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自己増殖する機械とAI

2022.05.14

Updated by Ryo Shimizu on May 14, 2022, 07:00 am JST

コンピュータの初期の動作原理をまとめたとされる人物の一人、フォン・ノイマンは数々の伝説を持っていて、スタンリー・キューブリックの映画「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」に登場する主人公「ドクター・ストレンジラブ」のモデルにもなっている。

フォン・ノイマンの晩年の研究テーマの一つが人工生命についてのものだった。
その当時、計算というかなり複雑な知的処理を行えるようになった機械はやがて自ら意志を持ち、生き物と同じように自らの複製を作ることができるだろうか。

機械が自己を複製することができるということを数学的に証明しようとしてノイマンが用いたのが、格子状に配置された細胞(セル)が、一つ一つは単純なルールで動作しながら全体としては自分の複製を作り出すという自動機械だった。

ノイマンは自己複製する機械を「ユニバーサルコンストラクター」と名づけ、機械が自己複製するためにはまず自分自身の設計図となるコードを持ち、それを読み取りながら自分を複製するような構造が必要であると考えていた。この図では、赤い直線が「コード」である。

このアイデアは、現代人から聞けばDNAそのものだが、ノイマンが「ユニバーサルコンストラクター」を発表した1949年の時点ではまだDNAは発見されていなかった(ワトソンとクリックによるDNA発見の論文は1953年)。

さらにノイマンは、自己複製するなかで機械自身がコードに突然変異を起こし、適応して進化するようなことまで考えていた。
ノイマンのアプローチは生命をチューリングマシン(原始的なコンピュータ)と見做し、同時にチューリングマシンを生命と見做す方法の発見だった。

ちなみにノイマンが考えたユニバーサルコンストラクターを実際のコンピュータで動かせるようになるには21世紀まで待たなければならなかった。それほど大容量のメモリと膨大な計算時間を必要としたのである。

中でも着目するべきなのは、生物の進化をチューリングマシンがどのように模倣するべきかという議論だろう。
現在の我々は、ワトソンとクリックの発見によってDNAがどのように体を作っているのかは何となく知っている。
しかし、DNAがどのようにして進化してきたか、ということは未だ多くの謎に包まれている。

2022年の5月5日に英国のサリー大学が発表した論文「DNA中の陽子トンネリングに対するオープン量子系アプローチ」によると、DNAの変化には量子トンネル効果が深く関わっている可能性があるらしい。

もちろんこれは実験によって確かめられたわけではないのでまだ何とも言えないが、量子生物学は近年急速に進歩してきており、ノイマンが考えたような人工生命の自己増殖と言ったテーマから見ても、興味深い進展である。

人工生命のアイデアの起源は、生物学にヒントを得ていることが多い。
従って生物学が進歩すると人工生命も進歩することになる。

本欄はビジネスパーソン向けの連載でもあるので、難しい話はこのくらいにして、この先にどんなことがあり得るか考えてみよう。

近い将来、人工生命技術は人工知能そのものと同化するか、同化するのと同じくらい深い影響を与えるようになるだろう。
なぜなら人工知能の設計には人工生命の考え方が不可欠になりつつあるからだ。

人工生命技術とは、例えば以前何度か本欄で紹介した遺伝的アルゴリズムや強化学習といった手法である。
特に強化学習は今日では人工知能技術と誤解されているが、本来は人工生命研究の文脈で生まれてきた。
厳密には人工生命技術に分類されてはいないが、筆者としては3Dプリンタやロボット工学も広い意味での人工生命技術だと考えている。

1994年にカール・シムズが発表した有名なビデオ「Evolved Virtual Creatures」は、強化学習と遺伝的アルゴリズムによってより速く移動したり、より相手より早く餌を獲得したりといったせめぎ合いが見られる。

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=JBgG_VSP7f8&w=560&h=315]

日本におけるロボット工学の出発点は、異論はあるかもしれないが手塚治虫の「鉄腕アトム」だろう。
アトムは、交通事故で死んでしまった天馬博士の一人息子の代替物として作られた。まさに人工生命である。

アトムに搭載されている電子頭脳は、人工知能である。従って、人工知能とは人工生命のパーツを構成する分野とも見做せる。

通常、人工生命は単独ではなく複数の人工生命を競わせたり同じ環境に入れたりして「遊ばせる」のが普通で、この辺りが純粋な人工知能研究とは少し異なる。

例えば今の人工知能開発では、複数の遺伝子から生まれた個体を短い期間教育し、好成績を出した遺伝子をもつAIだけを取り出して突然変異や交差を加える。

人間の場合、一卵性双生児のように全く同じ遺伝子から生まれた兄弟(または姉妹)が、全く別々の才能を持つ人物に育つことは珍しくない。

AIも同様で、たとえ全く同じ遺伝子から生まれた個体であったとしても、それぞれがランダムな初期状態を持つので、得意分野が違う。

ただ、どのような初期状態であっても、同じ学習データを使う限り、学習にかかる時間はそれぞれ異なるとしても、最終的には同じような性能に辿り着く。

今のAIは、基本的に全て、学習データは人間から「与えられるもの」なので、厳密には人間の一卵性双生児とも違う。完全に同じものを与えられて育つわけだ。

ただ、もしもAIの学習に、学習するものそのものを選ぶ機能を取り入れ、人工生命的なAI同士が交流する場所、いわばAIの幼稚園みたいなものを作ったとして、そこで育つAIにはどのような差が出るだろうか。

また、今のAIは同じデータを何度も繰り返し見て学習するのだが、人間はそんなことをしない。むしろ人間が見るデータは、同じものは二つとないと言って良い。そのような状況からでも、果たしてAIは学習することができるのか。その上で、「自分はもっとこれが知りたい」という純粋な意味での好奇心を持つことができるか。

好奇心を持って環境を探索するようになると、これはもういよいよAIそのものというよりも人工生命の分野になってくる。

AIの幼稚園があるとして、そこにみんなが欲しがる餌が一つあるとして、他のライバルを排除してそれを獲得するのがうまいAI、いわばジャイアンのようなAIが果たして将来、人の役に立つ人間になるだろうか。

それとも、そうしたわかりやすい「餌」には目もくれず、自分なりに楽しみを見つけて端っこでずっと本を読んでるようなAIだろうか。
それとも、ジャイアンAIに取り入っておこぼれをもらうことを期待するスネ夫のようなAIだろうか。

あらゆる物語では、偉業を成し遂げる人の原動力は怒りや絶望、渇望といったどちらかというとネガティブな感情である。
今、世間で使われている、期待されているAIの第一の役割は、「優秀な人間」と同じようなものだろう。つまり、「予想外のことをせず、リスクを最低限に、確実に利益を出す」ようなAIだ。

しかしこれは幻想である。もしもこれだけで生き残れるのならば、世界はこれほどまでにドラスティックに変化したりはしない。必ず「劇的な変化を予想し、奇行だと笑われようと自らの信じる道を切り開く」ようなAIも同時に必要になる。数の比率としては1000:1か、100万:1でもいいかもしれないが、とにかくそういう「奇行種」のようなAIも、必ず必要になってくるはずだ。

AIが高度化すればするほど、そこで交わされるやりとりは人間社会に似てくるし、人間社会以上にAI同士の会話は何を言ってるのか人間が横で聞いてもわからない可能性が高い。それはまるで外星人同士の会話のように聞こえるだろう。

ある意味で、これから先、AIと共存していくというのは、自分より賢くなることがわかっている天才的な子供を育てるのに等しい。
彼(または彼女)が、どう成長し、成長したあとに何を考えているのか、親には想像もつかない。ただ、きっと彼(または彼女)の選択は正しいのだろうと信じるしかないのである。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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