「第2回仙北インパクトチャレンジ」の模様。前回よりも規模が拡大し、出展社も計23社・16ブースに上った。
捨てられていた健診情報が地域の医療サービスを変える -「第2回仙北インパクトチャレンジ」より(前編)
2018.12.28
Updated by Takeo Inoue on December 28, 2018, 12:38 pm JST
「第2回仙北インパクトチャレンジ」の模様。前回よりも規模が拡大し、出展社も計23社・16ブースに上った。
2018.12.28
Updated by Takeo Inoue on December 28, 2018, 12:38 pm JST
捨てられていた健康診断の情報が宝の山かもしれない。
先ごろ、仙北市のあきた芸術村にて、「地域からの事業創造」をテーマにした産官学連携の地域イベント「第2回仙北インパクトチャレンジ」が開催された。今回は、IoTやAIなどの近未来技術を前提とした現代の「種苗交換会」を志向し、新規事業の芽となる種苗(技術や事例)を持ち寄り、交流を図れる場づくりを目指した。主催は仙北インパクトチャレンジ実行委員会(実行委員長伊嶋謙二)。ここでは、京都大学の川上浩司氏の特別講演の内容を中心に、健康増進や病気の予防につながる関連展示についてもお伝えしよう。
川上氏が登壇した講演のテーマは「学校検診・母子保健情報のデータベース化とその利活用について」というもの。同氏は病気にならない生き方を進める「ライフコースデータ」という概念を提唱している。
人間は生まれてから高齢者になるまでに、さまざまな検診や医療を受け、それに関わるデータが作られる。たとえば、幼少期は乳幼児健診、学童期には学校健診、成人になれば特定健診、さらに病気になれば診療情報、介護期には要介護認定というように、多くの検診や診察の情報がある。
「しかし問題は、国や地方自治体の縦割り行政のために、これらのデータがバラバラに管理され、検診記録や帳票がほとんど活用されていない点です。そこで我々は、散在する紙のデータをデジタル化し、既存の医療系データとつなげて解析することで、予防医療や医療全体の行為の評価に役立てようと考えました」(川上氏)。
これにより、どんな赤ちゃんが、どんな学童期に移行するのか、あるいは子供がどんな病気になっていくのか、どんな医療を受けると、どんな高齢期を迎えるのか、人生の健康の歴史を紡ぐプラットフォームが構築できるようになるわけだ。
「たとえば、中学3年生時点で奥歯の虫歯が多い場合は、40歳以降に心筋梗塞の発症率が多くなる傾向にあります。このような貴重なデータがあるのに、活用されることなくデータが破棄されるのは大変もったいないことです」(川上氏)。
学校検診情報は、中学卒業後、管轄が市町村から県に移り、高校卒業後5年たつと廃棄される。しかし裏をかえせば、小学1年生から中学3年生まで、9年間の検診情報は市町村が蓄積している。そこで、データベース化する対象としたのが、9年分の情報が蓄積されている最終学年の中学3年生だ。
「高校生になると市から県に管轄が移るので、その前の14歳の節目でデータベース化する必要があります。我々は全国に協力を仰ぎ、この11月までに112の自治体と連携してきました。来年は仙北市を含め、さらに100以上の自治体との連携を目指して調整中です」(川上氏)。
当初、個人の検診情報を蓄積して保存することは個人情報保護法に抵触することが懸念された。そこで、このプラットフォームでは、健康調査票から個人情報と健診結果をデジタル的に切り離し、それらをコンピュータ上で別々のフォルダに格納する。その後、暗号対照表で両データをつなぎ戻せる電子鍵を生成し、自治体と学校側に置く。そして健診情報のみを暗号を付して搬送し、データベース化して分析する手順を踏むという。
個人情報と切り離されて蓄積された検診記録だが、本人や保護者はアクセス可能。同氏らは、電子化した学校健診データを閲覧するモバイルアプリを開発中だ。前出のように、分析されたデータは自治体と学校側の電子鍵により個人情報とつなぐことでセキュリティが担保され、分析レポート(小中学校9年間分の成長記録、中学時点での健康状態、BMI、虫歯本数など)として、本人や保護者がQRコードで閲覧できる。
このように、検診情報を直接個人が利用できるようになるのはもちろんだが、自治体側へのメリットも大きい。川上氏らは、自治体向けに中学校ごとの健康状態や経年変化、全国の自治体との相違点などもレポートとして提出している。これにより自治体ごとの健康格差も判断でき、健康増進の施策を打てるという。
記録が残ることにより、その後の医療にも役立てられる。これは子供たちが成人になったとき、自身の電子カルテを見られるような仕組みにつながっていくだろう。つまり「電子生涯健康手帳」(PHR:Personal Health Record)の全国普及への布石になるのだ。PHRが普及すれば、病院が変わったとき、また同じ検査をする必要などはなくなる。
「さらに別事業になりますが、いま我々は全国170の病院と契約し、1950万人の患者さんの電子カルテを預かっています(2018年8月現在)。これらの情報を標準化し、分析して病院に返すことで、全国の病院と患者さんの状況を比較できます。いま糖尿病など現在70種類の病気について無料で分析していますが、将来的には分析データを患者さんにも見てらえる仕組みにしたいと考えています」(川上氏)。
分析プラットフォームを活用すれば、異なる薬を使っている患者の間で、どのくらい治療が進んでいるのか、臨床所見の比較も一目瞭然で把握できる。また同氏らは、従来の取り組みをレビューするアンケート調査も実施。参加自治体では、子供の健康に対する保護者の意識が高まるという結果も出た。これらの結果から、いくつか面白い事実も判明している。たとえば、過去8年間の神戸市の乳幼児健診データ(7万7000人分)から、喫煙と虫歯の関係について興味深い結果がわかった。
「煙草を吸う家庭に生まれると、3歳を過ぎて虫歯が増えます。最近になって、人間は幼少期の生活環境や気候風土により、遺伝子を取捨選択することが解明されました。約7割の病気は学童期までに決まってしまうのです。煙に囲まれた赤ちゃんは、煙が無害となるように適応します。その結果、体質が変わり、唾液の抗菌作用が低下し、虫歯になりやすくなるのです。歯磨きも大切ですが、家庭の喫煙を止めたほうが効果的です」(川上氏)。
このようなことも今後の子育て支援や地域の保健指導に役立てられるだろう。自治体に散在する健診記録を蓄積し、データ分析後に本人に返すことで、子供たちに貢献できる有用なフレームワークが作れるのだ。
展示ブースでは、前出の京都大学の展示のほか、健康増進や未病につながる製品やサービスも紹介された。以下、簡単に紹介しよう。
同社は、岡山県のSIerだが、全国の自治体や医療分野の業務支援から、ソフト開発、IDCサービスまで幅広く提供。展示ブースでは、秋田県内の自治体をはじめ、全国600団体が利用する市区町村向けの地域健康支援システム「健康かるて」を出展。もともと産官学共同プロジェクトとして開発されたもので、出生から成人、老人に至る生涯の個人情報を蓄積し、自治体の活動を効果的に推進する。生涯を通じた健康管理から、世帯・地域の健康支援、健康格差の見える化、事務負担の軽減などをサポートする予定だ。これは前出の京都大学の川上教授らのコンセプトとも一致するものだ。
国際医療福祉研究所は、認知症対策や医療人材の育成、健康寿命を延ばすための食・運動・生きがいづくり、相互扶助のための地域健康コミュニティをサポートする。特に秋田県は、男性の健康寿命が70.71年と全国39位(厚生労働省 平成25年資料)と低く、がんや脳・循環器疾病の死亡率も全国と比べて高い。また自殺率も全国平均と比べて高いため、誰もが元気で活躍できる健康長寿・地域共生社会を支援していくという。
秋田大学(整形外科、リハビリテーション科、工学部)は、他大学や企業と共同プロジェクトを走らせている。そのなかで、今回は運動機能や健康習慣を劇的に改善する「座位バランス装置」と「リハビリマウス」の開発成果を公開した。
高齢者が要介護になる原因で最も多いのは転倒と骨折だ。転倒リスクは足の力が関係しており、筋力の低下で通常の4倍、バランス機能の低下で3倍にも上るという。そこでバランス能力の測定が必要なのだが、座った状態でもバランスを計測できる装置として開発されたのが「座位バランス装置」だ。15年前から開発をはじめ、最新の4号機まで改善が進んでいる。その結果、安全かつ簡便な転倒リスク評価が得られたという。
もう1つの展示はリハビリマウスだ。脳卒中の後遺症で片手(上肢)が麻痺しても、脳には機能を補う可塑性があることが判明している。そこで秋田大学では、以前からロボットアームを使ったリハビリテーションの訓練を始め、その有効性を確認した。ただし大型なので、卓上型のリハビリマウスも開発。全方向移動が可能なオムニホイールと力覚センサを備えており、患者の腕をサポートながら訓練できる。
同社は、秋田県の補助事業により「センサを用いたレクリエーションツールと健康増進システム」を開発・販売。要介護に至らない高齢者層に向けて健康を増進させることで、医療費の増加を未然に防ぐ健康インフラを整備しようとしている。
展示ブースでは、介護施設のレクリエーションに利用し、日常生活の動作習得や運動機能回復の効果が期待できる運動ツール「TANO」のデモを実施。専用センサの前に立つと自分の体の動きに反応し、理学療法を取り入れた80種類のゲームをテレビで楽しめる。利用者のニーズと組み合わせることで、運動や発声、脳トレなどが行える。
また、秋田市内の映像を流してバーチャル散歩を楽しんだり、声の高低でキャラクタを移動させたり、名前を当てるクイズで認知症を予防するプログラムもある。さらに3方向からの映像を3秒足らずで推測し、体幹の状態をチェックできる機能なども装備。前出の秋田大学整形外科と共同開発した転倒防止用バランス評価プログラムや、転倒防止に効く秋田版の踊りも、わらび座の振付師と秋田大学医学部附属病院と共同開発中だ。
2017年に設立したTiny Fieldsは、企業や個人が抱えるストレス要因を把握することで、その対策を立案したり、そのサポートを行っているNPO法人だ。日立製作所と疲労科学研究所が開発した疲労ストレス測定器を用い、自律神経の疲労度を測定し、その結果をもとにアドバイスを実施。今後はAI技術などを取り込み、ダイエットのように毎日の変化を記録して、ストレスマネジメントを多角的かつ最適に支援できるスマートフォンアプリを開発したいという。
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登録はこちら東京電機大学工学部卒業。産業用ロボットメーカーの研究所にて、サーボモーターやセンサーなどの研究開発に4年ほど携わる。その後、株式会社アスキー入社。週刊アスキー編集部、副編集長などを経て、2002年にフリーランスライターとして独立。おもにIT、ネットワーク、エンタープライズ、ロボット分野を中心に、Webや雑誌で記事を執筆。主な著書は「災害とロボット」(オーム社)、「キカイはどこまで人の代わりができるか?」(SBクリエイティブ)などがある。