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地域は企業パートナーと「持続可能」な関係が築けているか - 白山市 SDGs未来都市 × KITイノベーションハブ「里山ボーディングスクール」その1

2019.03.22

Updated by SAGOJO on March 22, 2019, 10:46 am JST Sponsored by 金沢工業大学

SDGs未来都市」に名乗りを上げた白山市、白山の恵みを次世代に贈る「持続可能な未来」は可能か

富士山、立山とともに日本三霊山の一つに数えられる霊峰・白山を南部にいただく石川県南部、白山市。平成30年6月15日、国連が定める「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成に向けた優れた取組を提案した自治体として、全国29の「SDGs未来都市」に選定された。

SDGsとは何か、あらためて簡単に説明すると、2015年の国連サミットで採択されたもので、国連加盟193か国が2016年~2030年の15年間で達成するために掲げた目標。

環境問題や貧困の改善や、福祉・教育の充実など17の大きな目標と、それらを達成するための具体的な169のターゲットで構成されている。「SDGsの達成は地方創生に繋がる」という考えのもと、政府は全国の自治体から社会のモデルとなる未来都市を募ったのだった。

未来都市として選ばれた白山市は、SDGsを達成することで、豊かな水・森林資材を生かしたまちづくりや、市民が一体となって町を盛りあげる仕組みをつくることを狙いとした。2030年までの実現を目指して、白山市が掲げたビジョンは以下のようなものだ。

開山 1300 年を迎えた白山の歴史・文化と豊かな自然環境の恩恵を、全ての市民や組織が実感し、白山手取川ジオパーク及び白山ユネスコエコパークの理念に基づいて、山間部において経済発展や豊かな生活を実現し、その成果を白山市全体に還元するサイクルの確立を目指す。本市における QOL を「持続可能な社会を自らの手によって作り上げることを実感する」と位置づけ、その QOL の源でもある、市民一人ひとりの主体的な「学び」「成長」「挑戦」から、「経済」「社会」「環境」を調和するエコシステムを市民参画のもと一体感をもって構築する。

掲げたビジョンは素晴らしいが、その実現は簡単ではない。白山市は2005年に1市2町5村が広域合併して誕生し、石川県内では最大の面積を有し、人口でも金沢市に次いで2番目に大きい自治体となった。合併後、平野部の人口は増加傾向にある一方で、市の南部、白山周辺の山間部では20%以上人口が減少。地域間の格差が広がってしまい、市民の一体感が生まれにくい状況にある。加えて山間部では高齢化と人口減が重なったことで、自然環境が放置されていることも課題となっていた。

その「山間部」の象徴的な存在が、白山のお膝元の白峰地域(旧白峰村)。例年2mを超える積雪がある日本屈指の豪雪地帯ながら、古くから養蚕業が営まれ、江戸時代には幕府直轄の天領で栄えた地域で、土壁と縦長の窓を特徴とする民家が密集し、重要伝統的建造物群保存地区(通称:重伝建地区)に指定されている。訪れれば現在も、山並みに調和する美しい建築群、ユニークな技法で紡がれる織物・牛首紬、白山への登山道、日本でも珍しい泉質を持つ白山温泉総湯など、豊かな自然と文化を楽しむことができる上に、白山を水源とし、南北に長い白山市に沿うような形で日本海に流れる手取川(昔の通称は「石川」、石川県の県名の由来でもあるという)の上流にもあたり、都市部の豊かさを支えてきた側面もある。

この白峰地域で、市町村合併の2005年時点で1,100人以上だった人口が、2017時点で人口827人、高齢化もすすんでいる。若い世代が減れば、これまで守ってきた自然も、文化も守っていくことが難しくなる。それは、白峰地域だけでなく、ひいては下流の白山市都市部の生活環境にも影響を及ぼすものだ。

だからこそ、SDGsで掲げたビジョンにある「山間部において経済発展や豊かな生活を実現し、その成果を白山市全体に還元するサイクルの確立」が求められることになるのだが、人口800人余りの少子高齢化に歯止めがかからずにいる地域でこれを実現することがいかに高い目標であるか、想像してみてほしい。

「里山ボーディングスクール」で里山ならではの教育と、子どもたちによる「自律的なまちづくり」の循環を目指す

白山市が、この挑戦のパートナーに選んだのが、同市と包括協定を結び、2018年に白山麓キャンパスを新設した金沢工業大学の「KIT Innovation Hub(地方創生研究所イノベーションハブ)」 だ。金沢工大は、SDGsを学ぶ通年のカリキュラムを実施し、リーダー育成に励んでいると「ジャパンSDGsアワード」で内閣官房長官賞を受賞しているのだ。

そして、白山市が掲げるSDGs未来都市に向けた施策のひとつとして、KITとともに具体的に動き始めているのが「里山ボーディングスクール」というプロジェクト。

「山村留学」や「離島留学」など、子どもたちが長期間山村で暮らし、地元の小中学校に通いながら、放課後や週末は自然の中で野外活動をし、感受性を育てる取り組みは近年増えてきている。そんな中で、白山市の「里山ボーディングスクール」は、白山麓の広大な白峰地域全体を「学校」と捉えることで、校舎を出たあとにも社会勉強できる場所を子どもたちに提供していく考えだ。

通常の山村留学では、学校から離れた山へ移動して自然と触れ合う学びの機会を持つことが多いが、白山市の里山ボーディングスクールでは、学校や住宅を含む“白山麓の地域全体”をフィールドにする。その理由は、持続可能な里山都市を子ども達自らが考え、実践するイノベーションを起こしたいと考えているから。

地域全体で子どもたちの成長に注力することで、子育て等で社会への参画が難しい状況にあった女性の社会進出も促すことができる。また、平野部と山間部では教育にも格差が生まれていることが指摘されていたが、「里山ボーディングスクール」を導入することで、白峰地域をはじめとした白山麓全体が教育先進エリアとなり、山間部の子どもたちにも、豊かな勉強の場をつくることが出来るという。

特に白山市が力を入れて授業を展開したいと考えているいるのが、白山麓の自然や歴史を学び未来の姿を自由に表現 する「アート・サイエンス」と、その未来の姿を実現するための技術を学び、実際の地域社会に実装する「エンジニアリング・デザイン」だ。

白山市で「里山ボーディングスクール」を担当する企画振興部 村井和孝氏

「里山ボーディングスクール」をともに運営するパートナーとして呼びかけたのは、ベンチャー企業の起業家たち

実は「里山ボーディングスクール」は、以前お伝えしたSDGs未来都市ハッカソンに参加した1チームがプレゼンし、白山市から賞を受賞していたプロジェクトだ。以前から構想としては話題にのぼっていが、ハッカソンを通じて、具体的なプロジェクト内容と実現すべきビジョンが明確になった。ハッカソン後も、白山市とKITのプロジェクトチームの間で「里山ボーディングスクール」を具体化していくための運営体制について、ディスカッションが行われてきたのだ。

KITのプロジェクトチームは、白山市と連携しながら、このプロジェクトを実現に落とし込むミッションを担っている。しかし前述のように、このプロジェクトのフィールドとなる白峰地区は、すでに人口減少と高齢化が進み、地域の力だけで里山ボーディングスクールを実現することは現実的でない。

そこで、KITが講師陣のアサインやカリキュラムづくり、運営事務局を担うパートナーとして参画してもらうことにしたのがベンチャー起業家たちだった。

KITのプロジェクトチームが各地で様々なベンチャー起業家に会い、「これは」と考えたパートナー候補に、彼らに白山市で実現し得ること、また、彼らが白山市で挑戦したいことの双方がマッチするかどうか、丁寧にコミュニケーションを取りヒアリング。その上で、2018年11月段階で、本格的にパートナーシップを結ぶことを検討中なのが以下の4社だ。

・Next Commons Lab
地域社会と交わりながら、 ポスト資本主義社会を具現化する議論と実行の場づくりをしている

・仕立て屋と職人
伝統工芸品を作る職人の価値を広めている

・ガクトラボ
学生のうちからビジネスやまちづくりを実践する場を作っている

・SAGOJO
デザイン・写真・文章など、専門的なスキルを生かして旅をしながらシゴトをする「旅人」達のプラットフォーム

KITのプロジェクトチームは、各企業の担当メンバーを招待し、白山市が掲げているビジョンの共有を再度行ったうえで、各企業は「里山ボーディングスクール」のフィールドとなる白峰地区で挑戦したいと考えることを白山市にプレゼンを行った。(各企業のプレゼン内容や、行われたディスカッションの詳細については、別途記事で紹介予定)

里山ならではのコミュニティの結束力をテコに地域が企業の挑戦を加速する - 企業と地域双方にメリットをもたらす、持続可能なモデルの視点

白山市と連携するKITイノベーションハブのプロジェクトチームは、ベンチャー企業とパートナーシップを組んで里山ボーディングスクールを実現していく考えだ。しかし、ベンチャーとはいえ営利企業。「白峰地区の活性化のため」という地域の思いに共感していても、企業側にとってもメリットがなければこのタイアップ長続きしない。かといって各社の利益をそのまま優先すれば、本当の意味で、白峰地区の住人達の未来を広げていく結果にはならないだろう。

お互いが前向きになれるパートナーを見つけるためには、どんな視点を持つことがポイントになるのだろうか? 金沢工大の中山さんにお話を伺った。

▼金沢工業大学連携推進課 中山尚武氏

例えば、私は白峰地域でドローンの実証実験を進めようと考えているのですが、今はドローンを飛ばしたくてもルールが複雑で、かつ空域情報などが不透明であるために「どこで飛ばせるのかよくわからない状態」が蔓延しています。

これを、地域コミュニティの方々と協力し、各住宅の上空150mの空域を地域全体で解放することができれば、地域内のドローン物流の在り方等を検討することができる究極の実験都市になります。言い換えると、白山麓ならではの地域コミュニティの結束力は、企業の新たな挑戦を円滑に推進するための重要な要素となります。

このように、企業(経済)と地方都市(社会)を上手に組み合わせることで、地方都市に新たな役割を見出すことができる。これまでは経済と環境・社会はトレードオフで語られてきました。しかしこれを解消して、社会全体を俯瞰してとらえる視点を我々大学が持ち、地域の方々との調整を担っていくことによって、地域社会と企業の双方にメリットをもたらす持続可能な取り組みが可能になると考えています。

その上で、ドローン関連の企業と協力して、安全かつ円滑なドローン運行を白山市で実現させることができれば、この街は日本初のドローン物流のノウハウが蓄積される都市になるんです。企業からしても、そういう都市を新たに開拓できたことはメリットになりますよね。

注文商品をドローンを使って届けることができれば、買い物難民の助けにもなりますし、災害時などのインフラ整備も可能になります。さらに、観光面でも注目してもらえるトピックになります。

こんなふうに、地方都市から未来都市のあるべき姿を具現化していけたら、関わる企業としても地域としても嬉しいことですよね。

上記はインタビューの一部だが、「里山ならではの地域コミュニティの結束力が企業の挑戦を加速する」という視点は、目から鱗が落ちる思いだった。

地方創生において、一過性の施策では時間と労力を消費するだけで、根本的な問題解決にはならない。よく言われることだが、全国を見渡すと、いまだに場当たり的な施策と感じてしまうこともある。しかしSDGsが「持続可能な開発目標」を掲げていることもあってか、白山市とKITの間では、一過性の取り組みに終わってしまうことへの懸念と、継続的な取り組みにすることの意識が徹底されていた。

継続的な取り組みが重要なのは、白峰地区で新たな挑戦をしたいと思っている企業にとっても同じことだろう。ベンチャー企業はある意味で「実績をつくる」目的でこのプロジェクトに関わっているが、単発的なイベントやワークショップを開催しただけでは、その挑戦が成功したという説得力としては弱いだけでなく、誰かの心を動かし“現実として何かを変えた”とは言い難い。お互いがwin winのパートナーになるためには、早い段階で「展開のビジョンをすり合わせること」が、重要だ。

さて、今回のレポートはパートナー企業を上手に見つけるためのポイントまででいったん終了としよう。次回は、各企業が実際にどんな授業を展開しようとしているのかを紹介した上で、「里山ボーディングスクール」という大きなプロジェクトにおける、地域住民や企業の巻き込み方についてレポートしたい。

(取材・執筆 星 佑貴 / 編集・写真 スガ タカシ)

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