を考えるにあたっては、十分前提として良いだけの強力さを備えた真理である。
 
 
さて、前回まで考察してきたAIやロボットなどの新しい技術による貧富格差の拡大は、ピケティの分析とどのように接続されるのだろうか。

ピケティの分析は経済の結果としての数値を考察することで得られたものなので、その中に技術革新の影響をすでに含んでいる。蒸気機関による産業革命、動力船や航空機の登場による流通革命も、コンピューターとデジタル技術による通信革命も、それらすべてを織り込んだ結果としての経済指標を分析の対象としているわけだ。

だから「これからなにが起きるか」については、ピケティの分析と「AIやロボットなどによる貧富格差の拡大」はそのまま重ね合わせることができるだろう。AIもロボットもピケティの分類に従えば資本であって、資本収益率を向上させる道具である。すると資本収益率はより大きくなり、経済成長率との比はより一層拡大する。つまり貧富格差の拡大が急速に進行するということになる。

1世紀後にピケティと同様の分析を行えば、「21世紀前半には、それまで以上の貧富格差の拡大が世界的に進行した」という結論がでるだろう。

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松浦晋也(まつうら・しんや)

「自動運転の論点」編集委員。ノンフィクション・ライター。宇宙作家クラブ会員。 1962年東京都出身。日経BP社記者を経て2000年に独立。航空宇宙分野、メカニカル・エンジニアリング、パソコン、通信・放送分野などで執筆活動を行っている。自動車1台、バイク2台、自転車7台の乗り物持ち。

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