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イスラエル 国旗 選挙 イメージ

9月に再度総選挙のイスラエル、実際には何が起こっているのか?

2019.06.05

Updated by Hitoshi Arai on June 5, 2019, 10:32 am JST

イスラエルでは去る4月9日に総選挙が行われ、全120議席中、ネタニヤフ氏の率いる「リクード」とガンツ氏率いる「青と白」が共に35議席同数という結果を残した。リブリン大統領は、ネタニヤフ氏の方が右派を束ねて61議席以上を獲得する連立を作りやすいと判断し、ネタニヤフ氏を首相に指名し、5月12日までの組閣を指示した。

しかし、ネタニヤフ氏は最初の期限が守れず、2週間の延長の許可も得たのだが、結局、5月30日の最終期限までに多数派連合を結成することができなかった。首相が連立の組閣ができない、というのはイスラエルにとってもはじめての事態であり、このニュースは世界中で報じられた。

なぜ組閣に失敗したのか? あくまで私見、という断りを置いた上で筆者なりの見方を述べたい。

元国防相のリバーマン氏が率いる世俗主義の政党「わが家イスラエル」は5議席を獲ったが、リバーマン氏は兵役に例外を作らないという原則にこだわった。一方、兵役を免除されている正統派ユダヤ教徒の側は16議席を持ち、実際、超正統派ユダヤ教徒の徴兵を増やす法案の審議にも応じていた。しかし、リバーマン氏は一切の修正に応じず原則にこだわった。このため、ネタニヤフ氏は妥協を導けなかった、と伝えられている。

前述の通り、ガンツ氏率いる「青と白」は35議席を持っているため、仮に「リクード」が「青と白」と連立できれば、直ちに組閣できたはずだ。何事にも現実的なイスラエル人としては、この可能性が語られていたこともある。ただし、一点だけ大きな乖離があった。それは、ネタニヤフ氏の汚職疑惑である。元々ネタニヤフ氏には贈収賄等の疑惑があり、検察から起訴される可能性がある。長期間の権力保持には負の側面が出てくるのは、洋の東西を問わないということだろう。先の選挙では、ガンツ氏はこの点を攻撃して多くの支持を得たため、ネタニヤフ氏としてはどうしても連立の対象にはできなかったと思われる。ネタニヤフ氏の目的は二つあった。政権を確保すること、そして、首相在任中は起訴されない、というような新たな法律を通過させることで、汚職疑惑に関する検察の起訴からしばらく逃げ切ること、であると言って良い。そのために選んだ連立の対象が、今回のメンバーだったのである。

イスラエル国会では、5月26日の週の前半に議会解散法案が提出されていた。組閣期限が過ぎた30日未明、国会はこの法案を74対45の賛成多数で可決。ネタニヤフ首相は、政党間交渉のこう着状態を打開しようと解散を支持した。実際、解散をしなければネタニヤフ氏には大きなリスクがあった。

それは、「青と白」の獲得議席も「リクード」と同数であり、「リクード」が組閣に失敗したので、「青と白」が大統領から組閣を指示されるという可能性である。その場合、ネタニヤフ氏にとっての前述の二つの目的が揺らいでしまう。特に、起訴から逃げることが難しくなってしまうので、彼にとっては解散に持ち込むのは、「先延ばし延命策」として不可避の選択であったと想像する。

しかし、総選挙を実施するには、いくら小さな国とはいえそれなりの費用もかかる。それにもかかわらず、4月9日に一度実施された僅か7週間後に「9月17日にもう一度総選挙を行う」ということになったのである。税金の無駄使いと憤る市民も多く、恥ずべき事態だという声もある。また、再度の総選挙でネタニヤフ氏のリクードが優位に立つかどうかも分からない。実際、連立を作れなかった、という事実はマイナスに働くだろう。

今回、妥協の障壁となった「兵役の例外」問題は、今に始まったことではなく、イスラエルではずっと議論されている問題である。過去の連立政権でも、ほぼ同じメンバーで妥協しながらやってきた。そういった背景の下でリバーマン氏が原則論を貫いたのは、「政治のゲーム」と見る人も多い。彼は連立に入る意志もなかった、という報道もある。国民の意見は様々であるが、現実的なイスラエルの人々は、正統派の人々が兵役に就くか就かないか、には実はあまり興味を持っていない。

日本人的には、一部の国民だけは兵役を免除される、という事実を聞くと、フェアではない、という反応をするかもしれないが、実際に紛争に直面しているイスラエルの人々やイスラエル軍にとっては、必要なのは役に立つ人材なのである。役に立たない、という言い方は大変失礼かもしれないが、宗教の戒律を守ることだけに生きている人々が、軍のコンバットとして活躍することは現実的ではないだろう。

多くの世俗派の国民にとってより現実的な問題は、正統派の人々は原則働かず、国から日本円にして月に約12万円ほどの生活保護のような補助金を得て暮らしており、その人数が増えている、という現実だ。日本で年金受給世帯が増え、財政が逼迫しているのと同じような問題である。

日本と異なるのは、イスラエルでは若い労働人口も増えている、という点だが、正統派の人々は戒律上避妊が許されないため、その補助金対象世帯の人口増加率の方が、その他労働世帯の人口増加率よりも遥かに大きい、という悩みを抱えている。年齢中央値が約31歳という若い国であるにもかかわらず、補助金の対象となる人々が12%存在し、それが増加傾向にある。

余談だが、多くの日本のメディアは今回の組閣失敗に関連して、「中東和平への影響?」という論点を取り上げたが、的外れであると考える。なぜなら、アメリカが仲介しようが、右派ではなく中道が政権を取ろうが、一方のパレスチナ側に交渉のテーブルに着く意志と、交渉できる主体が居ない(国家のようなまとまりがない)状況だからである。同じパレスチナ自治区という括りになるとはいえ、ヨルダン側西岸地区とガザ地区とでは、政治的に主張が異なる。パレスチナ側が政治的にひとまとまりになるかどうかは、純粋にパレスチナ側の問題であり、それがなければ和平の議論は始まらないのだ。

イスラエルの人々の多くは、汚職疑惑のあるネタニヤフ氏に正直うんざりしている。その一方で、安全保障面からの彼の実績と実力も認めており、その点では支持している。実に悩ましい状況なのだ。ちなみに、9月17日という次の選挙の日程は、ユダヤ教の新年が今年は9月末から始まるので、その前に決着をつける、という意味もある。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu