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郷土史とは、科学的な検証に耐えられない物も含めそこに生きる人たちのアイデンティティである

2023.02.07

Updated by WirelessWire News編集部 on February 7, 2023, 07:03 am JST

文化遺産を掘り起こしてきた地方大学

プロフィールにも書いた通り、私は静岡大学で、主に日本の江戸時代から明治初期にかけてのメディア状況と事実表現について研究してきた。授業では所謂江戸戯作を中心に、「近世文学」を材料にすることが多い。つまり所謂「日文」の中で、柔らかめの古典文学を専門にする教員なのだが、特に今世紀に入って以降、静岡に関する授業や市民向け講座が増えている。

そういう意味では、私が提案した言葉ではないのだが、前稿の紹介文にある「地域文学文化の専門家」は、案外正しい。こうなったのには、私の個人的な事情もあるが、地方国立大学の置かれている状況も大きく影響している。

地方の国立大学は、その地域の教育水準を高め、人材育成を促す役割が重要だったにしても、最初から地域貢献・地域連携を目指していたわけではない。むしろ、地方で学びながら中央の官庁や大企業で通用する人材の育成を目指していたはずだ。私自身の経験でも、埼玉大学在学中、少なくとも文系では、周辺地域と連携するような授業が設置されていた記憶は無いし、静岡大学に就職した当初も、そのような科目は殆ど存在しなかった。

一方、着任早々から公民館等では駿府出身の戯作者十返舎一九をはじめ、古典文学作品を読む講座を担当することになった。実のところ、20世紀における文系学部の地域貢献の多くは、自治体史の編纂や生涯学習への講師派遣が大きな比重を占めていたと思う。それらは、必ずしも教員個人の研究テーマや大学の授業内容と直接に関わる物ではなかった。

しかし、今世紀の初め頃に状況は変わった。言語文化学科で授業科目名に「静岡」が入ったのも、その頃私が担当した「静岡の文化」が最初だと思う。調べたわけではないが、だいたい同じ頃に各地方大学で似たようなことが起こり、授業は、必ずしもその地域の研究実績があるとは限らない日本史・日本文学の教員が担当したのではないかと想像する。

私が「静岡の文化」でやってきたことは、元々文化遺産の発掘と記録、発信が中心で、「利活用」という視点はなかったし、郷土愛の涵養や地域の活性化もそもそもの目的ではなかった。静岡に在る、或いは嘗てあった興味深いものを見つけて、調べ、関係する地元の人たちに解りやすく知らせ、記録することそのものが目的で、それがそのまますぐに「役に立つ」ものでもなかった。

協力し合いながら楽しく取材も出来たし、参加された皆さんもとても喜んでくださった。継続的に交流するのは難しく、残念ながら多くは関係が途絶えてしまったけれど、一時的とはいえ、そういう場が生まれたこと、それ自体にも価値があったと思っている。しかし今は、そういうことは、少なくとも大学には求められていないらしい。学生はどうだろう。

※本稿は、モダンタイムズに掲載された記事の抜粋です(この記事の全文を読む)。
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