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歴史家はデータを歴史化する

2024.04.23

Updated by WirelessWire News編集部 on April 23, 2024, 11:20 am JST

データを根拠にして判断を下す、あるいはデータを基に戦略を立てていくデータ駆動社会は、今後もしばらくは続くことになるだろう。しかし、データは私たちが生きている世界をフラットに網羅するものではない。その収集方法や分析方法には必ず人間の意図が介在するからだ。

データに依拠する「データカルチャー」

「子どもの心、データで見る意味は」。先日、朝日新聞のこんな見出しが目についた。AIをはじめデジタル技術が発達し、大量かつ多様なデータ、いわゆる「ビッグデータ」の利用がますます活発化している。この記事が紹介するように、ビジネスや政治のみならず、教育現場においても、教育効果の向上や子どもの行動/心理状態の理解を助けることを目的としたデータの利用が試みられている。

「ビッグデータ」や「データフィケーション」「データマイニング」のような言葉をニュースなどで度々耳にするようになり、「データ」は比較的身近なものになっているように思う。

このようなデータ志向の現状は、技術開発の結果だけから現れたのではない。数学者クリス・ウィギンスと歴史学者マシュー・ジョーンズが、共著『How Data Happened:A History from the Age of Reason to the Age of Algorithms(データはどのように起こったのか?啓蒙時代からアルゴリズム時代までの歴史)』で論じるように、客観的にみえるデータが理論的根拠として用いられ、データがこれほどまでに重視されるようになったのは、社会的/政治的/経済的な要因が深く絡んでもいる。

そして、デジタル技術やソーシャルメディアなどの利用拡大のみならず、様々な場面でデータに依拠するというその姿勢こそが、「データカルチャー」とも呼べるような一つの文化として表れているといえる。

歴史家はデータそのものや分析自体に人間の意図が介在することを前提とする

一般的に「データ」とは、対象を客観的に捉え理解するための材料として認識されることが多いのではないだろうか。しかし、データとの向き合い方、そしてそれが社会にもたらす影響は他にもある。以下では歴史家の仕事を例に取り、改めて「データ」とはなんなのか、データを分析する/活用する、とは何を意味するのか考えてみたい。

『広辞苑』によると、データとは「(1)立論/計算の基礎となる、既知のあるいは認容された事実/数値。資料。与件。(2)コンピューターで処理する情報。」のことである。『大辞林』では、「(1)判断や立論のもとになる資料。(2)コンピューターの処理の対象となる事実。」と記載されている。

細かな違いはあるものの、データとは、「判断や立論のもとになる資料」「コンピューターで処理する情報・事実」を指す。これらの辞書の定義に従えば、データは、計量的な数値のみならず、何かしらの判断や立論の材料になる質的な資料も含まれる。その意味では、分野を問わず研究者が扱う資料は全て「データ」ということになる。

一方で、資料をデータと呼ぶか否かは、人によってその判断は異なる。例えば、私が専門とする歴史学研究では(おそらく他の多くの人文系研究分野でも)、私自身も含め、研究に用いる資(史)料のことをデータと呼ぶことはほとんどない。一方で、社会学や人類学などの社会科学分野では、個人差はあるだろうが、歴史家と同じような資料を扱っていたとしても、それをデータと呼ぶことはそれほど珍しくないようである。

なぜ、歴史研究者(を含む多くの人文系研究者)は資料をデータと呼ばないのか。一つには、データが統計資料など計量的な資料というイメージを喚起させることが理由かもしれない。歴史研究では、統計などを資料として用いることはあっても、主な分析対象となるのは文書史料(質的資料)が多く、それらを計量的資料と同一視することに違和感があるのかもしれない。

それに関連したもう一つの(より重要な)理由は、歴史家の資料分析の態度にある。統計資料や計量的な資料、いわゆるデータという言葉で想起される材料が、「客観的/中立的な」分析を目指したものである一方で、歴史家は、データそのものにも、そのデータの分析にも、人間の何かしらの意図や解釈が介在することを前提とする。

つまり、統計などの計量的資料の分析にもいえることだが、完全な客観的/中立的なデータの生成も分析も不可能であることを認識した上で、政治的/社会的/経済的文脈の中にその資料を位置付け読み解くことが仕事である。

※本稿は、モダンタイムズに掲載された記事の前半部分です。
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