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AIサプライヤーはアルゴリズムや論文ではなく顧客に対して生み出す付加価値で勝負しなければならない

2021.03.17

Updated by Ryo Shimizu on March 17, 2021, 09:11 am JST

筆者が経営するギリア株式会社は、人工知能の社会実装を主な業務としている。

ギリアが開発する人工知能は、さまざまな業界に適用されているが、どの業界でも全く同じものを提供するということは殆どない。

我々にとって、特有のアルゴリズムや基盤技術に依存しないということが一番大事であって、時折、外部の投資家から「独自のアルゴリズムやフレームワークはありますか?」と聞かれることがあるのだが、その時は「特定のフレームワークや独自のアルゴリズムに拘泥することは、会社のアジリティを損ない、競争力を失うので当社は必要と思われる全てのアルゴリズム、フレームワークを柔軟に組み合わせることができるようにしている」と回答している。

こういう答えかたをすると、「なんだ、じゃあアルゴリズムの優位性などの指標で会社の技術力を測れないではないか」とガッカリされるのだが、毎日のように新規論文が出ているこの業界において、ある時点でのアルゴリズムの、しかも特定のタスクの優劣を競うことには全く意味がない。

筆者も日々新規論文や実装をチェックしているが、到底「これがベストです」などとは言えないし、全世界の研究者が日々独自のアルゴリズムを開発している現状で、「当社のアルゴリズムが一番です」などと主張するほど筆者は自信家ではない。何しろSOTA(State of The Art、ある分野で最も優れた成績を収める理論のこと)が毎月変わるような世界なのだ。今日、もしもそれが一番だったとしても、来月には同じ状態を保てない。しかも人工知能に関連する基本的な部分は特許が失効しているか解放されており、アルゴリズムそのものの優劣で競うことには意味がない。誤解を恐れずに言えば、「ある時点で最良のアルゴリズムに適応できるアジリティ」こそが競争力の源泉である。

また、もっと重要なのは、SOTAはあくまでも既成の問題においての成績を表したものに過ぎないということだ。既成の問題とは、インターネットで公開されており、誰もがアクセス可能なものである。

しかし、AIを実用的に使おうとしたら、そうした既成の問題に対してどれだけアルゴリズムが最適化されているかということは全く意味がない。
顧客が抱える課題において、汎用的なAIは殆ど役に立たず、顧客が最終的にどのような製品や新規事業を作ろうとしているか、そのためにはどんなAIが必要で、そのAIを作るためにはどんなデータを「作る」必要があるのかをまず考える必要がある。

当社の場合は、まず顧客と一緒に新規事業を考えるところから始める。それ以外の仕事は基本的にはお断りしている。特にコストダウンに関係する仕事はやっていない。

なぜならば、AIによってコストダウンをすることは、HTMLを書くくらい、誰にでもできることになっていく。今時点でも、コストダウンを目的としたAIの活用を考えるなら、高価な専門企業に頼むよりやる気のある学生アルバイトにやらせた方がいい。コストダウンは、最終的に価格競争に繋がり、限界利益は限りなくゼロに近づいていく。こういうものは、当社のターゲットにはならない。

当社が目指すのはAIによってこれまでにない全く新しい価値を生み出すことだ。コンピュータ産業の歴史は常にそれを繰り返してきた。
つまり、最初はハードウェアそのものに高い価値があり、特許を主張できる20年間はハードが強い。希少性が高く量産がされてないからだ。これが量産化されると一気にコストダウンが進む。

現在、AIがGPUを使うのはゲーム産業において3D技術が発達した副産物である。ゲームやユーザーインターフェースを向上させるためにGPUが必要になり、GPUが大量生産されたことによってコンピュータ全体の計算能力が飛躍的に向上し、この状況を利用してAIを構成するニューラルネットの高速化に成功しているに過ぎない。

このようにして量産化されたハードウェアが普及した時代になると・・・つまり今の状況だが・・・次に必要なのはソフトウェアによる価値創造である。
ソフトウェアによる価値創造という言葉だけでは単純に想像するのが難しいかもしれないが、たとえばコンピュータが量産化されたことで、飛躍的に進歩したのはスーパーマーケットやコンビニエンスストアである。

スーパーやコンビニはPOSレジの導入によって、それまで数日から数ヶ月のタイムラグがあった売上情報の把握を分刻みのリアルタイムで集計することに成功した。
POSとは、Point of Sale、つまり「販売した時点」でコンピュータに販売情報を送信し、何歳くらいのどんな性別の客が何をどのくらい買ったのかを把握することができるようになったのだ。

こうすることによってコンビニやスーパーの商圏を的確に本部が把握し、在庫管理や商品開発に応用することで、既存のPOSレジを使わない個人店を駆逐して行った。
コンビニはPOSレジの活用によって劇的な効率化を成し遂げた。

POSそのものはエンドユーザの目からは殆ど見えないが、POSを導入したことによって店舗は大きな付加価値を生み出すことに成功した。つまり、POSレジによって地域の顧客動向を分析したことで、きめ細かいサービスの提供ができるようになるのである。同じように、AIそのものは今のところエンドユーザからは見えないが、確実に顧客体験の質的変化を生み出していく。

これからの時代に事業の中心にAIを据えないというのは、POSレジを使わない個人店をやり続けるのと同じことで、いずれAIを用いるビジネスに駆逐されていく。

ところが顧客はAIについて詳しくないのが普通である。

政府は必死になって「非専門家向けのAIリテラシー教育」を旗振りしているが、ごく普通の文系の大学生が授業の必修科目としてAIを履修して卒業して社会に出ていくまでにまだ10年近いタイムラグを見ておかなければならない。

つまり、現在のAIサプライヤーが行うべきは、「顧客に対するAIの啓蒙」であり、啓蒙すると同時に「顧客の持つ資産を効果的にAI化することで顧客の新規事業を創造する」という提案である。ここが、SIerと呼ばれる業態と根本的に異なる。

SIerと呼ばれる業態は、とりあえず顧客から要求されたシステムを作る、ということに集中している。これはこれで必要な仕事だが、これでは顧客の新規事業を創造するということはできない。

SIerがうまく活用されるためには、顧客企業側にITに詳しいスタッフがいて、顧客が適切なRFP(提案依頼書)を書いてくれなければならない。
今はコンピュータリテラシーのある人材が社会に十分浸透しているため、これでうまくいくのだが、AIに関しては、そもそも顧客もサプライヤーも根本的なところがわかっていない可能性を排除できない。

たとえばこのようなことが考えられる。

1. 顧客はAIを活用して行いたい新規事業の具体的なイメージがあるが、それは非常に難しいもので、AIサプライヤーが実装できずPoCに失敗し、新規事業が立ち上がらない。
2. 顧客がAIを過小評価して新規事業のイメージを考えるが、AIサプライヤーも実装できるが、過小評価されたAIの活用に留まるのでディスラプトなイノベーションにならない。

PoC(Proof of Concept)とは、ある仮説を実際にできるかどうか試してみる、という段階で、AIサプライヤーは最初にPoC案件を受けることが多い。
ところが、驚くほどこのPoCに失敗している案件が多いと聞く。

当社のPoCはほぼ失敗したことがない。正確な数を調べたら、2017年の創業以来、当社がPoCに失敗したのはたった1度だけで、それ以降は一度も失敗していない。
こう答えると驚かれるのだが、PoCに失敗する理由は二つしか考えられない。

1. そもそも不可能なことをPoCしようとしている
2. PoCを請けたエンジニアが問題と解法を理解していない

当社が一件だけ失敗したPoCというのは、そもそもデータを人為的に作ることができない性質のものだった。これも、今振り返ればやりようはあったと思うのだが、当時の当社の体力ではデータを作ることができなかった。

AI開発において、データは神なので、データがなければどんなAIも作ることができない。

当社の場合、データそのものを作り出す(収集し、アノテーションする)ところから行っているので、最初から高品質なデータを内製できる体制が整っている。そもそも今時は、「こんなタスクを実現するには最低これだけのデータが必要です」ということが判っているので、データ量が不十分ならばPoCの段階で「データ開発に関わる費用」を見積もっておくべきなのだ。また、データ開発まで伴うと、流石に学生アルバイトだけではできない大仕事になる。

また、たまに「ビッグデータをこんなに集めてあるのだがこれで何かできないか」という相談を持ちかけられることがあるが、目的なしに集められた「ビッグデータ」は殆ど使い物にならない。

AIはピンポイントで「ここを解決したい」というときに役立つものであって、漫然と集めたデータを眺めて真空から何かが生み出されるようなものではない。

どちらにせよ、こうした「実用的な」AIを作るというのは、技術だけが判っていればいいというものでもなく、データがそのへんに落ちてればいいというものでもない。
計画的に「データを開発」し、開発されたデータを学習させ、顧客の新規サービスとして実装し運用する。

逆に言えば、この「運用する」フェーズから逆算してPoCの計画を立てることをせず、ただ漫然と「とりあえず試してみよう」という気持ちでPoCを発注するのは知的好奇心は満たされるが現実の付加価値を生み出すことは少ない。

こうした付加価値を考えるのに必要なのはAIに対する理解はもちろんだが、それ以上に現実のビジネス構造に対する理解が不可欠である。
この視点から振り返ると、必要以上にアルゴリズムの優劣を主張したり、論文の発表数(引用数ではなく)だけを主張したりすることはAIビジネスとしてナンセンスに思える。

AIに対して理解していることは前提としても、今の論文というのは発表のハードルが低いので、発表そのものにあまり意味はなく、よほど画期的な論文でなければ一顧だにされないし、よほど画期的な論文というのは、大資本がバックアップしている研究室であっても毎年コンスタントに出せるほど簡単なものではない。また、それが結果的に顧客の利益を向上させることに繋がるものでなければ意味はないし、もしも顧客の利益に直結する内容であれば、そもそも論文として発表できないはずである。

顧客のビジネスを基盤として、AIを活用してどのような新規事業が考えられるか、そのためにはどのようなデータが必要か、そのデータをどのようなAIに学習させるか、それをどのようにアプリケーションとしてデプロイするか、一気通貫で提供するトータルAIソリューションこそが現代のAI社会実装に必要なものであると筆者は信じている。

とはいえ、当社にも独自開発した技術基盤はいくつかある。
たとえば、社内の空いている計算資源を自動的に検索して学習を割り当てる独自のMLOpsだったり、ニューラルネットワークの設計そのものを自動化する仕組みだったりするのだが、それらに関してはまた項を改めて紹介させていただきたい。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。

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