画像はイメージです original image: © cunaplus - Fotolia.com
モバイルペイメントの現在(いま)──2020年に向けて、日本は世界のモバイル決済事情から何を学ぶべきか
2017.10.02
Updated by WirelessWire News編集部 on October 2, 2017, 07:00 am JST
画像はイメージです original image: © cunaplus - Fotolia.com
2017.10.02
Updated by WirelessWire News編集部 on October 2, 2017, 07:00 am JST
デジタル化は私たちの生活のさまざまな側面を変え続けています。
「お金」もその1つ。おサイフケータイや、昨年から日本でも利用可能となった『Apple Pay』『Android Pay』 などにより、キャッシュレスで交通機関の利用や買い物をする機会がどんどん増えています。
それでも、日本はまだまだ現金社会です。日本クレジット協会の2015年版の資料によれば、日本国内におけるクレジットカードによる決済比率は15.7%、デビットカードや電子マネーを合わせても17.2%と、40〜50%に達する欧米の主要国の半分以下に過ぎません。
東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年を目標にキャッシュレス化を推進する日本は、モバイル決済の普及が進む各国の経験から何を学ぶべきでしょうか。世界のモバイル決済事情を追い続けているITジャーナリストの鈴木淳也氏が、各国の事例をひもときながら、キャッシュレス社会の実現に向けた課題を解説します。
近年アジアの金融と物流の中心拠点、そして何より同地域への進出拠点として急速な発展を遂げているシンガポール。ここではいま、決済と交通サービスに関する新たな実験が行われている。
シンガポールでは同国全土で利用可能な共通交通系ICカード『EZ-Link(CEPAS)』が導入されており、利用者はこのカードに金額を“チャージ”し改札へ“タッチ”することで公共交通が利用可能なほか、コンビニなどで買い物もできるようになっている。これは『Suica』など日本の交通系ICカードでおなじみだが、シンガポールはさらに次のステップへと移行しようとしている。「オープンループ」と呼ばれるその仕組みでは、利用者が持つクレジットカードやデビットカードを地下鉄の改札にかざすだけでそのまま通過でき、降車駅で再び改札にカードをかざせば区間運賃がカードから引き落とされる。つまり、別途EZ-Linkカードを用意しなくても、「NFC(Near Field Communication)」という非接触通信技術に対応したクレジットカードさえ持っていれば、そのまま公共交通サービスが利用できるわけだ。街中でもほとんどの店舗でクレジットカード決済ができるシンガポールなら、ほぼ現金を持たずに行動できる。
「NFC対応のクレジットカードなんて持ってないよ」と多くの方は思われるかもしれない。実際、日本ではこうしたNFC対応クレジットカードはほとんど発行されていないから当然だ。だが、海外では銀行がこうしたNFC機能を搭載したクレジットカードを発行しており、オーストラリアをはじめ、最近では英国やフランスなどでも新規発行されるクレジットカードのほとんどがNFC対応になっている。ただし、こうした国々でも手持ちのクレジットカードを携帯電話に登録してNFCによる決済を可能とする『Apple Pay』のような仕組みが少ないながらも登場しており、NFC非対応のカードしか持っていなくても非接触決済を利用できる機会はある。
2017年5月末時点でシンガポールで行われている実験サービスでは、残念ながらプラスチックのカードにNFCを内蔵したタイプのものしか利用できない。だが同国で交通行政全般を管轄する陸上交通省(LTA)によれば、7月末までにはApple Payを含むスマートフォンに登録されたクレジットカードを使った改札通過が可能になるという。
こうしたキャッシュレスですべての取引が可能な仕組みの導入は、佐渡島にも満たない面積の都市国家シンガポールにとっては大きなステップだ。同国の人口は550万人程度だが、海外からの年間旅客者数はその3倍ほどであり、年間の訪問外国人数が人口の10分の1程度に収まっている日本と比較して非常に多い。
短期滞在の外国人にとって現金の取り扱いほど煩わしいものはない。ましてや同国だけでしか使えない専用の交通系ICカードの購入など、頻繁に訪れる人でなければ現地土産の1つでしかない。アジアのビジネス拠点、そして周辺諸国への移動の中継地点として、外国人により魅力的な街づくりを目指し、外資の誘致や積極的な観光開発を日々続けているシンガポールにおいて、オープンループの導入は現地在住者だけでなく、こうした外国人にとってもフレンドリーな仕組みなのだ。
公共交通と同時に、非接触クレジットカードを利用した買い物環境も急速に整いつつある。MasterCardとVisaによれば、欧州で新規展開されるクレジットカードの読み取り装置は現在100%非接触決済に対応しており、2020年までに対応完了を見込んでいるという。同分野で先行した英国をはじめ、フランスやスペインなどの国ではより早いタイミングでの対応が見込まれており、実際これらの国では街の市場の小さな出店でさえApple Pay対応をうたっているなど、毎年訪問するごとに大きな変化が確認できる。
また意外に思われるかもしれないが、こうした非接触対応は欧州でも旧社会主義国のほうが進んでいる傾向がある。欧州では2000年代前半に、ICチップ対応(EMVと呼ばれる)をしていない決済端末での不正被害はカード会社ではなく加盟店側が補償の責任を負うという「ライアビリティシフト」によって、EMV対応の実質的な義務化を実現し、世界に先駆けてセキュリティ対策を強化している。非接触クレジットカードの仕組みはEMV対応端末に機能を追加する形で行われる副産物的なものだが、すでにEMV対応端末が広く普及していた西欧地域では非接触への置き換えが進まず、逆に決済インフラ整備の遅れた東欧ではEMV対応と同時に非接触機能が実装されて西欧に先行する現象が生じた。特にポーランドは欧州でも非接触決済比率が高く、インフラ整備がタイミング依存であることがあらためて認識される。
この現象は欧州以外の世界各地でも見られるものだ。国を挙げてインフラ整備を進めたオーストラリアを除けば、シンガポールをはじめとしてアジア諸国で後からインフラ整備が行われた国ほど非接触対応が進んでいる傾向にある。北米の場合、欧州にやや遅れる形でライアビリティシフトが行われたカナダで非接触インフラ整備が進んでいる。
日本では2000年代前半からFeliCaをベースにした決済インフラが展開され、多くの店舗で複数の電子マネーサービスが利用可能になっている。交通系ICカードもFeliCa技術を用いており、1分間に60人が改札を通過可能という処理性能が毎日の通勤ラッシュを支えている。JR東日本はこの処理性能を必須のものとし、国際標準での採用を訴えているほか、アップルは日本でApple Payを開始するにあたってiPhoneの最新機種にFeliCaチップをわざわざ導入したほどだ。結果として、Apple Payに続く形で同種のサービスを提供するプラットフォームもFeliCaを基幹技術とし始めているほか、利用者増を見込んで電子マネーサービスを新たに導入する店舗も増えつつあり、さらにFeliCaインフラが拡大する様相を見せている。
日本政府は東京オリンピックが開催される2020年までに、年間訪日外国人4,000万人という目標を掲げている。これには観光開発や受け入れ体制の整備などと並び、決済インフラの面でもどこまで外国人旅行客にストレスなく滞在を楽しんでもらえるかを考えなければならない。とはいえ、あとわずか3年でできることは限られている。スマートフォンにしろ非接触クレジットカードにしろ、外国人が日本に持ち込む決済手段でFeliCaに対応したものはない。そこで、日本国内のみで利用可能な電子マネーICカードを提供するか、あるいは交通系サービスを除く小売店舗でType-A/B方式に対応した決済サービスを受け入れる仕組みを新たに追加することになる。
前者の場合、複数の電子マネーサービスに対応したカードを何枚も旅行客に持ってもらうのは難しいため、必然的に移動にも使える交通系ICカードが優先されることになる。現在、交通系ICカードの空き領域(FeliCaポケットと呼ばれる)に美術館やイベント会場へのチケット情報を書き込んで、1枚のカードで何役もこなせる仕組みが提案されている。一方で、帰国時に残金やデポジット金額を払い戻す際に窓口が混雑するという課題が指摘されている。そのためJR東日本では有効期限を設けてデポジットをなくし、お土産に向いたイラストがあしらわれたカードを用意するといったアイデアを検討している。
後者のType-A/B方式への対応は店舗側の負担がネックとなる。当面はコンビニなど追加投資の体力がある大手小売チェーンに限定されるだろう。マクドナルドは今後2年以内に全店舗での交通系ICカードと国際カードブランドによる非接触決済への対応を表明しており、一部チェーンもこの動きに追随することが予想される。これとは別に、中国からの旅行客向けにQRコード決済への対応が必要になるケースも想定される。当然店舗によって使える決済手段の組み合わせは異なるため、外国人には「どこで、どの決済手段が使えるか」が非常にわかりにくいものになりかねない。2020年の東京オリンピックまでには、こうした情報をきちんと整理し、少しでも混乱や不満を低減しなければならない。
これらは主に対面取引と呼ばれる店頭でのカード決済処理を中心としたものだが、ビットコインなどに代表されるブロックチェーン技術を用いた仮想通貨の取り扱いや、オンラインを介した決済も考慮する必要がある。オンラインと言ってもネット通販だけではなく、『Uber』のようにサービスを目の前で利用しながら支払いはオンライン経由で、しかも利用者に決済のタイミングをあまり意識させないものも多く、この先日常生活のさまざまなシーンに潜り込んでいくことになるはずだ。Apple Payも現在はNFC技術を使った対面決済が大半だが、今後はオンライン決済の利用が大きく伸び、決済シーンの中核になると言われている。
中国の支付宝や微信支付も、手順として店頭でQRコードや支払いの確認が行われてはいるものの、オンライン決済の一種だ。中国でこうしたサービスがわずか数年で浸透した背景には、従来ながらの手数料モデルを採用する銀聯などの既存金融機関とは対照的に、直接収入よりも行動データ取得やマーケティングに主眼を置くアリババやテンセントのようなインターネット企業のスピード感が表れていると言える。文化的な要因も大きいため、日本や欧米などの先進各国が中国と同じルートをたどれるわけではないが、日本でも政府主導で決済時に流れるデータの共通化やAPIの活用など、中国のオンラインモデルを踏襲する動きが活発化しており、今後の動きに注目が集まっている。
地理的条件から多くの訪日客を見込める中国の決済事情を無視するわけにもいかず、観光立国を目指す以上は複数の決済手段を同時にサポートすることを覚悟しなければいけない。こうしたインバウンド需要をにらんだ取り組みは2020年がひとまずの目安となるが、一方でパナソニックとローソンの無人レジのように、流通改革や将来の人口減社会を視野に入れたRFID(無線自動識別)導入による未来型コンビニなど、中長期的なビジョンで取り組むべき課題もある。
現金主義と言われる日本だが、もはやデジタル決済の世界へと舵を切ることは必須となりそうだ。
著者:鈴木 淳也
モバイル決済を専門とするITジャーナリスト。メーカー系SEを経験した後、出版社アスキー(現KADOKAWA)で月刊誌の編集業務に従事。2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト『@IT』(現『ITmedia』)の立ち上げに参画。2002年にフリーランスとして独立し、活動の拠点を米国サンフランシスコに移す。以後、最新ITの動向を現地から日本へ精力的に発信する。2011年以降は取材分野をNFCとモバイル決済に絞り、日米のみならず世界中の最新決済事情を追いかけている。
ファーウェイ・ジャパンの広報誌「HuaWave」は、年4回刊行しています。ファーウェイのビジネス展開はもちろん、世界のICT業界の動向とベストプラクティスも紹介します。最新情報はFacebookでもお伝えしています。
おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)
登録はこちら