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地域資源と縁をフルに活かせば「ひなびた湯治場」の温泉旅館はリピーターを増やし地域活性化の旗手となる

2018.11.26

Updated by SAGOJO on November 26, 2018, 08:26 am JST

「ひなびた湯治場」の温泉旅館は交流の場を提供するサプライヤーに

宮城県大崎市にある東鳴子温泉。この地で地域活性化に長年携わってきたのは、温泉旅館を営む大沼伸治さん。

かつては湯治客で賑わった東鳴子温泉だが、高齢化による湯治客の減少、団体旅行から個人旅行へのニーズの変化などを背景に客足が伸び悩んでいる。

そんな中、大沼さんが営む「旅館大沼」はヨーロッパからの長期滞在客や年に何度か訪れている一人旅の女性客など、着実にリピーター客を獲得している。そして湯守である大沼さんは今、地大豆プロジェクトやワカモノ湯治プロジェクトといった新しい地域活性化の場づくりを始めている。

「旅館大沼」が多くの人に愛され続ける理由とは。そこには、大沼さんの仕事にかける思いや、今を大切にしながらも新しいことに果敢に挑戦していく姿勢があった。

▲東鳴子温泉街の街並み

 

目の前の利益ではなく、将来を見据えた利益を考える - 地域への愛着を育みリピート客を増やす「地大豆湯治プロジェクト」

▲薬師千人風呂(混浴、女性専用時間あり)

そんな大沼さんが営む旅館大沼では「地大豆湯治プロジェクト」が行われている。この取り組みでは東鳴子地域在来の大豆をタネから育てて収穫を行う。最初は数センチしかなかった小さな芽がぐんぐんと成長し、やがて大きな葉をつけ、実をつけ、収穫へ。収穫までには、草刈をしたり、動物に荒らされるのを防いだり、雨風から守ったり、たくさんの苦労がある。最後には味噌づくりで幕を閉じる。

この取り組みは、地大豆という元からある地域資源を活用することで、1年を通して様々な人が携わる地域活性化のためのプロジェクト。参加者は、宮城から関東圏まで幅広い地域から集まってくるのが特徴だ。1年の中で主に人が集まるのは、種まきのイベントと枝豆・大豆収穫のイベントで、県外からも多く人が集まる。それ以外の作業、たとえば雑草取りなどは、県内に住む方々が中心となって行われる。

参加者は、プロジェクトに賛同した人や、人伝えで聞いた人々が中心。継続して参加したい方の招集は、大沼さんを中心にFacebookのグループを通じて行われる。インターネットや参加者からの紹介を通じてプロジェクトに賛同した人々が大豆のオーナーとなり、年に数回のイベントには20人ほど集まる。

参加者の楽しみは、作業後に入る温泉。農作業で汗を流した後には、この地ならではの湯治湯に浸かるという癒しが待っているというわけだ。

このプロジェクトで参加者は、自然と向き合う喜びを感じながら、作物を育てることを通じて、この地への愛着を育む。短期的に利益を生むわけではないが、参加者の「また来たい」という思いにつながる。旅館大沼がリピーターを着実に増やすことができたのも、うなずける取り組みだ。

▲収穫した大豆で味噌づくりをする様子

新しい需要はワカモノを巻き込んでつくる - 都内の大学生と取り組む「鳴子ワカモノ湯治プロジェクト」

大沼さんが取り組むもう一つのプロジェクトとして「鳴子ワカモノ湯治プロジェクト」がある。

湯治とは、農民が農閑期に長期的に温泉で休暇をとったのが始まりの文化。しかし現代では、1泊2日や2泊3日ほどの短期的な旅行が一般的になり、その文化は廃れつつある。

そこで、温泉地の中で生まれた文化を大切にして新たに文化を発信していこうと生まれたのが「ワカモノ湯治プロジェクト」だった。
大学生と共同で行っており、都内の大学生が中心となって鳴子の湯治文化の発信に奮闘。ワカモノの力によって、鳴子の湯治湯の魅力が再発見されることを目指したのだ。

▲貸切風呂から見える陸羽東線(仙台方面からの在来線)

「鳴子でプロジェクトしてみない?」−−温泉好きの大学生へのこんな呼びかけで「鳴子ワカモノ湯治プロジェクト」が始まってから、2年が経とうとしている。大沼さんが大切にしている「縁」から始まった取り組みだ。

これまで、大学生による現地訪問やパンフレットの作成、現地でのツアー開催、地元の小学校で温泉出張授業と積極的な活動が行われてきた。

昨年のパンフレットでは、鳴子温泉郷の特徴でもある種類豊富な泉質をキャラクター化した。温泉好きの若者が温泉の魅力を同世代に伝えていくために、工夫を凝らした施策の一つだ。

取材時も、秋に行われる大学生対象のツアー開催に向けて、着々と準備が進んでいた。現代の若者が温泉の魅力に気づいたとき、温泉地には新たな需要が生まれる可能性を秘めている。

▲昨年のツアーでも訪れた潟沼

これまで温泉旅館に嫌われてきた日帰り客こそ大切に

地大豆プロジェクトやワカモノ湯治プロジェクトといった新たな取り組みに積極的な大沼さんだが、どんな取り組みをやっていくにせよ、大切にしているのは掃除、接客といった日々の業務。「毎日の繰り返しこそが全て」という心がけを忘れないようにしているという。

お客さん一人一人に、真摯な対応を心掛け、日帰り旅行客も大切にしている。日帰り旅行客は長年、旅館にとって煙たがられる存在であったが、彼らこそ旅館存続に関わる鍵だと話す。日帰り客に温泉の良さ、旅館の良さを知ってもらうことで、次の宿泊につながるからだ。彼らに秘められた可能性を感じているからこそ、一人ひとりへの対応にも妥協をしない。

旅館発の小さな場づくりの胎動

新しいことに臆せず、直観に従って行動することを大切にする大沼さん。その根本には、現状に固執せず、常に「少し上」を目指して、地元を盛り上げようとする気持ちがある。直感に従うことで新たな出会いが生まれる。その縁を大切にすることで、思わぬところで人がつながることもあるそうだ。

大沼さんの思いは、旅館の域を超えた交流の場の提供だ。普段はつながりを持たない人同士でも、温泉地という場を通してプロジェクトに参加し、新たな考え方やつながり、あるいは人生の指針や楽しみを得ることができる。守りに入らず新しいことを仕掛ければ、ワクワクしてついてくる人が現れる。着実にリピーターを増やす旅館大沼の存在は、そのことを裏付けているようだ。

(執筆:滝川 茉莉子)

鳴子ワカモノ湯治プロジェクト
地大豆湯治プロジェクト

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SAGOJO

プロフェッショナルなスキルを持つ旅人のプラットフォームSAGOJOのライターが、現地取材をもとに現地住民が見落としている、ソトモノだからこそわかる現地の魅力・課題を掘り起こします。