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エネルギー輸出国となったイスラエルの「ゼロエミッション Energytech」

2022.10.07

Updated by Hitoshi Arai on October 7, 2022, 15:36 pm JST

ヨーロッパのエネルギー事情

ロシアによるウクライナ侵攻、それに伴うエネルギーや食料の不足と物価高など、世界は大きな変化に直面している。ヨーロッパでは長年ロシアの化石燃料、特に天然ガス、に依存してきた。その結果、電力料金の高騰が著しいが、その具体的な数字をご存知だろうか?

図1 EU各国の電気料金 出典:https://euenergy.live/
図1 EU各国の電気料金 出典:https://euenergy.live/

日々のEU各国電力料金が示されているeuenergy.live(図1)によれば、本稿を書いている10月3日時点のドイツでは、213.21ユーロ/MWh、同日の為替レートで1ユーロは142.09円なので、日本で一般的であるkWh単位に換算すると30.29円/kWhとなる。日本の平均的電力料金は大体27円/kWhなので、仮に月額1万円電力料金を支払っている日本の家庭が今のドイツで同じような生活をしているとすれば、毎月11,200円支払うことになる。イタリアの場合はさらに深刻だ。346.73ーロ/MWh、つまり49.27円/kWhとなり、前記の家庭がイタリアで暮らすとなると、18,200円支払わねばならない。

euenergy.liveで示される価格は日々大きく上下に変動しているので、必ずしも月額料金を示しているわけではないが、いずれにせよEU各国はエネルギー価格高騰対策、インフレ対策の強化が必要であり、財政の悪化が懸念されている


イスラエル沖での天然ガス採掘と地政学

仮にロシアによるウクライナ侵攻が(どのような結果であれ)収束する時が来たとしても、それが自由と民主主義への挑戦と蹂躙である以上、西側諸国によるロシアへの経済制裁は続かざるを得ないだろう。従って、EUはロシアに替わるエネルギーの調達先を確保する必要に迫られている。

カタールや北アフリカ、ノルウェーなどがその候補だが、イスラエルを含む東地中海のガス田も候補の一つである。かつてイスラエルはエネルギー資源の乏しい国であったが、1996年に天然ガス田が発見されて事情が変わってきた。特に2010年に発見されたタマル(Tamar)ガス田は、2013年から生産を開始し、ほぼ国内需要の自給を達成した。2019年からは推定埋蔵量6200億立方メートルとされるリヴァイアサン(Leviathan)ガス田での生産も開始されている

図2 東地中海における天然ガス田 出典:国際情報ネットワーク分析IINA
図2 東地中海における天然ガス田 出典:国際情報ネットワーク分析IINA

2019年1月には、イスラエル、イタリア、エジプト、キプロス、ギリシャ、ヨルダン、パレスチナの7カ国・地域の関係閣僚がカイロで会談し、「東地中海ガス・フォーラム(Eastern Mediterranean Gas Forum)」の設立を宣言した。同フォーラムは2020年1月、地域機関へと昇格、本部をカイロに設置することで合意した。また、EU、米国、UAEが常任オブザーバーとなったほか、フランスが2021年にメンバー国として参加した。

また2020年には、イスラエル、キプロス、ギリシャが東地中海ガスパイプラインを2025年までに完成させることに合意している。イスラエル・キプロス沖のガス田からキプロス、ギリシャのクレタ島、本土を通過し、最終的にはイタリアに至る2000キロメートルのパイプライン構想である。今年の6月15日には、イスラエルとエジプトがEUへの天然ガス供給に関する覚書に署名した。生産した天然ガスを液化施設のあるエジプトに送り、そこからLNGとしてEUへ供給するという合意である。もちろんEUの総需要量から見ると遥かに少ない量ではあるが、脱ロシア依存を進めるための安定供給先の確保という面では、EUにとって意義ある合意のはずである。

歴史的には、エジプトは4回の中東戦争を戦ったイスラエルの敵国だったが、平和条約の締結以降、特に東地中海の天然ガス開発が活発化して以降は、テロ対策や経済面でのイスラエルとの協力を進め、両国関係は改善されている。一方で、東地中海ガス・フォーラムにはトルコが排除されていることも注目すべきだ。

トルコは、キプロス沖で2019年にガス田の掘削を開始、ギリシャとフランスが周辺海域で軍事演習を行いけん制した。東地中海域内の国々では、排他的経済水域(EEZ)が未確定のケースが多い。近年、トルコとリビア、エジプトとギリシャのEEZが合意されたが、他国の権益を毀損する形で設定されており、エネルギー問題が従来の民族や宗教とは異なる新たな地政学上の不安定要因にもなっている。

図3:イスラエル沖のEEZ 出典:独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)
図3:イスラエル沖のEEZ 出典:独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)

エネルギー危機とゼロエミッションはイノベーションの好機

このように新たな中東の不安定要因が生まれてはいるが、イスラエルのエネルギー事情は恵まれた状況にあるといえるだろう。そんな中でも、エネルギー関連のスタートアップが数多く活躍している。彼らは近年の厳しいエネルギー状況や、地球規模の課題であるゼロ・エミッション、カーボンニュートラルを、新たなイノベーションの機会・ビジネスチャンスと捉えている。イスラエルのスタートアップ情報を集めたプラットフォーム、Start-up Nation Finderに掲載されているEnergyTech分野の鳥瞰図を図に示す。

図4 EnergyTech Landscape 出典:Start-up Nation Finder
図4 EnergyTech Landscape 出典:Start-up Nation Finder

鳥瞰図には、「Generation」、「Transmission & Distribution」、「Carbon Mitigation」、「Hydrogen」、「Storage」、「Consumers」というセクターに100以上の企業が分類されている。この中で、日本ではあまり見かけないStorageセクターで、「熱エネルギー貯蔵」という一風変わった技術を開発したBrenmiller Energyを紹介する。この企業は2012年に創業され、2017年にはテルアビブ株式市場に上場した。2022年にはNYSEにも上場し、既にアメリカ、ヨーロッパ、アフリカなどでビジネスを展開している。

まず、彼らの開発した「bGen」という技術について解説しているビデオをご覧いただきたい。

Brenmiller Energy thermal storage bGen technology

解説者によれば、世界の二酸化炭素排出の3分の1以上は工場からの排熱由来であることに着目し、熱エネルギーを貯蔵する技術を開発した。彼らの技術は、工場の排熱などをそのまま熱として貯蔵するだけではなく、風力や太陽光などの再生可能エネルギーで発電した電力も熱に変換して貯蔵する。そして、必要な時にその熱を利用するか、熱からつくった水蒸気で発電して電力として取り出すものである。

よく知られているように、太陽光や風力による電力はその発電量が天候に大きく左右される不安定なエネルギーであり、必ずその不安定さを補完して安定化するために火力発電などと組み合わせて利用せざるを得ない。大きな電池があれば、一度電池に貯蔵してそこから安定的に取り出すことも原理的には可能だが、電池は大変高価であり経済的に現実的なソリューションではない。その点にも着目し、この企業は蓄熱というソリューションを開発した。

彼らの開発したシステムのモジュール構造を図5に示す。

図5 Brenmiller 2 出典:Brenmiller Energyのプレゼンテーション資料
図5 Brenmiller 2 出典:Brenmiller Energyのプレゼンテーション資料

このモジュールでは、蓄熱、熱交換、水蒸気の生成、という三つ機能が一つにパッケージされている。蓄熱のための材料は粉砕した火山岩であり、材料としてはとても安価だ。モジュール内の蓄熱材は最高750℃で熱を貯蔵でき、その熱を取り出すときに生成する水蒸気の温度は220℃である。工場や火力発電所からの排熱、バイオマスなどの様々なソースからの熱はそのまま蓄熱する。

一方、入力が電気の場合は、風力発電や太陽光発電などから生成される電力、あるいは既存の送電網から料金の安い時に取り出せる電力、余剰の電力を利用し、ヒーターを介して熱として貯蔵する。そして、この蓄積した熱を必要な時に産業用や発電用のプロセスに利用する。

例えば、プラスチック成形、食品加工、製紙、医薬品製造などのプロセスに必要な蒸気、温水、熱風を化石燃料を使わずに得ることができる。また、熱を水蒸気として取り出してタービンを動かし、発電して電力へ変換することも可能だ。

つまり、昼間のピーク時に発電された太陽光電力を蓄熱して夕方や夜間に発電利用するような、生成と利用との間のタイムシフトが可能になる。蓄熱貯蔵できる期間は数日まで可能なようだ。従って、太陽光や風力のような再生可能エネルギーを安定化するために利用していた火力発電の代替も可能だろう。このモジュールを16重ねた最小単位のユニットは、大きさが4x14x4メートルで重量が144トン、10MWhの容量で、電気/熱の変換効率は99%だそうだ。このユニットは、用途に応じてスケーラブルに増設可能であり、既にアメリカ、ブラジル、ルーマニアなどで実用化されているという。

図6 Brenmiller 1 出典:Brenmiller Energyのプレゼンテーション資料
図6 Brenmiller 1 出典:Brenmiller Energyのプレゼンテーション資料

技術は経済安全保障の柱

世界情勢の不安定さが加速するなかで、地政学と経済(技術)が不可分になっている。中国の脅威に立ち向かう台湾の武器は、いうまでもなく最先端LSIの製造能力であり、これを失わないためにもアメリカは台湾を中国の脅威から守るだろう。その台湾企業も、日本の半導体製造装置やウエハー無しにはLSIの製造ができない。

中東も、かつてはパレスチナの大義によりアラブ陣営が一つにまとまっていたが、石油依存経済からの脱却を目指して、UAEやバーレーンはハイテク技術を持つイスラエルとの国交を正常化した。かつて、パレスチナ問題で関係が悪化していたトルコとイスラエルも、今年4年ぶりに外交関係を正常化した。エネルギー分野での両国の協力関係が不可欠になってきたからである。

複雑化する世界の中で自国のポジションを守るためにも、どのような技術を他国に先駆けて確立し戦略的に発展させるべきか、経済安全保障からの視点が重要である。日本は専制主義の国家のような軍事力を背景にした外交は行わないし、エネルギーを武器にした外交も行うことはできない。しかし、他国より優位に立てる技術は持っている。その意味でも、同様に技術立国であり、厳しい歴史・環境を生き抜いてきたイスラエルの動きは参考になる。


本稿の筆者である新井均氏の翻訳による書籍が発売されました。
イスラエル人を理解するための参考書:ISRAELI《イスラエル人》のビジネス文化
新井均氏の翻訳による書籍

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu