FacebookがMeta社に社名変更するなど、メタヴァースの話題が持ちきりの今日この頃だが、メタヴァースに欠かせない技術が、VR(人工現実感)、AR(拡張現実感)といった現実感の合成技術である。最近ではこれを総称して「XR」と呼ぶのが一般化してきた。
たとえば、WebブラウザをVR対応する規格だったWebVRは、WebXR規格になり、VRとARの境界がどんどん曖昧になっていく。
筆者はこうしたXR化への流れを「XRシフト」と呼んでいる。
そんな中、東京都の五反田メッセで「XRmatsuri」なるイベントが開催され、百花繚乱のXRベンチャーたちが一堂に会していた。
筆者も特別に取材許可をいただいたのでその様子をレポートさせていただく。
五反田メッセは五反田駅からタクシーで5分くらいの距離にある小規模な展示会場だ。
会場に着くと、入場制限もあるためか、異常なしずけさで驚いた。
ネタがXRという、外から見てもよくわからないものだけに、会場での熱気というのが意外と伝わってこない。
しかし確実に行列ができるブースには長蛇の列ができており、秘めたる情熱のようなものはひしひしと伝わってくる。
入場してすぐ目に飛び込んできたのは、集英社のブースだった。
人気コンテンツ「ワンピース」のキャラクターを題材としたARコンテンツを大規模なブースで展示していて非常に興味深かったのだが、極めてシュールだ。
なぜかというと、画面にはスマートフォン経由でAR合成されたキャラクターが表示されて賑やかなのだが、実際のブースには何もいないからである。
ある意味で非常に贅沢な作りの展示だった。この、「画面の中に没入しないとわからない」ということが、ひと目でわかるブースとも言える。
VRの場合、広いブースにする意味はほぼなく、ある程度狭いところでもヘッドマウントディスプレイを被ればその場が巨大な展示会場に変身するので全体としてそれほど広いブースが必要ない印象だった。
集英社以外にも、NTTドコモやKDDI、ソニーミュージックなど、大手メーカーのブースも押し並べて小さい面積のものが主流だったが、それもこれもXRの持つこうした性質よるものが大きいと感じた。
中でも注目を集めていた展示の一つが、XRベンチャーであるハシラスの展示だ。
これは来場者全員にVRゴーグルを被せ、VR空間内でVRプレゼンをするという画期的な展示で、中の様子は外から見ている限りほとんどわからないが、何か新しい時代の到来を予感させるものになっていたと思う。
VRプレゼンは同期しており、説明員もVR空間の中で説明するという凝りようだった。
今後こうした展示形態は増えていくのではないかと思う。問題は、何をコンテンツとして見せるかだろう。
HTC Viveなどで先駆的なVRヘッドセットメーカーとしても知られる台湾の携帯電話メーカーHTCのブースでは、Vチューバーによるバーチャル接客が行われていた。
しかし、筆者は接客されてることに気づいたのは取材で回したビデオを後から確認した時だった。
せっかくのバーチャル接客の工夫が、完成度が高いが故に裏目に出てしまった結果となった。これは今後の課題となるだろう。
HTCが展示していたのは最新の超軽量VRヘッドセットVIVE FLOW。
確かに軽いしコンパクトで、これなら気軽に旅行や出張に持っていけそうだが、やはり普段使いするには少し抵抗がある。
もっと小さく自然な形になるとより応用範囲が広がるだろう。
とはいえ、ヘッドマウントディスプレイの小型軽量化は予想以上のペースで進んでいるという印象を受けた。
遠からず、技術的には普通のメガネとほとんど変わらない外観のヘッドマウントディスプレイが実現するのではないかという期待感がある。
また同時に、そうなった時に人々の生活がどのように変化するかということに興味が移る。
現場のヘッドマウントディスプレイは、特に女性陣からすこぶる評判が悪い。要は、重くて大きい没入型のヘッドマウントディスプレイは、装着するだけで化粧が取れてしまうのである。
対策は二つあって、一つは、ヘッドマウントディスプレイ対応化粧品が登場すること。これも全くあり得ないという話ではない。プールや海で使える防水の化粧品があるんだから、ヘッドマウントディスプレイでとれない化粧品だって需要が出てくれば開発されるだろう。
もう一つは、やはりヘッドマウントディスプレイが没入型ではなく開放型に、すなわち大半のメガネと同じように視界の全てを被わないことを前提に設計されることだ。もちろん、軽量化と低価格かの問題はつきまとう。
この二つのアプローチは需要の高まりとともに進行していくだろう。
次の問題は、果たしてXRを「何に使うのか」ということである。
一つのアイデアとして、早稲田大学らの研究グループによる展示が興味深いと感じた。
「OTOMIRU」は、超指向性マイクアレイを利用した、「音の可視化」をする技術である。
ヘッドマウントディスプレイは使っていないものの、現実世界で本来は見ることのできない「音の流れ」を可視化するという野心的なものだった。
このように、「本来見えないはずのものを見えるようにする」ことによって、人間の想像力が拡張され、これまで得られなかったような新しい発想が得られる可能性がある。
最近聞いた話では、音波だけに限らず、空気中のウィルス量などを可視化するようなセンサーも開発されているらしい。
今現在はCO2センサーなどで「ざっくりと換気されてる」ということしかわからないが、こうしたセンサーが実用化されてセンサーアレイが作られるようになれば、より正確な現状把握と効果的な予防が可能になるだろう。
今回も長蛇の列となっていたのは、ELSAジャパンの150万円するXRヘッドマウントディスプレイVarjo XR-3である。
筆者はELSAジャパン様のご厚意で別途個別に取材をしたことがあるので、そちらで取材した内容を紹介させていただくことにする。
このXR-3の特徴は、圧倒的な高画質である。
片目8K相当のディスプレイが採用されており、さらに画面の中央部分は側面でより詳細まで描画された映像がハーフミラーで合成されている。
複数の写真を組み合わせて三次元再構成する「フォトグラメトリ」という手法で作られたVR空間上のスーパーマーケットを自在に歩き回り、値札や成分表までをも読めるほどの高精細を実現するために、複数の映像が組み合わされている。
この圧倒的な解像度で表現された完全にフォトリアリスティックな世界は、「息を呑むほど美しい」というよりも、「かぶっていることを忘れるくらい現実に近い」体験である。
Unityで開発された非常にリアルな部屋のデモをこのゴーグルで見ると「ここに住めてしまう」と思えてくるほどだ。
映画「インセプション」的というか、ロボコップというか、とにかく、このXRヘッドセットで再現される映像は、もはや単なる映像とは思えない圧倒的な現実感を感じる。
しかし流石に150万円は高価なので、AR機能を省いたバージョンのHMDを試してみるが、一度8K解像度を知ってしまうととてもではないが作り物くさくて満足できなかった。
リアリティはある閾値を超えると、唐突に圧倒的な説得力を持ち得るのだということを、この機材を体験してまざまざと見せつけられた気がした。
また、単に入り込むだけではなく、ヘッドマウントディスプレイにLiDARとLeapMotionが内蔵されているため、自分の腕や体といったものがオクルージョンされてXR空間の中に入り込むことができる。これも身体性を伴った没入感の演出として効いてる。
XRヘッドセットの方向性として、「小さく軽、開放型に」という方向性の真逆の「徹底的にリアルに、没入型に」というものを追求した一つの完成系と言えるのではないだろうか。
いずれこうしたレベルのリアリティを実現する機材が民生用のレヴェルまで落ちてくることを想定すると、何が起きるのか今から楽しみでならない。
XRシフトはまだ始まったばかりなのだ。
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登録はこちら新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。