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『まなざしの革命 世界の見方は変えられる』

自由が奪われる社会

2022.02.07

Updated by Chikahiro Hanamura on February 7, 2022, 14:23 pm JST

オミクロン株の感染拡大を受け、3度目のワクチン接種(ブースター接種)が急がれているが、ブースター接種の是非を巡り、社会不安は高まっているように思える。そこで本稿は、2022年1月25日に上梓された拙著『まなざしの革命 世界の見方は変えられる』第二章「感染」より、ワクチン接種に関して記述されている章の一部を抜粋してお届けする。


私たちがいくら冷静なまなざしを持とうとしても、社会を巡る状況はますます分断へと向かっているように見える。新型コロナウイルスについては、そもそもの情報や状況に不明な点が多いにもかかわらず、これまで危険性についての情報だけが繰り返され、私たちは感染の恐怖に怯えてきた。そして対策の効果や妥当性も検証されないまま莫大な労力と費用がつぎ込まれてきた。その結果、ほんのわずかな時間でウイルスの危険性とその対策はすっかりと新しい常識として定着してしまった。そして今や、効果や安全性が不明なワクチンを打つのか、打たないのかを巡りスタンスが大きく分断するまでに至った。

だが、これまでの新型コロナウイルスの危険度やワクチンの安全性については、前に述べたように専門家の中でも意見が割れている。この間に、さまざまなデータが明らかになり、実態が見え始めたこともある。しかし、そうした専門家の言葉を政府もマスコミも、そして他の多くの専門家たちも取り上げることはない。

単にそうした専門家の知見を知らないのだろうか。それとも、陰謀論の類たぐいとして無視しているのだろうか。挙げられたデータを信頼していないか、覆すほどの別の証拠を持っているのだろうか。それとも、一度煽ってしまった危険性を今更なかったことにすると、責任を問われるからだろうか。あるいは問題として唱える方が、都合の良い法整備をすることができるからだろうか。もしくは、全く異なる別の意図があるのだろうか。

いずれにせよ、多くの人はこのパンデミックに違和感を持つ専門家の声に耳を傾ける機会も余裕もなく、社会はいまだ冷静さを欠いたまま、不安の中にあるように思える。変異株についても、ワクチンに関しても、事実を適切に判断できる情報や知識がないような非対称な理解の構図が見られる。その中で、個人の判断や責任が問われても、混乱と分断を進めてしまう。冷静な議論を待たずに具体的な対策だけが進んでいくと、その対策に同調しない人々に、ますます無言の圧力がかかるだろう。さらに制度的な圧力にまで発展していくと、人々はそれに従わねば社会に参加できなくなる恐れがある。このまま新型コロナウイルスを危険視する傾向が続けば、すでに他国では見られるように、ワクチン接種の継続が社会参加の条件になっていく。だから接種しない人はどんどん社会での自由が奪われていくことになるだろう。

移動が制限され、公的施設や商業施設へ入れなくなり、人と対面で会うことが禁じられることになる可能性もある。そして接種しないことで、感染を拡大させ社会の秩序を乱す存在として、人々から疎まれたり蔑さげすまれることになるかもしれない。それでも接種しないという選択をするには、相当な意志と理由が必要である上、生きていくには接種しない人同士の協力が必要になる。それが少数であれば社会から孤立するであろうし、反対に多数になっていくほど社会に分断が生まれる。

すでに接種した人は、その接種のリスクを意識しなければ、次回からの接種の心理的抵抗も下がる。だから自ずと継続的な接種へと導かれていくだろう。この先、特例承認が終了し、継続的に打たねばならないワクチンが有料になると、自ら費用を負担せねばならない可能性もある。また接種したことによって、社会の中での自由は獲得できるが、その後に問題が起こる可能性も受け入れねばならない。何も問題が起こらなければ良いが、深刻な問題が起こっても誰も補償してくれない覚悟も必要になる。

こうして選択は、いつのまにか社会的なアイデンティティになってしまうのである。そして、それは生死の問題にまで発展していくだろう。選んだものが間違えていれば、本当は自分の見方を改めて、次からは新しい選択をしても良いはずだ。だが分断が進むほど、取り替えることが許されない状況が固められていく。そうなると、私たちは自分の選択をますます正当化する方向を向いてしまう。それはすでにエビデンスの問題ではなくなっている。数値をいくら出そうが、証拠らしきものを並べようが、互いにそれを認めることはない。まなざしが固定化されてしまうと、持っている見解や答えに合わせてエビデンスを解釈してしまうからだ。

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ハナムラチカヒロ

1976年生まれ。博士(緑地環境計画)。大阪府立大学経済学研究科准教授。ランドスケープデザインをベースに、風景へのまなざしを変える「トランスケープ / TranScape」という独自の理論や領域横断的な研究に基づいた表現活動を行う。大規模病院の入院患者に向けた霧とシャボン玉のインスタレーション、バングラデシュの貧困コミュニティのための彫刻堤防などの制作、モエレ沼公園での花火のプロデュースなど、領域横断的な表現を行うだけでなく、時々自身も俳優として映画や舞台に立つ。「霧はれて光きたる春」で第1回日本空間デザイン大賞・日本経済新聞社賞受賞。著書『まなざしのデザイン:〈世界の見方〉を変える方法』(2017年、NTT出版)で平成30年度日本造園学会賞受賞。