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「ない」ことが強みになる

「ない」ことが強みになる

2022.05.31

Updated by Chikahiro Hanamura on May 31, 2022, 07:00 am JST

地方の方が都市よりも有利になり始めている兆しは現れている。パンデミックで浮き彫りになったのは、人の密集する大都市の慌てぶりに対して、人の少ない地域の方が落ち着いていることだ。地方はサービスが大都市ほど充実していないため、ある程度のところまでは生活に必要なものは自分で賄まかなっている部分もある。外からの物の移動が制限され始めると、食料をはじめとして生活に本当に必要なものが近くにある方が有利になるのは当然だ。

それが強みであったことに気づいて政策を見直す地域は、再び人が移動し始めるようになっても、持続していけるかもしれない。大都市と同じような発想で、大都市と同じような場所を目指しているのならば、大都市の価値観の崩壊とともに崩れていくだろう。右に倣ならえと他の地域のフォーマットをそのまま借りてきたり、これまでのような拡大方向を目指していく地域は、本来自らが理想とすべき姿からどんどん遠ざかっていく。

それぞれの自然や気候風土の違いを活かして、その土地に合った形で独自の文化が育まれている地域。リーダーシップがうまく機能し、活力に満ちた人々が自由に交流している地域。そんなところは人が集まって来るポテンシャルが高い。そこでは仕事のあり方も変わってくる。お金を稼ぐということよりも、顔の見える仲間と豊かに暮らすために必要なことが仕事になっていく。コップを作る仕事より、コップを洗う仕事の方が必要になるだろうし、株の売買よりも、ゴミの清掃の方が直接的な価値につながる。それにも増して、自らの情熱を傾けられるようなこと、創造的に頭を使って楽しい暮らしを生み出すこと、積極的に自らの身体を使って価値を生み出していくことが重要になる。

作るために「整備」することよりも、清掃したり、余計なものを省いて「整理」することの方が、意味を見出す人が増えるかもしれない。モノが少ないところの方が整理もメンテナンスもしやすい。クリエイティブに減らしていくことは、方向性が反転してしまったこれからの世界で重要な課題になっていく。むやみに大きく拡げて、たくさんの抱えきれないものを持つよりも、少なくても満足して暮らしていくことに価値が見出されるかもしれない。これまでは貧しいと思われてきたことが、まなざしを反転させれば、実は最も効率が良く、理にかなっている。そんな価値観を持つ人が増えるだろう。

それは健康についても当てはまるかもしれない。病気という概念も、医療という仕組みもおそらく考え方が二分化していくだろう。これまでは病気になったときに病院が必要である、という発想だった。それに対して、そもそもできるだけ病気にならないようにする、あるいは病気になってもある程度は自力で治せるようにする、という発想が、病院の少ない地方では必要になるからだ。

パンデミックで、人間の免疫力をいかに高めるかにも意識が向けられた。人間の健康は環境に依存しており、人間を元気にするような環境は大事な価値である。そういう自然環境を持っているところは生活においても有利になる可能性がある。ストレスの要因やストレスのかかる環境がないこと。強力な電波が体を通過していかないこと。水や食料に有害な物質がないこと。つまり何かをプラスするよりも、むしろ何かが「ない」ことが大きな価値に変わる可能性がある。これからは便利であることは必ずしも価値にはつながらず、逆に少々不便であることに可能性が見出されるかもしれない。

まなざしを反転させれば、不利な状況は有利な条件へと変わる。これまで常識とされてきた、便利と不便、快適と不快、強みと弱み。その従来の価値観を反転させればどうだろう。我が街、我が地域には何もないと思っている場所ほど、大きな可能性を持つかもしれない。豊かになるために大きなことをする必要があるという常識を一度捨てて、本当に必要なものと、不要なものを見つめ、豊かさの本質について考え直すべきタイミングは今なのではないだろうか。


本稿は、2022年1月25日に上梓された拙著『まなざしの革命 世界の見方は変えられる』第八章「交流」より抜粋した。

『まなざしの革命 世界の見方は変えられる』
ハナムラチカヒロ 著
四六変形・316ページ
定価:1,980円(本体1,800円)
発行:河出書房新社

山極壽一氏(人類学者)推薦文!
「過剰な情報が飛び交い、民主主義の非常事態に直面する私たちに、時代の真実を見抜き、この閉塞感から解放されるまなざしを与えてくれる。」

目次

第一章「常識」  第二章「感染」  第三章「平和」
第四章「情報」  第五章「広告」  第六章「貨幣」
第七章「管理」  第八章「交流」  第九章「解放」

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ハナムラチカヒロ

1976年生まれ。博士(緑地環境計画)。大阪府立大学経済学研究科准教授。ランドスケープデザインをベースに、風景へのまなざしを変える「トランスケープ / TranScape」という独自の理論や領域横断的な研究に基づいた表現活動を行う。大規模病院の入院患者に向けた霧とシャボン玉のインスタレーション、バングラデシュの貧困コミュニティのための彫刻堤防などの制作、モエレ沼公園での花火のプロデュースなど、領域横断的な表現を行うだけでなく、時々自身も俳優として映画や舞台に立つ。「霧はれて光きたる春」で第1回日本空間デザイン大賞・日本経済新聞社賞受賞。著書『まなざしのデザイン:〈世界の見方〉を変える方法』(2017年、NTT出版)で平成30年度日本造園学会賞受賞。