画像はイメージです original image: vladimirfloyd / stock.adobe.com
TALPIOT以外のイスラエルのエリート養成プログラム(1) Psagot(プサゴット)
2020.11.09
Updated by Hitoshi Arai on November 9, 2020, 09:21 am JST
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2020.11.09
Updated by Hitoshi Arai on November 9, 2020, 09:21 am JST
イスラエルでは、IDF(Israel Defense Force)が提供するエリート技術者養成プログラム「TALPIOT」が大きな成果を上げており、本サイトでも過去に、『イスラエル・イノベーションの源泉「タルピオット・プログラム」の何が凄いのか?』という記事でその概要を紹介した。
さらに筆者は、この人材育成プログラムは日本にも参考になるものと考え、歴史的・文化的背景も含めて、TALPIOTに関わる詳細を『世界のエリートはなぜ「イスラエル」に注目するのか』という本にまとめたので、興味のある方は参照していただきたい。
TALPIOTは1979年に創設されたが、その後、技術の急激な進歩とともに、IDFはコンピュータ・サイエンスだけではなく、電子工学などの他の先端技術の必要性・重要性も認識するようになった。そのために、既存の教育システムに頼るだけではなく、それらの技術分野で必要とされる人材をIDFが自ら育成する、エリート養成プログラムが次々に開発・導入されてきた。
つまり、イスラエルのエリート養成プログラムは、TALPIOTだけではないのだ。「Psagot(プサゴット)」、「Alonim(アロニム)」、「Havatzalot(ハヴァツァロット)」、「Brakim(ブラキム)」という4プログラムが存在する。今回は、その一つである「Psagot」の概要を紹介する。Psagotとは「山の頂上」を意味し、ヘブライ語では「何かを成し遂げること」というような意味で使われるようだ。
Psagotは、軍の研究開発システムの中でエレクトロニクス分野の能力があり、将校(officer)として活躍できる人材を育てるエリート養成プログラムであり、1998年に設置された。IDFのプログラムの中で最も権威のあるものと位置づけられている。従って、研修生に求める要求条件も高い。
TALPIOTでは、候補者10,000人から50名を選抜する大変厳しいプロセスがあるが、Psagotも同様で、160名から200名の優れた素材が選抜されるようだ。年間を通じてプログラムの公開説明会が開催されており、プログラムの卒業生によるプログラム内容の説明や、受験者の質問に対するQAセッションが開かれる。
その選抜の過程は、以下のようないくつかの段階から構成されている。
登録)
受験者は予備プログラム(reserve program)に登録し、学びたいプログラムのコースの中から一つを選択する。さらに、サイコメトリック(心理測定テスト)のスコアをプログラムディレクターに提出する。
ステージA選考委員会)
予備プログラムへの登録を締め切った後に開催され、委員会では、閾値要件(675点以上のサイコメトリックスコアとミリタリーデータ)を満たしていないすべての候補者をスクリーニングする。ミリタリーデータとは、兵役に向けてすべての18歳が受ける軍のテスト結果である。
性格テスト)
民間機関で行われる集団力学(group dynamics)や心理学者との会話を含む性格テスト。
個人面接)
プログラムの責任者との個人面接。
ステージB選考委員会)
性格テストと面接の結果に基づいて候補者を選別し、候補者が難易度の高い訓練や挑戦的なポジションに適性があるかどうかを審査する。
教育機関からの評価結果)
研修の中心はアカデミック・プログラムであるため、その後、学ぶことになる教育機関(イスラエル工科大学、テルアビブ大学、ベングリオン大学)への合格も必要となる。
最終選考委員会)
教育機関から結果を受け取った後に開催され、選考過程で収集された候補者のデータを調べ、合格者と不合格者を決定する。
TALPIOTの場合もそうだったが、日本の大学入学試験のような知識・問題解決能力を評価するのではなく、心理測定や性格評価、面接を通して、将校となる人材の適性を大変な手間をかけて評価していることがわかる。
TALPIOTでは、ヘブライ大学で3年間、物理、数学、コンピュータ・サイエンスを学ぶのに対し、Psagotではイスラエル工科大学(通称テクニオン)またはテルアビブ大学で電気工学と物理学を4年間学び学士号を取得するプログラム、あるいは、テクニオンかベングリオン大学でソフトウエア・エンジニアリングを4年間学び学士号を取得するコース(これには、修士論文以外のコンピュータ・サイエンス修士過程の内容も含まれる)の2コースがある。
4年間のトレーニングを継続するためには、一定以上の成績を常に維持しなくてはならない。ソフトウエア・エンジニアリング側は、同じ4年間で学士号だけではなく修士過程の内容が含まれているというから、6年分の研修を4年でこなすことになる。
アカデミック・コースの学期と学期の間(夏)に軍のトレーニングを受ける。その概要は以下のようなものである。
Heritage and Values series
最初の1年が終わった後に実施される10日間の体験型の訓練。
Apprenticeships
IDFの兵士として兵役を受けるための準備のような内容。終了後に独自のセレモニーがある。
IDF series and its challenges
研修生を実際のオペレーション部隊に紹介するために組まれたプログラム。陸海空軍の各部隊の現場を訪問する。
Soldiers Series
電気工学と物理学を選考した研修生のみのコースで、将来彼らが働くであろう部門を訪問し、様々な仕事やそのポジションに付いて学ぶ。また、防衛産業の企業も訪問し、その仕事を学ぶ。
The TAM series (advanced software training)
ソフトウエア・エンジニアリングの研修生のみを対象とする。研修生は、彼らがサービスを提供する様々なユニットに関連する専門的な内容を学び、いくつかのユニットのツアーに行き、様々な演習を体験する。
すべてのシリーズに卒業生が参加し、面倒を見るという。今後将校として活躍するためには、軍の現場の理解は必須となるため、重視されているプログラムだ。
4年間のトレーニングが終わると、正規の兵役に従事する。正規の兵役期間は32カ月である。その後、彼らは追加で36カ月従軍する義務がある。これは、IDFが彼らの4年間の教育に投資したことに対するリターンと位置付けられている。無論、タダ働きを強いられるわけではなく、通常の兵士よりも高給を得る。従って、実際の兵役は合計で32+36=68カ月になる。
この期間中、修士号を取得することが許されているという。ベングリオン大学の過程では、修士論文に着手していないので、それを作成するということになる。実際、多くの卒業生が、兵役期間中に修士号を取得する。
このようにして育成された優れた人材は、やはり産業界でも引く手数多であり、兵役後は多くの企業で好待遇で活躍する場合が多い。
限られたヘブライ語の資料を翻訳ツールの助けを借りながら調べたので、間違いがあればご容赦いただきたい。筆者は一技術者であり、安全保障政策を議論する立場にはないが、技術の進歩が急激な今日、世界ではAIやロボット等の先端技術は必然的に安全保障分野へも応用される。技術自体には「軍事/民生の垣根」はない。専守防衛の立場を堅持する日本においても、これらの先端技術に十分な理解のある優れた人材が安全保障の分野に必要であることは論を待たない。
また、TALPIOTの事例でも見たように、イスラエルでは、安全保障のために育成した優れた人材は、国家経済成長のドライバーとなる活躍をしている。優れた人材は、あらゆる課題解決の原資であり、「出口がなかなか見えない閉塞感」に包まれている日本がイスラエルの人材育成ノウハウを参考とすべき点はあるはずだ。
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登録はこちらNTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu