original image: Elena Dijour / stock.adobe.com
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米国の社会学者レイ・オルデンバーグ(Ray Oldenburg)が、著書『The Great Good Place』でサードプレイス(3rd Place:職場でも自宅でもない、寛げる第3の場所)の重要性を指摘したのは1989年だ。彼の主張自体はジェイン・ジェイコブズ(Jane Jacobs)の『アメリカ大都市の死と生』(1961)を下地にしていて、都市化が進行していく中で、インフォーマルでお気軽な社交の場が失われ、家庭や職場以外でのコミュニケーションが喪失されていることを嘆くものだったと考えて良い。
オルデンバーグが期待していたのは、イギリスのパブ、フランスのカフェ、そして日本の喫茶店や居酒屋のような、地域社会において自然に発生する非公式なコミュニケーションだ。行政が陣頭指揮をとって実施するような都市計画には否定的である。
初期のインターネット・コミュニティも、新しいサードプレイスとして期待された側面がある。ハワード・ラインゴールド(Howard Rheingold)の言う「仮想共同体(virtual community) 」として1985年にスタートした「The WELL(Whole Earth 'Lectronic Link)」がその嚆矢だと思われる。しかしこれも、Facebookなどの商業目的の巨大なプラットフォーマーが牛耳る計画的な広告空間によって、駆逐されてしまったに等しい(サイト自体はまだ存在する)。
加えて無計画なネットコミュニティは、多くの場合、誹謗中傷の巣窟となってしまい「くつろげる場所」とは言い難い。過剰なまでの匿名性の担保が様々な社会問題につながっているのはご存知の通りである。
こういった経緯から、この「サードプレイス」という言葉は、年月を経るうちに(大手コーヒーチェーンのように)積極的に計画していくものに変容し、オルデンバーグが意図したものからは、かけ離れたものになった。
オルデンバーグのサードプレイス論は、ややノスタルジックなユートピアを志向し過ぎるきらいがあるのは確かだが、彼の指摘で着目したいのは「目的の曖昧さの重要性」だ。
私たちの生活空間は、今やかなり機能主義的なものとなってしまった。ある特定の目的を達成するための機能を兼ね備えた論理的な設備、施設、制度(あるいは法律)で固められているのだ。職場・工場・家庭に限らず、居酒屋や喫茶店でさえ、ある種の機能を実現するために先鋭化した、と考えられる。
こうなってくると「目的がはっきりしないことの豊かさ」が際立った価値としてクローズアップされてもおかしくはない。逆説的な表現になるが、「目的をはっきりさせない」という目的で居場所を作ることが求められている。
井口尊仁氏が開発した「Dabel」、あるいは米国発の「Clubhouse」あたりがユーザーを増やしているのは、コロナ禍におけるこのようなニーズに対応しているからだ。
学習意欲満々でClubhouseに臨んだユーザーの大半がドロップアウトしているらしいが、これはむしろClubhouseの望むところだろう。目的志向のユーザーは、Clubhouseにとっては単なるノイズだ(ただし、あの会話のスピード感にはサードプレイスとは言い難い妙な緊張感があるのも確かで、少なくとも筆者が欲しいと思っているサービスとは微妙に異なる)。
今、全ての施設やサービスに使い方自由の逃げ場(escape zone/run-off area)が求められている。大広間での宴会に疲れた2人が、縁側でサシでちびちび飲んでいる様子をイメージすれば良い。ウェブ会議の場合は、会議開始前と会議終了後の時間帯に意図的に雑談の時間を、それも10分や15分ではなく、1時間くらい設定しておくのが面白い。
最終的にはウェブ会議も、24時間、常時接続しておくのがデフォルトになるかもしれない。10人程度がオンラインになるとロックアップがかかる、くらいのサイズにしておけば、オルデンバーグがイメージしていた「パッとしないし、格調も高くないけれど、居心地の良い場所」が出来上がるだろう。そのような小さなクラスターの雑談空間が無数に存在している状態こそが、「Digital 3rd Place」と呼ぶに相応しい。
「会議においては雑談 “も” 大切だ」と各方面の識者が指摘し始めているようだが、馬鹿言っちゃいけない。会議における主役は雑談である。私たちは雑談を楽しむために生きているのだ。
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登録はこちら日経BP社の全ての初期ウェブメディアのプロデュース業務・統括業務を経て、2004年にスタイル株式会社を設立。WirelessWire News、Modern Times、localknowledgeなどのウェブメディアの発行人兼プロデューサ。理工系大学や国立研究開発法人など、研究開発にフォーカスした団体のウエブサイトの開発・運営も得意とする。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997-2003年)、情報処理推進機構(IPA)Ai社会実装推進委員、著書に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス、2018年) など。