日本中の観光事業者が寄り添わなければいけない。訪日外国人観光客向けメディア「MATCHA」青木優 氏に聞く、コロナ禍の先を見据えたインバウンド戦略 − 日本を変える創生する未来「人」その19
2021.03.16
Updated by 創生する未来 on March 16, 2021, 12:24 pm JST
2021.03.16
Updated by 創生する未来 on March 16, 2021, 12:24 pm JST
国策としてインバウンド・ツーリズムの強化を掲げ、2019年には3188万人もの外国人が訪れていた日本。日本の基幹産業の一つと目されていたが、2020年は新型コロナウイルス感染拡大によって前年比99%減となり、インバウンド・ツーリズムは振り出しに戻ってしまった。観光に携わる多くの会社は冷え込み、倒産した会社も数知れない。
訪日外国人観光客向けWebメディアの「MATCHA」も大打撃を受けた。しかし手をこまねいているわけにもいかない。運営する株式会社MATCHA代表の青木優氏は、これを機に新規事業を立ち上げ、インバウンド市場の企業人のための情報交換の場を作ったりと、「今だからこそできるインバウンド観光対策」を行っているという。観光業者はいかにコロナ禍に立ち向かっていけば良いのか、そしてアフターコロナの展望について青木氏に聞いた。
「学生時代に世界一周した時に『日本を世界に発信する何かをやりたい』と思いました。でも日本各地を巡ってみると、地域ごとの魅力に衝撃を受けた一方で、それが失われていっていることにも気付いた。文化の担い手の人手不足を理由に挙げていましたが、私は『知られていないこと』が原因なんじゃないかと思った。自分のやりたいこと、できること、そしてこれから世の中で伸びていくことを掛け合わせたことをやりたいと思い、訪日外国人観光客向けWebメディアのMATCHAを作りました」
会社設立は2013年。当初は自分のブログで稼いだお金と貯蓄を切り崩しながらメンバーに給料を支払い、2014年にメディアをオープンさせた。
MATCHAは訪日外国人向けのメディアだが、記事では観光地の紹介や旅のハウツーだけでなく、食や工芸品、建築物など「日本の文化」を総合的に扱うようにした。こだわった点は徹底した「外国人目線」。日本を訪れる外国人が抱く疑問や不思議に感じることに答え、より楽しく・より便利に旅ができるような記事作りを目指した。
設立当初は外国人メンバーがいなかったため、「自分たちが外国に行ったらどんなことに困るか」という視点で記事を作成していたという。努力の甲斐あって、2019年までには対応言語が10言語、月間663万PV、330万UUに到達するほど成長を遂げた。
「現在、社内のメンバーの3割が外国人で、彼らの目線や意見を重要視しています。コロナの拡大前は毎週浅草のオフィスに訪日外国人を招いて、『なぜ日本を旅先に選んだのか』『日本に来てどこに行くのか』などをインタビューしていました。あとは、各地への訪問者数を把握して、地域によってどの言語の情報を増やしたら良いのかをデータから読み取っていましたね」
統計データからだけでなく、実際の旅行者の声も拾いながら掲載するコンテンツの内容を決めていたという。
売り上げのほとんどは広告収入だが、メディアが成長するにつれ企業や自治体のタイアップ記事の作成依頼も増えていった。しかし、インバウンドに向けて地域の魅力を外国人に打ち出していきたい自治体や企業は多いものの、ターゲットや目的が定まっていないところが多かった。
そのためMATCHAでは、「(クライアントに)言われた通りの記事を作るのではなく、どのように伝えていくかというところから一緒に考えている」という。訪問する外国人側の目線やニーズを知っているからこそできることだろう。
こうしてMATCHAが行ってきた地方資源の海外展開や先駆的なインバウンド振興が評価され、青木氏は2017年、内閣府のクールジャパン戦略における「クールジャパン地域プロデューサー」にも選出された。
MATCHAの業務内容は派生的に拡大し、現在ではMATCHAのドメインを使った特集ページや特別サイト内で広告を配信したり、動画制作などもしている。例えば、提携するハーゲンダッツジャパンは、日本限定のフレーバー商品の広告をMATCHAの特集ページで展開している。同社にすれば、海外からのPVやUU数も多く、訪日外国人という購買層に確実にリーチできるとの判断だろう。
さらに、地域密着形の観光産業支援も始めた。
「地域の観光産業支援を目的に、滞在型発信という、MATCHAの外国人目線を持った編集者が年単位でその地域に移り住み、情報発信の支援をする業務を行っています。現に2019年より、弊社の編集者が香川県の三豊市役所に出向しています」
特に地方の観光業界は人材確保が難しい。そこで、インバウンド対策のノウハウを持つMATCHAのメンバーが出向し、(1)訪日課題に対するアドバイスやコンサルティング、(2)海外情報発信の支援、(3)訪日客や現地の外国人住民に対するヒアリング、などを行っているという。
三豊市では、三豊市観光交流局のWebサイト上でテイクアウト・デリバリー・サービスのまとめページを作成したり、MATCHAのWebサイト上で三豊市の観光情報記事の配信をしている。さらに、持続可能な地域づくりのため、国内観光客の誘客や地域事業者の連携強化などを行っている。
こうして順調に成長してきたMATCHAだが、新型コロナウイルス感染症拡大を引き金としたインバウンド市場全体への打撃の影響は避けられなかった。
「PVやUUが従来の3割まで落ち込んでしまいました。また、予定していた企業や自治体との案件がなくなったり、延期になったりもしました」
ではコロナ禍の中、青木氏はどのように会社を運営してきたのだろうか。
業務を多様化したとはいえ、PVやUUの減少は収益減に直結する。会社運営上、この回復が最優先課題となった。そこで会社の社員が主体となって、在日外国人向けの記事にも力を入れることにした。
「日本には2019年の時点で約300万人の在日外国人がおり、世界では約1000万人の人が日本語を勉強しているといいます。その人たちが興味を持つ記事を増やし、メディアの回復を図りました」
具体的には「Living in Japan」という特別ページを設け、日本でのトラブル対策や引っ越しの方法、ふるさと納税のやり方など、外国人にとって分かりづらいであろう情報を多言語で発信。フリガナを振り、できる限り簡単な表現を使った「やさしい日本語」での配信を強化した。結果として、2021年1月の時点でPVは、コロナ禍前の約6.5割にまで戻ったという。
「訪日外国人」からターゲット層を広げただけでなく、新規事業も始めた。
MATCHAのCMOである齋藤慎之介氏の発案で、クラウドファンディング・プラットフォーム「Japan Tomorrow」を開設したのだ。サービス開始は2020年10月。4カ国語に対応し、返礼品の海外発送サービスやコンテンツづくりのサポートを行う。サポーター側は自国通貨で支援が可能なので、海外からも気軽に応援できるという。
他社のサイトにも地域支援のクラウドファンディングはたくさんあるが、ターゲットが海外からの支援者にも向いているのは、MATCHAが手掛けるサービスならではだろう。
「MATCHのビジョンである、日本の価値ある文化を残すというところにつながると思います。クラウドファンディング掲載の手数料でマネタイズしています」
サービス開始後の最初のクラウドファンディングは、世界遺産「熊野古道」の巡礼風景を守るためのプロジェクト。結果、目標金額の154%である308万円を集めることができた。
「Japan Tomorrowの支援者の割合は、日本から6割、海外から4割です。支援者は、お金を払って観光場所や施設をサポートすることで、その土地とより深い繋がりを感じることができる。将来は、その土地と観光客一人ひとりがどう繋がっていくかがポイントとなると考えています。その新たなツーリズムに向けた、新たな一歩となる事業です」
「MATCHAの強みに可能性を感じて、企業から直接相談を受けることもありますし、これまでに生まれたネットワークを組み合わせながら、施策を提案することもあります」と青木氏は言う。
他企業と連携しながら、今の苦境を共に乗り越える施策を打ち出すことにも積極的だ。自社サービスの展開ばかりに目を向けないこの考え方は、どこから来るのだろう。
コロナ禍を契機に、始めた重要なプロジェクトがある。
青木氏は学生の頃からブログを続けていた。内容はインバウンドに関することばかりではないが、このブログを通じて求人への応募があったり、ビジネスにつながることもあった。こうしてブログを通じて培ってきた人脈やビジネス上のつながりなどをベースに、インバウンド観光に関する意見交換ができるFacebook上のグループ「今だからこそできるインバウンド観光対策」を立ち上げたのだ。
「インバウンド市場に関する情報には『情報を持つ者と持たざる者の非対称性』があることに気づき、人ベースで共有できたら良いなと思い、2020年の5月にFacebookでグループを作りました。今では2300人以上が参加してくれています」
日本のインバウンド市場を成長させるには、他国に比べて価値を提供できる市場にならなければならない。そのために、各々が持っている情報を共有し、グループの参加者の成長を図る。参加者それぞれが成長すれば、旅行者の満足度につながり、地域経済が活性化される。情報を持つ者と持たざる者の非対称性を解消し、みんなで成長する。それがこのグループの目的だ。
「グループではメンバー同士の意見交換を行ったり、インバウンド業界のキーマンを招いた定期的なトークセッションもしています。トークセッションでは星野リゾートの星野佳路氏や日本デザインセンターの原研哉氏など、名だたる企業の経営者が登壇してくれました。また、グループのメンバーでオンラインでの意見交換を100時間以上行い、100人以上の観光事業者が専門性ある意見や知見をシェアしてきました。そこで、この価値ある情報を世の中に共有しようと思い、ガイドラインを作成しました」
今だからこそできる観光対策をテーマとした「インバウンド観光 再出発のガイドライン」は、全10章立てで6万字を超えるボリュームだ。来たるインバウンド観光再開に向け、「地域や自治体で使える取扱説明書になるもの」として制作された。執筆作成には、外交官の駐ブラジル日本国大使である山田彰氏や訪日旅行のアドバイス投稿サイト「Deep Japan」のエグゼクティブ・ディレクター萩本良秀氏など、インバウンド市場で活躍する人々も関わった。
多くの人と情報を集めた労作だが、実はこの活動では一切お金が動いていない。内容もボリュームも政府や観光庁が作成してもおかしくないクオリティだが、行政からの資金援助があるわけでもなくあくまで民間主導の試みだ。
「このFacebookグループやガイドラインの作成からの利益は一切ありません。ガイドラインも無料で公開しています。またガイドラインを作ってくれたりトークセッションを引き受けてくれた人々にも、お金はお支払いしていません。ビジョンに共感してくれた方が携わってくれています」
自社も苦境にある中、なぜ、そこまで尽力するのか。
「コロナ禍が明けたとしても、地域で海外の人を受け入れるには、まだ啓蒙活動が必要です。むやみに外国人を招き入れれば良いわけじゃない。まず、訪日外国人を受け入れる価値が自身の地域にあるかどうかを考えるところから始めないといけない。このガイドラインやグループがそれを考えるきっかけになれば良いなと思いながら活動しています」
地域が抱える諸問題を解決する方策の一つがインバウンド対応であることは承知のことだろう。しかし、来日する海外の旅行者からすれば、日本は旅先のうちの一つの国でしかない。世界の中から日本を選んでもらうためには、各企業・地域の個別の頑張りだけでは足りない。
日本中の観光事業者たちが寄り添う必要がある。いわば世界戦なのだ。
これは、withコロナ、アフターコロナの日本の観光事業を復興させるために必須の下準備でもある。さらに言えば、これを行政に任せてしまうとどうしても時間がかかる。フットワーク軽く、民間が主導するからこそ情報の共有も素早くできるわけだ。そこに人ベースのネットワークが生まれれば、新たなビジネスも生まれる可能性が広がる。
こうした業者間の「横のつながり」を促す取り組みは、あまり聞かない。地方が抱える問題はコロナの有無に限らず共通するものがあるのだから、他業種であっても同様に「情報の共有」を試みる必要があるのではないだろうか。
「会社を続けて8年間。50ほどのインバウンドメディアが市場に誕生し、今残っているのは片手で数えられる程度です。その中で私たちが評価され生き残れているのは、諦めずに続けたから。今の時点がゼロだとしたら可能性は無限にある。その可能性を伸ばすためには、目先の利益だけを求めるのではなく、将来どのような世界になっていくかを見据えた視点を持って、今を行動することが重要です。今だからこそできることをやり、それらを諦めずに続けることが大事」
青木氏はこれまでと将来の展望を語る中で、何度も「諦めずに続けること」「今できることをやること」を強調した。それは単なる、MATCHAの事業成功の秘訣や苦境を乗り越えるための行動指針というだけでなく、観光事業者全員を鼓舞するメッセージでもあるだろう。
もちろんそこには、インバウンド事業を牽引してきた一人としての自負もある。
「儒教では、観光を国の光を見ることだと教えています。美しい景色などのはじめから光っているものだけではなく、人の力で形にし、自分たちでそこにスポットライトを当てることが大事だと思います。日本には良いものがたくさんあり、世界の人がそれを求めていることも数字に表れている。それをつなげられていないのは自分の責任だと思っていますし、自分ならそれができると思っています」
この苦しい状況はもう少し長く続くかもしれない。だが、改めて「光」になりうるものを発見し、それを輝かせるために周りと協力していくならば、今からできることはいくらでもある、と青木氏は期待を込めて話す。明日の日本の観光事業全体を見渡す青木氏を、創生する未来「人」認定19号とする。
(取材・文:Fujico 編集:杉田研人 企画・制作:SAGOJO 監修:伊嶋謙二)
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