定型作業の多い事務職が、どんな作業も自動化できる「RPA女子」に育つ職場の作り方
2019.08.12
Updated by Takeo Inoue on August 12, 2019, 16:37 pm JST
2019.08.12
Updated by Takeo Inoue on August 12, 2019, 16:37 pm JST
現在、RPA(Robotic Process Automation)は、企業の働き方改革の大本命として注目を浴びている。RPAとは、デスクワーク(主に定型作業)を、ルールエンジンやAIなどの技術を備えたソフトウェアのロボットが代行・自動化することだが、これを導入すると、表計算ソフトでの集計・分析や発注業務、見積書の作成など、工数が多く人手も時間もかかる定型化したオフィス作業を自動化できる。
確かに便利だろうが、RPAツールによってはプログラミング言語を使ってコーディングしなければならないものもある。こうと聞くと、ハードルが高いと感じるかもしれない。「そんなことができるエンジニアは自分の会社にはいないので無理だ」と諦めてしまう向きもあるだろう。
しかし、そう思うのは早急だ。というのもRPAの開発経験ゼロからスタートし、いまではどんな定型業務でもRPA化できるほどスキルを高めた女性エンジニアがいるからだ。ここでは、なぜ彼女がRPAを習得できたのか、その経緯とともに、RPAで企業の働き方改革を実現するための極意について紹介しよう。そこに、中小企業や自治体でRPAを導入するためのヒントがあるかもしれない。
かつて、LIXILにおいてRPAの全社展開を成功させたグッドライフの竹内瑞樹氏は、社内の現場部門から600人のRPA開発者を育てた。最終的に1000台のRPAのアイデアで、15万時間以上の業務削減の効果(見込み)を生み出すことに成功した実績を持つ。
端的に言うとRPAとは、オフィス業務で行うPC作業をソフトウェアのロボットに記録(模倣)させることで、デスクワークを効率化・自動化する仕組みのことだ。RPAツールを使用して任せたい作業をPC上で行うと、ロボット(シナリオ、ワークフローとも言う)と呼ばれるRPAツールが動作ルールに置き換えて記憶し、次からその作業をロボットが代行する。RPA開発者とはこのロボットを開発する人のことだが、求められる重要なタスクの一つは「どんな作業をロボットに覚えさせ自動化させるか」になる。
しかし、同社が育てたRPA開発者は全ての人が元からプロフェッショナルだったわけではない。開発経験がなかったにも関わらず、どんな定型業務もRPA化できるほどスキルを高めた女性エンジニアもいるのだ。LIXIL時代の竹内氏の部下であり、現グッドライフで活躍する前澤真由美氏がその人だ。では、どうやって彼女は全くの未経験から、バリバリのRPAエンジニア(「RPA女子」)に変貌を遂げたのだろうか?
もともと前澤氏は、トリマーや販売員など接客業を中心に仕事をしていた。その後、アパレル・ブランドを販売するEC企業に就き、商品のWebを制作する業務を経験した。
同氏は「具体的な仕事は、基幹システムから必要な商品情報を取り出し、Excelにデータをコピーし、倉庫から送られてきた商品の画像・サイズ・素材の情報や、商品の説明などを付加して、サーバにアップロードするというものでした」と振り返る。
単純な作業だが商品数が多いため、1日に300ものページ情報をアップする必要があった。キャンペーン時期になると、さらに大変だ。セール価格の付け替え作業が発生するため、1日に2000件以上もの更新作業をしなければならなかった。
「いくら仕事をこなしても、まったく仕事が終わらない状態で、終電で帰るのが当たり前。年末年始に出勤することもありました。こういった仕事を10年間やってきたのですが、自分なりにExcelの関数やマクロも使って、作業時間を短縮できるような工夫を凝らしてきました」(前澤氏)。
そんな忙しい毎日を送る同氏だったが、結婚して子供を授かってから、人生の転機を迎えた。その会社を辞めて、育児をしながらでも可能な仕事を探し始めたのだ。
「10年間も単純な事務作業しか経験してこなかったので、転職に少し不安を覚えました。自分のスキルは何か? と考える契機にもなったのですが、最終的に事務の派遣業務を選ぶことになりました」(前澤氏)。
こうして派遣先のLIXILで事務を始めたが、人手不足ということで別部署に異動になった。それがなんと「RPA推進チーム」であり、その時のリーダーが前出の竹内氏だったのだ。
「竹内さんは、何も知らない私に『今日からRPAの開発担当だよ』 と言うのです。それどころか、チームに入った初日の挨拶で、今日から『ロボットの救世主に来てもらいました』と紹介されてしまいました(笑)」(前澤氏)。
そこから、いよいよ前澤氏の「RPA女子への道のり」が始まったのだ。
新しいRPA推進チームの所属となった同氏は、まず一通りの社内研修を受け、その直後から、いきなりRPA案件を渡されて開発を行うことになった。しかし、そう簡単に開発が進むほど甘いものではない。
「問題につまずき、解決策が見つからず、一人ではどうにもなりませんでした。しかし竹内さんは、困ったときに問題を解決できる環境を、あらかじめ用意してくれていました。開発サポートの選任者を付け、何か問題に直面しても悩むことなく、スムーズに開発が行えたのです」(前澤氏)。
同氏は、RPA開発を一歩ずつ進め、完成させる経験を積み上げることで、さまざまな業務のRPAを開発できるスキルを高めていくことができた。ちょうどその頃、リーダーの竹内氏は、社内に数多くのRPAエンジニアを育成している最中だった。
「現場には、私のようにシステムが分からないままエンジニアになろうとしているスタッフがたくさんいます。そういうエンジニアが増えてくると、開発サポート担当者に多くの問い合わせが届きます。いくら体制を準備していても、開発者が100名以上に増えてきた段階で、サポートの手が回らなくなってきました」(前澤氏)。
そこで活躍したのが開発者コミュニティだ。これは一人前に育ったエンジニアが次の人材を支援する相互扶助のエコシステムのことで、開発者同士がつながることにより新米エンジニアが質問しづらい初歩的な問題を解決できるようになった。
また、このコミュニティは単に助け合うだけのものではなく、部署の壁を越えた連携も可能にし、開発がより効率よく進んだ。その上、開発者同士で問題や悩みを共有できることは、チームとして“楽しみながら”仕事ができる環境にもなったようだ。
「最初は竹内氏の無茶ぶりに当惑しましたが、楽しみながらRPAの開発スキルを身に着ける仕組みを作り出してくれました。私がRPA女子になったのも、この仕組みの中で学べたからです。RPA開発は知れば知るほど面白く、奥が深いものです。ロボット1つだけで、自分が前職で10年間やってきた仕事を、すべて自動化できました。私は多くの女性に、RPAの存在を知って欲しいと思っています。それは、RPAエンジニアこそ女性に向いているからです」(前澤氏)。
「RPAエンジニアこそ女性に向いている」という指摘は重要だ。前澤氏自身がそうであるように、出産や結婚を機に、負担の少ない働き方を模索した結果、派遣社員やパートという働き方を選ぶ女性は少なくない。そして職種別に見た場合、派遣社員として働く男性のうち事務職が9.8%であるのに対し、女性は45.9%が事務職として働いている(一般社団法人 日本人材派遣協会調べ)。RPA開発には、「どんな作業をロボットに覚えさせるか」を抽出することが必要になるが、たくさんの定型作業に苦しんできた女性こそ、RPA化するに適した業務を見つけられる、ということだろう。
前澤氏は「RPAの開発が可能になると、ムダな作業を削減するだけでなく、業務全体が見えるようになります。そうなると提案にも広がりが出てくるのです。もしも自社でRPAを導入し、現場の開発者を育成することになったら、自分は無理と尻込みせずに、自ら立候補して働き方を変えて、より楽しい業務にしてください」と、未来のRPA女子にアドバイスを送った。
前澤氏の事例から分かるように、RPA開発は、アプローチの仕方によってゼロからでも可能だ。今回の事例は、開発サポート体制をしっかり構築していれば、RPA開発の経験がない人でも、優秀なエンジニアになれるということを証明している。
では、RPA開発者を育成するために必要なポイントは何か?
RPA推進チームの旗振り役だった竹内氏は「現場で多くのRPA開発者を育成することが重要です。ポイントは、研修プログラムや講師、開発のルールと標準化、SNSなどを提供することです」と説明する。
では企業がRPAを導入し、逆に不幸にならないようにするにはどうすれば良いか。これには「現場の開発力」、「本気の運営」、「経営者の理解」という3つの大きなポイントがある。
まず現場が開発力を発揮するには、自社に合ったRPAツール選びが非常に大切だ。一度ツールを導入すると、途中で切り替えるわけにはいかないからだ。ツールを選ぶ際は、動作環境や開発難易度による分類から考えるとよいだろう。
RPAツールを選ぶコツとして竹内氏は、「RPAで効果を発揮するには、これまでは1つのRPAによって効果の高いものをつくることが良いとされてきました。しかし私は、ひとつずつのRPAの効果は小さくても、数多くのRPAを作ることを推奨します。というのも効果が小さくても、それらが積み重なると、大きな効果を生み出してくれるからです」と強調する。
次に、本気の運営に関しては、必要な部署を巻き込んで組織的に活動することがポイントになるという。これについては、改善に前向きになるマインドが求められる。
「実は、現場が幸福になるための自動化のアイデアは、現場の担当者自身が持っているものです。ですからRPA運営部隊を設置して、現場のロボ開発をIT部門が支援するようにしましょう」(竹内氏)。
よく陥る課題は現場が冷めてしまうことだ。RPAを導入すると、自分の仕事がなくなり、クビになってしまうのではと考えるからだ。これは3番目の経営者の理解に関係しているものだ。
経営者の理解として、竹内氏は「経営層は、RPAをリストラの道具として使うのではなく、働き方改革を進めるものとして考えてください。そして開発者の時間を確保し、彼らの適正な評価を行い、トップダウンでRPAの導入を進めていくことが大切です」とまとめた。
もちろん、前澤氏が「RPA女子」になれたのは、事業規模の大きいLIXILだからこそできた面もある。しかしながら、この事例から見出せるポイントは大切だ。
まず、サポート体制をうまく構築できれば初心者でもRPA開発はできるということ、そして何より、定型作業を現場で行ってきた人だからこそRPA開発に力を発揮できるということだ。それゆえに経営者側も、RPAを導入することでリストラにつなげるような発想は持ってはならない。むしろ重要な人材なのだから。このことは、RPAの導入を検討している中小企業や自治体においても、一考すべき点だろう。
では最後に、RPA以外の働き方改革を支援するソリューションについても紹介しよう。
まずはOSKの、あらたなRPA機能が盛り込まれた基幹業務システムの最新版「SMILE V」。コクヨの企業間取引支援クラウドサービス「@TOVAS」は、この「SMILE V」と連携させ、ペーパーレス化を実現している。具体的には、注文書・請求書などの帳票データを相手企業に配信でき、郵送費や作業工数を減らせる。
NECの、「働き方改革ソリューション」は、仕事を見える化し、長時間労働の抑制や休暇の取得促進などを支援できる。
働き方改革のポイント(約束事)として「多様性の受容」「ビジョンに共感」「公明正大と自立と議論」を挙げるサイボウズによると、これらを実現するための具体的なツールとして「Mailwise」と「kintone」があるという。
少子高齢化が進む課題先進国の日本が労働生産性を上げていくには、ITツールの活用が必要不可欠だ。社員がどんな働き方をしたいのかを軸に、RPAなどのITツールをうまく組み合わせながら、働き方改革を進めていくことが重要だ。
*この原稿は、創生する未来の「楽しく長く、を実現するための働き方改革セミナー」の一環として、サイボウズ本社で行われた基調講演を基に再構成したものです。
*ご希望の方には当日の資料をデータにてお送りします。ご希望の方は、「創生する未来」編集部 info@souseimirai.jp 宛にお問い合わせください。
(執筆&写真:フリーライター 井上猛雄 編集・構成:杉田研人)
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登録はこちら東京電機大学工学部卒業。産業用ロボットメーカーの研究所にて、サーボモーターやセンサーなどの研究開発に4年ほど携わる。その後、株式会社アスキー入社。週刊アスキー編集部、副編集長などを経て、2002年にフリーランスライターとして独立。おもにIT、ネットワーク、エンタープライズ、ロボット分野を中心に、Webや雑誌で記事を執筆。主な著書は「災害とロボット」(オーム社)、「キカイはどこまで人の代わりができるか?」(SBクリエイティブ)などがある。