ゴーストタウンからの再生。福島県南相馬市小高区が取り戻しつつある街と新しく創り上げる街の姿 & 復興の起爆剤となり得る世界的なロボット試験場「福島ロボットテストフィールド」の見学レポート
2020.03.06
Updated by Takeo Inoue on March 6, 2020, 13:10 pm JST
2020.03.06
Updated by Takeo Inoue on March 6, 2020, 13:10 pm JST
福島原発事故による避難指示解除から3年半が経ち、徐々に以前の活気を取り戻しつつある南相馬市小高区。いまは新しい施設もでき、人々の帰還とともに日常生活を満たす多くのニーズが生まれつつある。今回は、静かに、しかし確実に変わりつつある小高区の街並みと、南相馬の復興の起爆剤と期待される「福島ロボットテストフィールド」(同市原町区)を紹介したい。住民ゼロという過酷な現実から立ち上がる地域の現在と、そこで展開される世界でも稀な最新ロボット試験場である。
福島県の北東部に位置する南相馬市は、2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故により、甚大な被害を受けた地域だ。同市は「原町区(はらまちく)」「小高区(おだかく)」「鹿島区(かしまく)」の3区で構成されるが、中でも原発20km圏内に位置する小高区は、全域が避難指示区域となり、一時期はゴーストタウンとなってしまった。
しかし、2016年7月に避難指示が解除され、すでに少しずつだが住民も戻りつつある。震災前の小高区には、1万2842名もの住人が暮らしていた。避難解除後3年が経った現在、3635名の住民(2019年10月)が帰還を果たし、以前のような暮らしを始めている。
福島沿岸を走る常磐線・小高駅に降り立つ。昭和を彷彿させるレトロな雰囲気が印象的な駅舎だ。駅前には、まだモニタリングポストが残っていた。駅から海までは直線で2kmほど。震災時に津波は駅舎裏まで来たそうだが、線路と盛土が防波堤の代わりになり、周辺の住宅は床下・床上浸水で済んだという。しかし、2018年度中を期限に国から家屋取り壊しの費用が出ていたため、更地になった住宅も多かった。
駅前から歩いて1分の場所に、小高の復興支援の核となった民間施設「小高ワーカーズベース」が以前まで運営していたコワーキングスペースがある。現在は東京大学が支援に入っており、「小高復興デザインセンター」に名称が変わった。
その横には小高地区で唯一の旅館、「双葉屋旅館」が営業中だ。実は小高復興デザインセンターは同旅館が所有する建屋。双葉屋旅館は、いち早く旅館の修繕を始め、避難指示の解除後にすぐに再開したそうだ。
いまでこそ住民が利用できる飲食店やコンビニもあるが、避難解除前は食料などを購入できる店は何もなかった。その折、前出の小高ワーカーズベースが、南相馬市から運営委託を受け、2015年9月に仮設商業施設「東町エンガワ商店」をオープンした。その後、2018年12月まで3年間ほど営業していたが、いまは役目を終えて更地になっている。
避難指示区域初の食堂として、小高ワーカーズベースの代表・和田智行氏が地元の人と協力してオープンした「おだかのひるごはん」も、現在は元あった「双葉食堂」として再開し、連日満員の人気ラーメン店に戻っている。(ここで「もやしラーメン」を食べさせてもらったが、ボリュームたっぷりで美味しかった)
地域発アートコミュニティ拠点として小高区を盛り上げるために開店した本屋「フルハウス」もある。芥川賞作家の柳美里氏が小高区に移住し、その自宅を改装した本屋だ。さらにクラウドファンディングでカフェスペースも増設した。地域住民や高校生、小高区を訪れる人々の交流スペースを目指して運営している。店の裏側には演劇ができる小屋があり、そこで芝居も上演しているという。
小高区役所の裏手にある復興拠点施設「小高交流センター」は、2019年1月にオープンしたばかり。
写真では伝わりづらいが、小高交流センターには奥行きがあり、交流スペース、トレーニングセンター、キッチンコーナー、子育てサロン、チャレンジオフィス、セグウェイを貸し出す遊べる室内スペースなどがある。そのほかにも食堂、喫茶店、地元の農産物を販売するマルシェ、有名なサーフボード店なども併設されている。
取材時は日曜日だったためかあまり人がいなかったが、平日は地元の産業高校の生徒が下校途中に立ち寄ってセグウェイで遊んだりするなど、にぎやかな交流スペースになっているという。
このように小高区は、街自体が日々変化している。ともすれば衰退する一方となってもおかしくない小さな街に、かつてあった施設が取り戻されているばかりでなく「新たな施設」の芽吹きがあるのだ。これは、行政だけの力ではなく、民間のたゆまぬ努力あってのことだろう。一度住民がゼロになり、風評被害も重なって、マイナスからスタートした復興だが、「だからこそ新しく街をデザインできる」という逆転の発想もできるかもしれない。
なお、小高区は周辺地域よりも比較的住民の帰還率が高い。そこには小高ワーカーズベースが担った役割が大きいことも付言しておきたい(詳しくは別稿で紹介する)。
続いて、南相馬市全体の復興のカギとなり得る施設「福島ロボットテストフィールド」を紹介したい。南相馬市の原町区に位置し、小高区からは車で15分ほどで行ける近距離にある。世界的にも類を見ない巨大施設だという。完成間近というが、いったい施設で、地方創生に向けてどんな役割を担うのだろうか。
福島ロボットテストフィールドは、新たな産業基盤の構築を目指す国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」に基づいて建設中の施設で、2019年度末(2020年3月)に全施設が完成する予定だ。物流、インフラ点検、大規模災害などに使われる陸・海・空のフィールドロボットを主な対象とし、研究開発、実証試験、性能評価、操縦訓練を行う施設で、使用する実環境を再現するために巨大な試験場になっている。
具体的には、南相馬市・復興工業団地内の東西約1000m、南北約500mの敷地内に、「開発基盤エリア」「無人航空機エリア」「インフラ点検・災害対応エリア」「水中・水上ロボットエリア」を設けている。取材時(2019年12月時点)には「水中・水上ロボットエリア」が未完成だったが、その他の施設はほぼ完成していた。また、隣接する浪江町の棚塩産業団地内にも長距離飛行試験のための滑走路を整備している。
開発基盤エリアとなる研究棟は、本館としての役割を持ち、各試験の準備、加工・計測や、さまざまなロボットの性能評価試験が可能だ。
性能評価の例としては、風、雨、防水、防塵、霧、水圧、温湿度、振動、電波に対する試験室が用意されている。研究者の活動拠点となるオフィスもあり、こちらはすでに企業や大学でほぼ埋まっていた。棟内には福島県ハイテクプラザ南相馬技術支援センターが併設され、設備の利用支援やロボット技術などの相談なども行うという。
無人航空機エリアは、滑走路として、飛行試験や操縦訓練に使用できる施設だ。無人航空機向けの施設としては国内最大。滑走路と直結する格納庫や一帯を見渡せる計測室やアンテナ設置台を備え、ヘリポートでは、シングルロータ・VTOL型(垂直離陸型)のドローン試験・訓練や、試験機追跡、通信試験、災害救助訓練などの有人ヘリの離発着にも使用できる。
インフラ点検・災害対応エリアは、ロボットによるインフラ点検、災害対応の実証試験のために整備される国内唯一の試験場。トンネル、橋梁、プラント、市街地、道路などの実物大の構造物があり、想定される災害環境や老朽化状況をほぼすべて再現して、災害対応ロボットによる試験が可能だ。
例えば、老朽化した橋やトンネル内の点検をするロボットやドローンを稼働させたり、瓦礫・土砂崩落の現場で無人化施工重機や災害対応ロボットによる状況確認、捜索・救助、復旧作業に関する試験と操縦訓練が行える。
疑似プラント(本記事冒頭の写真)は、災害対応ロボットによって情報収集や点検を実施したり、機器の操縦訓練が行える場所。ここで2020年8月にロボット国際競技会「World Robot Summit」、通称WRSの一部の競技も開催される。
また市街地を再現したテストフィールドでは、実物と同じ住宅、ビル、信号・標識付の交差点なども配置。災害現場を模して建物の内外に車両や瓦礫、点検対象物などを置き、災害対応ロボットによって情報収集・調査から障害物の除去、人員の捜索・救助までの訓練ができる。
未完成だった「水中・水上ロボットエリア」には、ダム・河川・港湾などを再現し、水中・水上ロボットによる点検・調査試験や、操縦訓練が行える室屋内水槽試験棟が設置される。実際に水害で冠水した市街地を再現し、水中・水上ロボットや無人航空機による情報収集、捜索・救助訓練も可能な水没市街地フィールドも準備されていた。
これらの施設は、世界的にも唯一無二のものだという。米国テキサス州にも似たような災害試験フィールドはあるが、それよりも規模は大きい。しかも、使用料を払えば、官民問わず施設を利用できる。日本のモノづくりのお家芸ともいえるロボットの一大研究開発拠点として、将来の中心的な存在になるはずだ。
大地震と原発事故による災禍を受けた福島だからこそ、こうした施設が復興と防災、そして小高区を含む南相馬全体の活性化に寄与することを期待したい。
(執筆&写真:井上猛雄 編集:杉田研人 監修:伊嶋謙二 企画・制作:SAGOJO)
✳︎なお、この取材では小高区の復興に尽力する小高ワーカーズベース代表の和田智行氏にガイドいただいた。和田氏の活動については、別稿を参考いただきたい。
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登録はこちら東京電機大学工学部卒業。産業用ロボットメーカーの研究所にて、サーボモーターやセンサーなどの研究開発に4年ほど携わる。その後、株式会社アスキー入社。週刊アスキー編集部、副編集長などを経て、2002年にフリーランスライターとして独立。おもにIT、ネットワーク、エンタープライズ、ロボット分野を中心に、Webや雑誌で記事を執筆。主な著書は「災害とロボット」(オーム社)、「キカイはどこまで人の代わりができるか?」(SBクリエイティブ)などがある。