限界集落の資源と課題を教材に変える。山村で新しい教育プログラムをいかに作るか - 白山市 SDGs未来都市 × KITイノベーションハブ「白峰ボーディングスクール」その3
2020.09.13
Updated by SAGOJO on September 13, 2020, 16:40 pm JST Sponsored by 金沢工業大学
2020.09.13
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石川県白山市の山麓エリアである白峰(しらみね)地域は、手取川ダムのさらに上流に位置し、石川県の最南端にあたる地区だ。現在の主要産業は観光業だが、かつてにぎわいを見せたスキー場はすでに閉鎖。現在、人口は約800名いるものの、年々減少しており過疎化の進行を止められずにいる。
その白峰地域で、「地域をまるごと先端的な学びの場にする」という壮大なプロジェクト「白峰ボーディングスクール」が動き出した。このプロジェクトについては、これまでにも「里山ボーディングスクール」として「地域は企業パートナーと『持続可能』な関係が築けているか」「集落の命運を分ける事業、地域と外モノの信頼は作れるか」の記事で、経過をお伝えしてきた。2018年に白山市が「SDGs未来都市」に選定されて以降、金沢工業大学(KIT) 地方創生研究所 イノベーションハブと自治体、地元住民、地域内外の企業が連携し、白峰を含む白山地域の未来についての意見交換するなかで生まれたプロジェクトだ。
▲「白峰ボーディングスクール」イメージムービー
今回は、「里山の資源や課題を教材にする」とうたう「白峰ボーディングスクール」がどんな教育プログラムを、どのように作ろうとしているか、紹介したい。
国内で新型コロナウイルスの感染が本格的に広がる間際の2020年2月、白峰地域の重要事項を話し合う区長会において、正式に里山ボーディングスクール構想が説明され、全会一致で推進されることが決定。これまで議論してきたプロジェクトがここから、本格的に動き出すことになった。
まず、白峰ボーディングスクールの特徴をまとめておこう。「ボーディングスクール」とは、イギリスを起源とする特徴ある教育を行う全寮制の学校のこと。将来的には1カ月から年間スパンで地域に滞在しながら学べる体制を目指しているが、現在は、それに向けてクラウドファンディングとシルバーウィークにパイロット版としての短期の学習プログラム「AUTUMN CAMP2020」を実施しようとしている。
スクール参加の主な対象は、創造力を養いたい都市部や地元の子どもとその保護者、さらにSDGsを志向した新規事業や起業に必要な考え方を学びたい社会人だ。自然の中での野外活動を通じ感受性を育むことを目的とした、山村留学や離島留学は増えてきている。それに対して白峰ボーディングスクールは、白峰の自然や文化的な資源だけでなく、限界集落に向かう地域が抱える課題までを「まるごと」教材とすることを最大の特徴とする。
山村・白峰地域を教材としてアートやサイエンス、エンジニアリング、デザインといった創造性を育むプログラムを横断的に学ぶことで、受講者は、都市と山村の持続可能な関係を再編集する思考を身に付け、地域の課題を創造的に解決する方法を考える。最終的には、スクールのプログラム内で考え開発したものを地域に実装することを通して、受講者が講師やスタッフとして関わる地域住民と交流しながら、白峰という地域のまちづくりに参画することまでを描く。
空間的には、地域の空き家を教室と見なし、地元の食堂を給食室と見なすなど、白峰地域全体が「学校」となり、学びの過程で開発したものを実装するための「実験室」にもなるのである。
白峰ボーディングスクールが「アート・サイエンス・エンジニアリング・デザイン」を横断的に学ぶのは、これが創造性を発揮するために重要な4つの要素・プロセスであると考えるためだという。
白峰ボーディングスクールのサイトには以下のようにある。
「白峰ボーディングスクール」のカリキュラムの特長は、文系・理系といったように分野を分けて学んでいた領域を横断的に学ぶことができる点にあります。
生活面や経済面においてある種の成熟を迎え、かつコロナ禍におけるニューノーマルな時代の到来を見据えた時、私たちは、既存の価値観を良い意味で疑い、未来のあるべき姿を考えることが求められます。そんなアフターコロナの時代を生きていくうえで重要なのが、「Art、Science、Engineering、Design」の4領域の融合です。
具体的にそれぞれの要素は、「①アート:既存の価値観を一旦壊したり、未来を自由に表現する」「②サイエンス:自然界を掘り下げ、自然界の多様性やバランスについて仮説を立てながら探求する」「③エンジニアリング:試作品を作り改善を繰り返し、最適な解を見つける」「④デザイン:自らの知識を具体化し、社会に実装する」などと表せます。
この4要素を自身の関心事を中心に、自由に取り組んでいくことができる横断型のカリキュラムが、「白峰ボーディングスクール」となります。
まとめると、アートで理想を体現し、サイエンスで課題を深堀り、エンジニアリングで最適解を見い出し、デザインで社会に実装する、ということになるだろう。
実は、「アート」「サイエンス」「エンジニアリング」「デザイン」は、米国マサチューセッツ工科大学 (MIT) が運営するMITメディアラボで、創造性を発揮するために重要な4要素 ”Krebs Cycle” として言及されているものだ。白峰ボーディングスクールではそれを参照して、この4領域を横断するカリキュラムを構築しようとしている。
もう一つ、この白峰ボーディングスクールが特徴とするのが、講師・運営陣に地域住民だけでなく、地元・金沢工業大学で先端的な研究に取り組む教員やスタッフ、旅をしながらその土地からインスピレーションを得て創造的な活動をすることに長けた「旅人」が加わっている点がある。
金沢工業大学は、「AI基礎」を2020年度入学生から全学部必修にして、問題発見・解決の手段としてAIを活用して「SDGs」「Society5.0」に挑戦できる技術者を本格的に育成する姿勢を示している。また2018年には、SDGs推進副本部長(内閣官房長官)賞を授与され、「大学ランキング」(朝日新聞出版)では、学長からの評価「教育面で注目」で4年連続全国1位となるなど、先進的な教育を提供していることで定評のある大学だ。その金沢工業大学のスタッフや教員が関わることで、創造性を育む教育の場としてのベースを担保する。実際に、近日開催のプログラム「AUTUMN CAMP2020」では、別稿「DNAと微生物が里山の新たな価値を創出する」で紹介した相良純一准教授、「現場にあるモノ・ヒトの長所を生かす「関連学」の発想が、地域創生のカギとなる」で紹介した宮下智裕准教授らも関わる予定だ。
一方で「旅人講師」は、フリーランスを中心に、多様なスキルを持った約20,000名の「旅人」をネットワークする「すごい旅人求人サイト SAGOJO」に登録している会員から、特に旅先の地域とコラボレーションしながら教育プログラムを組み立てることに長けた方々が選抜されている。
大学教員と旅人がタッグを組むことで、学術的な知見と、野生の学びを融合し、実践的な教育プログラムを構築することを狙いとしている。
それでは、「旅人」講師が考える教育プログラムとは、具体的にはどのようなものになるのだろうか。その一端を紹介するために、2020年3月に視察とカリキュラム考案のため、旅人講師の候補者の一人として白峰に滞在した田中寛人氏の報告レポートを以下で抜粋しよう。
田中氏は普段は、コンビニもガソリンスタンドも信号も無い、和歌山県山中の限界集落で暮らしながら、田舎の多様性と可能性を次世代に伝え残すために「いなか伝承社」という団体を主宰し、地域おこし事業に関わっている。
「旅人センセイ」として私ができることは次のような内容です。
これまで私は「地域資源」と呼ばれる特定の地域に存在する特徴的なモノ(有形・無形問わず)を、一人ひとりの住民の暮らしの現場や文献、民俗資料等の調査をもとに探し出す専門家として活動してきました。
これは「地域資源を掘り起こして可視化」して「地域の多様性と可能性を発信」していく試みで、さらには体験プログラム化、映像化、商品化のような具体的なかたちにしていく活動を通じて地域おこしをしてきました。
となり合う「いなか」同士の中にも、それぞれにどのような違い(特徴・個性)があるのかを発見できる調査スキルを独学で身につけており、特徴を差別化しつつ、異なるたくさんの小さな魅力を有機的につなげて大きな魅力へと変えることができます。
こうしたスキルから、参加する受講者たちに対してできるプログラムとしては、以下のようなものを考えています。
①地元住民をセンセイとした、そこにしか無い実践型プログラム
例えば、田舎に残る手仕事のモノづくりや、山村で暮らすための知恵、厳冬期を乗り越えるための知恵、身近にあるものを使って作り出す遊び、「結い」と呼ばれる相互扶助の精神などの見える化など。②田舎での自然と人間の関わり方(畏怖、恵み、敬意)を感じるプログラムの提供
③スーパーには並ばない白峰地域の身近な自然物(植物、小動物、魚、昆虫など)を調理して食べる体験プログラム
昔は食糧や薬として食べられていたモノを再現し、「食べる」「食べない」「食べられる」の判断や価値観を考えてもらう。④「デザイン力」を学ぶプログラム提供
ここでデザインとは、問題を解決するために組み立てたり、表現したりすることです。事前調査したところ、当地には古い道具・民具がたくさん残っていました。これらの道具は厳しい生活環境の中で工夫され、装飾美ではなく機能性を追求した美しさがあり、長い年月をかけて伝承されてきたものです。その使い手目線での実用的な工夫を知ることができれば、「デザイン力」=「問題を見極める感性と洞察力」が養えるのではないか?と考えます。
こうして当時の人たちが当時の地域課題を解決するために、どんな工夫をして機能的な道具を作ってきたかを学べるプログラムを設計できればと思います。これは子供たちだけでなく、ただの古臭い道具だと思っている大人にとっても学びにつながると思います。地元にある植物素材を使い、「目的の道具を作るための道具」も作り、作品を生み、それをまた工夫して変化させていく。道具が持つ歴史文化的・環境的背景の理解→観察→想像→分解→編集→可視化のプロセスを学ぶ現場として、この白峰地域は大変良いものが眠ったままになっていると感じました。
田中氏は、白峰ボーディングスクールがシルバーウィークにパイロット版として開催する「AUTUMN CAMP 2020」で、実際に旅人講師を務める予定だ。上記のレポート提出時点では、あくまでも田中氏個人として提供できる教育プログラムとなっているが、その後、地域住民や金沢工業大学の教員、他の旅人講師とのコラボレーションの具体的な検討が進んだため、実際に提供するプログラムは大きく変わる予定だ。しかし、土地からインスピレーションを得て創造的な活動をする「旅人」が関わることで独自の教育プログラムが生まれることは、このレポートからも読み取ることができる。
「AUTUMN CAMP2020」では、上で紹介した田中氏のほか、演出家・劇作家の舘そらみ氏も旅人講師として加わる。舘氏は、プログラム内でオープニングとアートの領域を担当する。演劇の手法を用いながら、受講者が日常的に触れ合っている価値観から自由になって新しいものを創造できる状態になるためのオリエンテーションと、理想の未来を自由に表現するためのワークショップを実施する予定だ。
もちろん、地域ならではの教育プログラムを作成するには、地域の方々の思いも汲み取る必要がある。白峰ボーディングスクールの代表であり、白峰地域で長年、観光ガイドやまちづくりに関わる山口隆氏は、地域の現状やそれに対する想いをこう語る。
「基幹産業である観光業が衰退して、そのほかの地域内の仕事もどんどんなくなってきています。人口は10年間で3割も減り、空き家と空き地が増え、目に見えて過疎化が進んできています。その一方で、白峰地域には素晴らしい環境とみんなで助け合い支え合うコミュニティがまだ残っています」
「将来的に小学校が無くなる可能性に対して、強い危機感を持っています。小学校が無くなると、地元を出た若者が戻ってきたり、移してくる人がいなくなってしまう。観光客のような一時滞在者には、なかなか地域の魅力は伝わらない。これからは関係人口や交流人口を増やして、地域へ来る新しい人を求めていかなければなりません。それがこのボーディングスクールで実現し、長期的には移住促進にもつながれば良いと思います」
白峰ボーディングスクールによって、地域に受講者、旅人講師という形で足を運ぶ人を呼び込む。また白峰という村全体が新しい学びの場となることによって、子育て層にとって教育の面でも、子育支援の意味でも、魅力的な町にする。山口氏の発言の裏にあるのは、こういった狙いだ。
「白峰地域はみんなで一つの大きな家族」「コロナ禍によって、都市中心・経済中心の価値観が変わりつつある。だからこそ今、動き出す必要がある」と山口氏。かつての日本の姿であった、自分の子供も他人の子供も関係なく見守り、手助けし、時には叱り、育てる仕組みが、コロナの時代に形を変えて動き始めようとしている。
参考リンク:
「生きる」のイノベーション 霊峰・白山の麓の村でSDGsを実践で学ぶ - 白峰ボーディングスクール AUTUMN CAMP 2020
(取材協力:田中寛人 編集:杉田研人 企画・制作:SAGOJO)
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