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農業の間口広げ若者の就農機会を創出、地方農家の助けにもなる「アグリヘルパー」は農業の新たな形となるか? 泉佐野アグリカレッジ(前編)

2021.03.29

Updated by SAGOJO on March 29, 2021, 12:17 pm JST Sponsored by 株式会社泉州アグリ

まったくの初心者が独立して農業を始めようとしたら、まずは知識と技術を身に付ける必要がある。加えて、十分な資金を調達して農地を確保し、機械類や設備の用意もしなければならない。相当な熱意と覚悟が求められる。一人で就農するなら、なおさらだ。

そんな就農に対する固定概念を覆し、新しい農業のスタイルを提案・提供しているのが「泉佐野アグリカレッジ」だ。これは、株式会社泉州アグリ、NPO法人おおさか若者就労支援機構、有限責任事業組合大阪職業教育恊働機構(以下、A’ワーク創造館)の3団体で構成された共同企業体である。

事業のメインは、誰でも無料で参加できる農業体験プログラムの開催。さらに、働きたい若者と人手不足の農家をマッチングさせる就労支援も行う。活動拠点である大阪府泉佐野市のほか、青森県弘前市や石川県加賀市など、体験・就労の受け入れ先は全国各地にある。

ライトな農業体験からプロとしての就農まで、若者に対して農業の間口を広げる試みだ。もちろん、地方農家の働き手不足を解消することにもなる。このプログラムがきっかけで、都市と地方で多拠点居住をする若者も出始めている。農業体験が関係人口の創出につながっているのだ。創生する未来では、彼らの取り組みを2回にわたって紹介する。

生産から加工・販売まで「農」のすべてを無料体験。農業を通じて多拠点居住を決める参加者も

泉佐野市は、大阪府南部にあり関西国際空港のお膝元の町。交通アクセスの利便性は高い。泉佐野市を含む大阪府南西部の13市町は泉州地域と呼ばれ、海と山に囲まれたエリアである。温暖な気候に恵まれ、昔から農業が盛んだ。水なすやキャベツ、たまねぎなどの美味しい泉州野菜は、「天下の台所・大阪」の食を支えている。

つまり泉佐野アグリカレッジは、いわゆる「都市農業」に適した場所で活動しているといえる。しかし、事業の成り立ちを振り返ると、発足当初は「農業」というキーワードすら挙がっていなかったという。それは、団体の前身であるNPO法人おおさか若者就労支援機構の事業が、働きたくても働けない若者のサポートだったからだ。ベースにあったのは、あくまで「就労支援」だったのだ。

▲泉佐野アグリカレッジの中心人物である加藤秀樹氏

「就労支援プログラムを企画する中で、ある時に農業関連イベントを試みました。生産・加工・販売などの広い職域から自分の興味を探せる農業は、実は就労支援との相性が良かったんです。若者の新規就農が増えれば、農家の高齢化や耕作放棄地の増加といった地域課題の解決にも近付きます。そんな発想から、農業分野での雇用創出を目指して法人内にアグリ事業部を設置しました」

そう話すのは、株式会社泉州アグリの代表取締役であり、NPO法人おおさか若者就労支援機構でアグリ事業部の統括を務める加藤秀樹氏。

加藤氏は、NPOでの事業が発展するにつれて「身近な社会課題をビジネスモデルで解決していきたい」という想いが強くなり、株式会社泉州アグリを設立した。長年にわたって就労支援をしてきたNPO法人おおさか若者就労支援機構、そこから派生した株式会社泉州アグリに加えて、職業訓練センターとして就労の受け皿を広げるA’ワーク創造館の連携も決まり、2015年に「泉佐野アグリカレッジ」が誕生したのである。

現在、農業体験プログラムの参加者は、未経験者から本気で農家を目指す人までさまざまだ。年齢は20~40代が中心。参加者は、まずは泉佐野市で野菜の生産に携わり、農業のいろはを学ぶところからスタートする。さらに、加工・販売や堆肥作りまで「6次産業化」の技術を身に付け、農業における全ての工程を体験する。

次のステップでは、弘前市でのりんご生産体験や加賀市での梨生産体験など、地方での農業暮らし体験に参加。こうして、自分に合った「農のある暮らし」を探すことができる。

プログラムの実施期間は体験受け入れ先によって異なるが、モチベーションの度合いによって短期から長期まで柔軟に対応している。体験後、そのまま泉佐野アグリカレッジのスタッフとして働くケースもよくあるそうだ。実際に、現在のスタッフ21人のうち10人は、体験をきっかけに株式会社泉州アグリに入社している。

「地方暮らしが気に入って移住を決めた体験参加者もいます。とはいえ、いきなり移住するのはハードルが高いと感じる人も多いでしょう。必ずしも一カ所で働く必要はなく、季節毎に居住地を変える2拠点、3拠点といった暮らし方も考えられます」と加藤氏。

例えば、体験を経てスタッフになった谷洋介氏は、泉佐野市と弘前市を往き来しながら2拠点での生活を送っている。弘前の地元農家と交流を深めるうち、津軽弁の方言もすんなり聞き取れるようになったという。それだけ地域に馴染んでいるということだろう。

農地を持たなくても農業はできる!「繁忙期の人手不足」と「短期的な労働力」をマッチング

これらのプログラムは、完全無料で参加できる。農業体験したい参加者にとってはありがたい試みだが、事業体としてどのように資金繰りしているのか。

実は、元々この事業は内閣府の地方創生推進交付金を活用した取り組みだった。しかし、交付金で費用を賄えたのは、事業立ち上げから5年後の2020年度まで。2021年度からは、自らの力で収益化していく必要がある。無料体験プロジェクトを進めるだけではなく、就労支援によっていかにお金を生み出すかという工夫をしなければならない。

そこで考えたのが、短期就農のマッチングだ。事業を続ける中で「農家で働きたい」という若者がどんどん増えてきた。一方の農家は、繁忙期には人手が足りなくなるが、常勤スタッフを年間雇用するリスクを背負えないというジレンマを抱えている。この、若者の労働力と農家側の短期的なニーズを、上手くつなげられないかと考えたのである。ヒントとなる前例として、JAグループ大分が日払い雇用によって働き手を集めて農家の売上アップに貢献していることも知った。

こうして、「アグリヘルパー」と名付けた独自の農家ヘルパー制度を始めた。泉佐野アグリカレッジが農家から短期の仕事を請け負い、仕事内容や時期などの条件に合った働き手を派遣する。農家は年間雇用のリスクを避けられ、若者は自立に向けた経験も得てステップアップできる。短期雇用のため、農家から支払われる報酬単価を上げてもらいやすいというメリットもある。農家仲介派遣業、ともいえようか。

▲スタッフの一人、藤田祐介氏。「農業にビジネスチャンスを感じ、異業種から転職した」と話す

アグリヘルパー制度を始めると、知識やスキルを蓄積したスタッフも増えてきた。そこで、次の展開として取り入れたのがユニット制度(詳しくは本稿後編で報告する)である。3人前後のユニットで、全国各地の農家を回りながら仕事をするというものだ。

各農家の繁忙期に合わせ、4〜5月は北海道でビート(砂糖の原料となる甜菜)の植え付け、6〜7月は青森県でりんごの摘花・摘果を行うなど、ユニットチームで日本の北から南まで渡り歩く。参加者側のメリットとしては、大規模農業や小規模農業、都市農業や地方農業など、その土地ならではの農業を体験できることが挙げられる。

いきなり一人で農家を訪れて働かせてもらうより、ユニットであれば参加者側も心理的負担が少ない。個々の得手不得手に合わせて作業を分担することもでき、現場での作業の効率化も図れる。何より、収穫量を確保することに貢献することは、地方の特産品を守ることにつながる。

ユニットの中に経験者を組み入れることで、未経験者の無料プログラムを実施しながら、アグリヘルパーからの収益確保も可能になる。

「今日の体験者」は「来月の働き手」。体験を入り口に農業を仕事にしたいと考える人が増えれば、徐々に働き手も増えていく。

「独立して農業を始めようと思うと、経済的なリスクを背負わなくてはなりません。しかし、泉佐野アグリカレッジのスタッフとして働くのであれば、もっと気軽に農業に携わることができるんです。農業参加の間口を広げるのも私たちの役目だと思っています」

と加藤氏は語る。泉佐野アグリカレッジの取り組みは、日本の農業が抱えるいくつかの問題を同時に解決する可能性に溢れている。

エリアを絞り高級品種の販路を広げる。ブランド戦略が今後の鍵

働き手不足以外にも、地方農家はもう一つ大きな課題を抱えている。

それは、地域による売価の格差だ。農作物の市場価格が安ければ、生産者の報酬も労働時間の割りに安くなりがちだ。

そこで着目したのが、農作物のブランド化だ。現在取り組んでいるのは、青森県産りんごのブランディング。全国主要都市別でりんご(ふじ、つがる)の1kgあたりの平均単価を見ると、405円(川口市)〜644円(松江市)とばらつきがある(総務省:小売物価統計調査 2021年1月)。青森県で生産されているりんごの中でも等級の高い品種は、海外もしくは関東に出荷されることが多いという。

一方、関西ではまだまだ高級りんごの流通量が少ない。関西で新たにりんごのブランディングを行い、高級りんごの販路を拡大できれば、青森県のりんご農家の報酬アップにもつながるはずだ。農家が正当な利益を得られるようになれば、農業の将来的な持続可能性にも貢献できる。

「泉佐野アグリカレッジでは、複数種類のりんごをセットで販売しています。旬の品種の食べ比べを楽しめる、という付加価値を付けることで、お歳暮などのギフト需要にうまくマッチさせているのです」と加藤氏。

このようなブランド戦略を各地に横展開することにより、全国で農作物の単価アップ・生産者の報酬アップにつなげることが今後の目標だという。

農家と働き手の間に立ち、両者に寄り添う活動を続ける泉佐野アグリカレッジ。今日の日本の農業には課題が多い。しかし、課題があるところにはチャンスもある。取り組みに共感する企業・団体からは、連携事業の依頼も多く集まっているという。これから、さらなる「農の可能性」を私たちに見せてくれることだろう。

(取材・文:齊藤美幸 編集:杉田研人 企画・制作:SAGOJO)

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