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イスラエル工科大学(テクニオン)名誉フェロー IRI 藤原洋氏

日本人初のテクニオン名誉フェロー、IRIの藤原洋氏がイノベーションを語る(2)

2018.02.09

Updated by WirelessWire News編集部 on February 9, 2018, 14:05 pm JST

前回は、「The Hiroshi Fujiwara Cyber Security Research Center」のあるイスラエル工科大学(テクニオン)について、その歴史や教育の質などを中心に紹介してもらった。後編では、テクニオンを含む大学がハブとなってイノベーションを起こす「エコシステム」と日本の進むべき道について、忌憚のないところを語ってもらった。

大学がハブとなるエコシステム

イスラエルがサイバーセキュリティに強いことの要因の一つは、前回お話した「エコシステム」です。イノベーションを生み出すエコシステムには、テクニオンを筆頭にテルアビブ大学とベングリオン大学、この三大学が組み込まれています。

これらの大学に対して国やベンチャーキャピタルがお金を出し、大学を中心に“オープンイノベーション”のグループを作ります。具体的には、国家サイバー局(INCD)と、国家サイバーセキュリティ委員会(NCSA)、この二つの国家組織を中心に様々なプロジェクトを作り、プロジェクト毎に大学を動かしています。

そして、そのプロジェクトから、さらにベンチャー企業が出て来ます。つまり、国がお金を出し、基礎研究から応用への橋渡しを大学が中心となって行い、そこで出てきた成果を民間企業が事業化したり、アントレプレナーが起業をする、というようなエコシステムが存在するのです。

イスラエル工科大学(テクニオン)名誉フェロー IRI 藤原洋氏

日本では、基礎研究と応用との間には結構なギャップがあります。イスラエルではそこが非常に上手くつながっている印象を持っています。個人の意見ではありますが、いわゆる日本の大企業のような「大きな会社」がイスラエルにはないから、なのではないでしょうか?

日本だと、国のプロジェクトは大企業中心のいわゆる「日の丸プロジェクト」になってしまいがちです。大企業の中には、国のプロジェクトを受注するための営業部隊すらあります。つまり、大企業は国のお金を獲得すること自体が目的になり、極論すれば、そこから新しいものや良いものを生み出すというよりはお金をもらっておしまい、のようなところがあります。

また、外国の企業がプロジェクトを獲得すること自体も難しいし、むしろ入札等の仕組み上、外国企業を排除するような面もあります。なかなか新しい企業は入ってこられません。

イスラエルのように、大学を一つのバッファとして、やる気のある企業が自らリスクを取って事業化する、というダイナミズムの方が良いのではないかと感じます。日本企業は、もっと積極的にリスクを取らなければいけません。イスラエルは、企業にリスクを取らせる仕組みを作っています。そのようなやり方を日本も採るべきだと思うのです。大企業が国のお金の受け皿になるのではなく、イスラエルのような成功例をもっと学ぶ必要があります。

資源の無い国が生きる道、オープンイノベーション

私は、日本ももっと変わらなくてはいけないと思います。従来、我々が手本としてきた米国は資源国です。その真似をしてもしょうがないのです。イスラエルのような資源の無い国がどのように産業を作ってきたのか、そのプロセスは同じく資源のない日本にとって非常に参考になるはずです。

イスラエル工科大学(テクニオン)名誉フェロー IRI 藤原洋氏

イスラエルは、今まであまり付き合いの無かった国ですが、日本との相性は良いと考えています。私は「皆さんと一緒にイスラエルの良いところを学んでいきましょう!」と言いたいのです。

「オープンイノベーション」という言葉が独り歩きしている感もありますが、ともかく、自分たちだけでやる「クローズド」の逆なんだよ、と言い続けたいと思います。特許などを考えると、「ちょっとオープンというわけには、、、」という人もいるかも知れませんが、そんなことはありません。

特許は、本来は発明者の権利を保護するものですが、ともすればそれを曲解して権利者が「他の人には使わせない」ためのもの、となってしまいがちです。しかし、リーズナブルな条件で他の人にも使わせる、というのが特許の本来の精神です。

「青色発光ダイオード」のように、職務発明と技術者への報酬の関係で揉めたこともありますが、それがオープンイノベーションを阻むものではありません。研究者、技術者をどのように厚遇するか、権利を認めるか、は人事制度として別に考えることができます。それよりも、企業のマインドをクローズドにさせないための仕組みが大事です。

例えば「IoT推進委員会」という組織をインターネット協会内に作り、坂村健さんに最高顧問をお願いしています。彼に聞くと、「TRONプロジェクトをやってきた経験からすると、ITRONは使われているけれど、それ以外のTRONは(企業は)何に使っているかも含めて隠すんだ」と言っていました。システムを相互につなごうとしないわけです。坂村先生がやってこられたTRONは、OSの基本が一緒なので相互接続することで、より役に立つわけですが、ITRONをスタンドアローンのOSとして使っているだけで、ネットワークOSとしては使っていないケースが多いというのです。

IoTの世界というのは、センサーを使って情報を集めて処理するだけではなくて、他者と情報を共有する、オープンシステムにする、ということが重要だ、とおっしゃっているわけです。

また、坂村先生も同じ意見だったんですが、日本は法律と文化がイノベーションの障壁なのかもしれません。日本では、新しいことをやるときに「何をやって良いか」をます決めるのですね。そうすると、それ以外はやってはいけない、ということになるわけです。しかし新しい技術というのは、思わぬ応用が見つかるものなので「やってはいけないこと」だけを最初に決めて、それ以外は何をやっても良い、というやりかたにするべきだと思うんです。

イスラエル工科大学(テクニオン)名誉フェロー IRI 藤原洋氏

IRIの役割は何か?

今回、テクニオンから名誉フェローの称号をもらうことになり、6月10日にはセレモニーがあります。受賞の理由は、日本とイスラエルとの間に新しい架け橋を作ったということです。インターネット総合研究所(IRI)は、日本で初めて、テクニオンを中心に本気でイスラエルと日本をつなごうとする努力をした、ということが認められました。

単に“視察団が来て見学をして帰る”のではなく、組織を作り、テルアビブ市場に上場するということまで含めて、本気で日本とイスラエルのブリッジを作って、両国の相互発展に尽力している企業だ、と認められたわけです。認められた以上、それに恥じないように、さらにこの関係を太くしていきたいと考えています。

我々は、オープンイノベーションを推進したいので、成果を独り占めにする気持ちは全くありません。日本のあらゆる産業、企業に、「興味がある人はテクニオンとの連携で新しい産業を起こしましょう」と呼びかけていきたいし、そのための具体的な活動をします。業種を問わず、強いところからやりたい。

最近、我々が出資を決めた会社に「Beta-O2 Technologies」という会社があります。ここは人工膵臓を開発しています。Beta-O2は、京都大学のiPS細胞研究所と提携して人工膵臓をめざしています。ここでいう人工膵臓というのはパッケージであって、その中に膵臓の細胞を入れることで膵臓の役割を果たすというものです。iPSを細胞であれば量産することができます。

もちろん、良いことだけではなくて悪いこともあります。しかし、多少乱暴ですが、膵臓機能が低下してきたら入れ替える、といったユダヤ人らしいアイデアも良いのではないでしょうか? そのような状況で、日本製のほうが品質が高そうだ(笑)、というような強みも見えてくると思います。

人工膵臓は一つの例ですが、なんとかテクノロジーの力で新しい時代を作りたいと思います。「その尖兵がイスラエルだ」と思っています。

イスラエル工科大学(テクニオン)名誉フェロー IRI 藤原洋氏

Hiroshi Fujiwara Cyber Security Research Centerとは?
イスラエル首相府、Israel National Cyber Bureauとインターネット総合研究所代表取締役 藤原洋博士の支援で2016年4月に発足。本研究センターでは、様々な学部の教授・研究者が、グローバル企業とのコラボレーションの下、コンピュータ化された様々なシステムに関する弱点とその保護の方法を研究している。主な研究分野としては、ソフトウエア・ハードウエアの保護、OSのセキュリティ、クラウドのセキュリティ、IoTセキュリティ、コンピュータ・ビジョン、暗号と暗号解読、医療および航空システムに関するセキュリティなど。これらの研究に助成金を出すとともに、国際会議などを通して成果の普及にも取り組む。

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