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起業家と投資家の立場から見たときの"経営者の資質"

2024.06.02

Updated by Ryo Shimizu on June 2, 2024, 11:14 am JST

起業家と投資家はともに起業に関わるが全く性質の異なる仕事である。
筆者自身もそうだったが、経験の浅い起業家は、そのことを理解するまで時間がかかる。

筆者の場合、外部資本を入れる事にしたのは創業から5年ほどたってからだった。
創業には「1年の壁」と「3年の壁」「5年の壁」「10年の壁」があると考えていた。

「1年の壁」は、とにかく創業して1年間生き残れるか。
筆者は貯金が全くない状態で創業したので、この壁を越えられるかどうかは大きかった。

ただ、今振り返ると「1年の壁」は比較的突破しやすい。
と言うのも、最初の一年は何のかんので知人が仕事をくれるからである。

逆に言うと、「1年の壁」は、外部からは「これまでその人がどのような人間関係を構築してきたか」を評価される試練とも言える。
もちろん起業してから1年も持たない人もいる。ひどい人は、1年間に3回、起業に失敗したという人もいる。

次なる「3年の壁」は、知り合いが「知り合いだから」と言う理由でお試しで仕事をくれる限界が、大体3年だからである。
この3年は、リピーターとなってもらえるかどうかの試練だ。つまり、「起業した後、ちゃんと経営できているか」を試される試練なのだ。

その次、「5年の壁」は、初期の従業員が自分と会社の成長に疑問を感じたり、会社の行末を気にしたりする時期が大体5年だからだ。
5年も会社をやっていると、社長はだんだん「経営なんてこんなものか」と思うようになる。会社の5年後生存率は大体30-50%と言われ、リピーターもついて、経営が軌道に乗った状態を言う。

起業家というチャレンジャーが、中小企業の中年経営者になってしまうのが大体5年だ。
筆者は5年目に最初に作った会社を成長させるため、外部資本の投入を決めた。これは一定期限内のエグジットを目指すということでもある。

大体、事業というものの賞味期限は3-5年で、「目新しさ」だけで仕事をしていると5年くらいで賞味期限が来る。これをどう延命させるか問われる。つまり「5年の壁」は、社会にどれだけインパクトを与え続けられているかを試される試練とも言える。

そして「10年の壁」は、会社に中間管理職が育ってきて、さらなる成長か、停滞かを選択する時期がくるのが大体10年である。
10年も経営していれば、売上高は最低10億円くらいは欲しい。

筆者は10年目に大きな挑戦をすることを決め、独自のハードウェア製品開発というBHAGを掲げた。
これは1億円の投資に対し、最終的には数倍のリターンとなって返ってきた。

筆者は社長になってから19年目に会長となり、その翌年に会社を辞めた。
経営の現場にいるよりも、もっと大きな枠組みで物事を見たいと思ったからだ。

普通に考えて成長している企業の社長を退くというのはなかなか許してもらえない。そもそも社長は後継者を見つけるのがとても大変なのだ。
そういう意味で、安心して引き継いでくれる経営チームがいたことは筆者にとってはとてもラッキーだった。

社長を退いた後、筆者はUberEats配達員としてセミリタイア生活に入った。ただ、不思議なことに、リタイアした後の方が仕事が増えてしまった。いかに経営という仕事が一見何もしていないようで、エネルギーを使っていたか、会社を辞めてからよくわかった。

その後は投資会社の顧問になったり、投資会社の共同創業者になったりした。
筆者は経営者であるが、投資家でもある。

ただ、経営者と投資家は本質的にコンフリクトするものだ。
投資家にとって、お金は「モノ」であり、どんな形であれ、それが増えれば問題ない。
経営者にとって、お金は「ヒットポイント」であり、どんな形であれ、それが失われなければ問題ない。

一見、利害が一致しているようだが、経営者としてはできるだけお金を残したいが、投資家は使って欲しい。
投資家は「お金を使ってくれ」と言って投資してるので、経営者にそれをただ貯金されたら意味がない。
だから経営者は、「こういう理由で利益を増やすのに金がいる」と投資家に説明し、投資家は「だったらこれだけ株を売ってくれ」という要求を出す。

ベンチャーがブームになって、まるで投資家から投資を受けるのが起業の前提のような誤解が広まっているが、それは誤った考えである。
完全に健全な経営をしている場合、そもそも投資家に頼る必要がない。

アパホテルの社長が、「上場は貧乏人のするもの」と言っていたという話があるが、それはその通りで、会社の経営状態が安定かつ万全なら、上場する必要がない。
上場を維持するにはそれなりのコストがかかる。それでも上場したり投資家からお金を集めたりするのは、事業を成長させるための時間を短縮するためだ。

投資家が会社の株をたくさん欲しがるのはその方が「売りやすい」からだ。
投資家がリターンを得る方法は上場だけではなく、他社への事業売却や他のファンドへの売却といった方法もある。

筆者が資本家として投資を始めたのは社長5年目くらいだったが、基本的に会社のお金を投資して会社を成長させることに使っていた。
時たま会社は行き過ぎた「投資」によって崩れたりするが、筆者は有価証券や為替、先物の類には手を出さなかった。あれは金融のプロがやるものだ。筆者はシナジーのありそうな会社の創業時投資だけやっていた。

投資した額とリターンを比較して、投資した額よりリターンが大きければ成功というのであれば、筆者は投資して失敗したことがほとんどない。
投資額に対するリターンは、3年で3〜20倍で、たとえうまくいなかったケースでも、1.2倍くらいになって返ってきたので損はしてない。

それはまあそもそもそんなに積極的に投資をしてきたわけではないので、慎重に球を選んでいるだけなのだが、投資をしなかった理由も投資をした理由も一つしかない。経営者の人間性だ。

ここで「人格者かどうか」を基準に会社を選んでいるかというとそうでもない。
「経営を成功させることかできるか人間性かどうか」で選んでいる。

では、「経営を成功させる人間性」とは何か?
いろんな考え方があると思うが、筆者は、その人の自己認識と他者認識にズレが少ない人だと思う。

自分のことならよく知ってると思いがちだが、もちろん実際にはそうでもないし、逆に他人にどう思われているかに全く無頓着でも困る。
他者認識が適切な人は謙虚な姿勢に見える。

しかし、ただ謙虚なだけでもいけなくて、謙虚かつ野心家でなければならない。

つまり、謙虚になれる程度には自分の立場を冷静・客観的に見ることをできる賢さを備えているが、同時に外から見たら無謀とも思える事業にも挑戦する程度にはバカでなければならない。
賢くて、バカ。

で、本当はそれこそが一番難しい。

自己認識と他者認識を一致させるには、相応の訓練を積まなければダメだろう。
彼らがどうやってそれを獲得したのかについて、あまりちゃんと聞いたことがないが、経営がうまくいかなくなるパターンは、大体、経営者の自己認識と他者認識のズレが大きくなっていって、最終的にバランスが取れなくなって破綻する現象で説明できる。

知人の会社の調子が悪くなってから「どうすればいいのか」と相談されることも多いのだが、大体はこの現象が発生しているので「あなたが変化するしか立ち直る方法はない」と言うしかない。
もちろん個別のアイデアは出るとしても、どれもその場しのぎのもので根本的な解決にならないのだ。

どうすれば他者認識に自己認識を合わせていけるか。

例えば筆者は、売文業という職業柄、どうしても読者の反応という形で自己認識を常に変容させる必要に迫られてきた。
何かの商品の宣伝をしてお金をもらっているのではなく、読者から直接、あるいは編集部から間接的にお金をもらっている。誰かにとって価値のあることだと思われることを書かなければならない(そう書いてるうちにもう一つ原稿を抱えていたことを思い出した。書かなくては)。

特にこの媒体は書く内容に制限がないので、おそらくスポンサーにとって都合の悪いことも書いているはずだが、今まで内容に口出しされたことはない(先月書いてないから書いてよ、と言われたことはあるが)。

要は常に「お前はこの程度の人間だ」という世間の批判的な目線を意識しなければならない状況にある。これはこれでそれなりにストレスを感じるのだが、ありがたくもある。

そういうわけだから、会社の経営相談をされると、「noteでも書けば?」とアドバイスすることにしている。
言語化し、他者に読んでもらうことで゛自分の考えていることを少しは伝えられるし、あまりにも変なことを言えば炎上したりして諌めてもらえる。

Twitterみたいな短文の媒体だと、そもそも意味を誤解されやすいので、ある程度の長文を世間に晒す方がいい。

Facebookみたいな老人と仲間内しか見ない媒体にトンチンカンなことを書いても、静かにミュートされるだけなのであまり自己認識の変容がないどころかエコーチャンバーに陥り自己認識がどんどんおかしな方向に強化されていく恐れさえあるのでSNSに書くのはお勧めしない。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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