original image: Art Furnace / stock.adobe.com
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先月たまたま、すべての個人に無条件でお金を支給する制度であるユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)についての記事を続けて読んだので、今回はこの話題でいきたいと思います。
まずは、英Observer紙に掲載された「不労所得:ユニバーサル・ベーシックインカムがまもなく社会を変えるか?」ですが、ベーシックインカムという概念は斬新で新奇に思えるかもしれませんが、その歴史は1795年まで遡るという話が興味を惹きました。これはアメリカ建国の(思想的な)父と言えるトマス・ペインが、すべての成人に貧富の差を問わず「地代」を支払う「国民基金」の設立を提案したことを指していますが、興味のある方は『土地をめぐる公正』をお読みください。
この実は歴史ある概念が近年になってにわかに脚光を浴びているのは、人工知能(AI)が本格的に人間から仕事を奪う未来が見えてきたからなのはご存じの通りです。英国の公共政策研究所(Institute for Public Policy Research)の研究によれば、現在人間が行っている仕事の59%が、今後3~5年でAIの影響を受ける可能性があり(特に影響を受けるのは、女性と若者)、最悪のシナリオでは、英国だけで800万人が職を失う「雇用の黙示録」が引き起こされるとのことです。
そこで、UBIが重要なセーフティーネットを提供するという筋書きになるわけですが、冒頭に紹介したObserverの記事では、アイルランド政府から毎月1400ユーロの支給を受ける試験プログラムの参加者に選ばれたおかげで、派遣仕事をやめてアートに専念できるようになり、初めて映画を作ったというエリナー・オドノヴァンの事例をはじめ、ポジティブな影響があった事例が複数紹介されています。
ベーシックインカムを支給された失業者の労働市場への参加率は高まり、長期的で高賃金の仕事を見付けて引き受ける傾向が強まったという研究結果が紹介されていますが、UBIが実現すれば人々はもっと創造的で慈善的な仕事をするようになる、というUBI専門家の見通しは、コロナ禍において、その労働負荷に対して給与水準の低さが浮かび上がった「エッセンシャルワーカー」のなり手がさらに少なくなるのと表裏一体とも言えます。
この記事でも、UBIは社会において必要不可欠だが魅力のない仕事の給与を上昇させる、という専門家の見解が紹介されていますが、介護職などのいわゆる「ケア労働」、下水道や道路の清掃といった肉体労働に正当な報酬が支払われるようになれば、それはそれで悪い話でないように思えます。
上記の通り、ベーシックインカム実験の被験者へのポジティブな影響が紹介され、トマス・ペインの時代に農耕経済から工業経済への移行を支える政策改革が必要だったように、来たるAI経済に備えて英国政府も「イデオロギー的」抵抗は止めて、もっと本格的なベーシックインカム実験に乗り出すべき、という論調に読めるObserverの記事ですが、その最後あたりに紹介される、AI倫理を専門とする未来学者のネル・ワトソンの悲観的な見方で雲行きが変わります。
我々は今、人間の雇用が(あったとしても)とても限られる「AI企業」時代の幕開けを目撃している、とワトソンは考えます。「AI企業」では、数多くのいろいろなAIサブパーソナリティーがそれぞれ独立したタスクに取り組み、人間はたまに「こまごました雑用仕事」のために雇われるだけになります。
「AI企業」は、人間の企業よりも遥かに効率的に機能し、伝統的なやり方が評価される一部の老舗企業を除けば、ほとんどすべての人間の企業を廃業に追い込み、そして将来的に人間に残されるのは、人と人との交流が必要な仕事(病院付きの牧師やケアワーカーなど)や、複雑な肉体労働を伴う仕事(左官、配管工、美容師など)だけとワトソンは見ます。
その結果、最終的にベーシックインカムを支払うのは政府ではなくAI企業かもしれない、とワトソンは以下のように述べます。
「AI企業のループの中に人間がいないのですから、企業の利益や配当金が貧困者に与えられる可能性があります。これは、国の福祉を必要としない形で所得補助金をつくり出す方法になるかもしれません。資本主義と完全に互換性があります。ただ、それをやるのがAIになるだけで」
次に、米New York Times紙に掲載された「所得保証を実現するのはシリコンバレーの仕事か?」を紹介したいと思います。タイトルを見ても分かる通り、この記事は上記のネル・ワトソンの問題意識に呼応するものですが、UBIを巡る英国と米国の事情の違いもうかがえます。
記事の冒頭で、シリコンバレーの後押しにより、UBIによる所得保証の考え方が主流となったが、(共和党が優勢な州でベーシックインカムのプログラムが禁止されるなど)この運動に対する超党派の政治的コンセンサスは崩れつつあり、今が正念場と指摘されています。
このNew York Timesの記事は、これまでで最大のUBI試験プログラムと言える「無条件現金給付調査(Unconditional Cash Study)」の結果発表を前に公開されたものです。この調査を実施したOpenResearchは、OpenAIのサム・アルトマンCEOが役員を務めており(彼はこれに1400万ドルもの自己資金を投入しています)、AI経済の本格化とUBIの実現をセットで考え、かつて「ある種の所得保証なくして真の意味での機会平等はありえない」と述べた彼の信念を色濃く反映しています。
ただこの記事では、所得保証制度を支持し、UBI実現を推し進めるのはシリコンバレーの総意ではなく、アルトマンの他にはTwitterの共同創業者であるジャック・ドーシー、SalesforceのCEOであるマーク・ベニオフなど一握りのテックピープルだとも指摘されています。
ベーシックインカム運動関係者には、サム・アルトマンの取り組みに期待し、実験段階の先に進めようという機運がある一方で、UBIがAIのための「トロイの木馬」になるのではという懸念があるとして、スタンフォード大学ベーシックインカム・ラボの元所長ジュリアナ・ビダダヌレの発言が紹介されています。
「シリコンバレーは、政府を小さくするための手段としてベーシックインカムを推進しているのでしょうか? 他のすべてのセーフティーネットにとって代わろうとしているのでしょうか? AIを加速させる手段でしょうか?」とビダダヌレは疑問を呈した。「個人的には、AIによる失業は、ユニバーサル・ベーシックインカムを通じて堅固な下支えを築く重要な根拠の一つだと思います。しかし、それは数ある根拠の一つでしかありません」
この記事の最後では、ベーシックインカムの支持者がシリコンバレーを信用できない理由として、テック界の支持が気まぐれなことも示唆されており、その例として、発言を簡単に覆すイーロン・マスクが挙げられていますが(また、お前か)、最大の支援者であるサム・アルトマン自身も最近のポッドキャストのインタビューで、「将来は、ユニバーサル・ベーシックインカムというより、ユニバーサル・ベーシック・コンピューティングのようになるのではないか」と語っており、そうなると人々に与えられるのは現金ではなくコンピューティング時間になり、シリコンバレー、というかOpenAIだけが生殺与奪の権を握る未来ではないかという疑いを持たれるのも仕方ないでしょう。
さて、New York Timesの記事が出た翌週、OpenResearchによる無条件現金給付の調査結果が公表されました。日本語メディアではGIGAZINE、WIRED、ギズモード・ジャパンで記事になっていますが、読後のUBIに対する印象のポジティブ度合いは、GIGAZINE>WIRED>>ギズモードという感じで随分異なります。いずれにしても、研究者たち自身が「受給者の身体的健康や長期的な経済状況を大幅に改善するには不十分だった」と結論付けているのは確かです。
OpenResearchのリサーチディレクターのエリザベス・ローズは、「現金には柔軟性があります。すべての人に一つの結果をもたらすことを目的にするなら、現金は不正確な手段ですが、現金はすべての人にいろんな結果をもたらしています」と語っていますが、この現金の「柔軟性」の評価によっては、ユニバーサル・ベーシックインカムよりユニバーサル・ベーシック・コンピューティングというサム・アルトマンの方向転換が本格化するかもしれません。
しかし、それではまさにUBIがAIのための「トロイの木馬」と化しているわけで、テック系以外のUBI支持者の期待とは合致しないでしょう。貧困の少ない世界を実現するための効果的なツールとしてのベーシックインカムに焦点を当てるべきであり、AIが我々の仕事を奪うという恐怖を広める観測とは完全に手を切るべきと訴える「人工知能はベーシックインカムの論拠にならない」というVoxの記事もそのあたりを危惧するものです。
OpenResearchの調査結果を踏まえて書かれたノア・スミスの「そう、我々はまだ働かなければなりません」の結論部分は、AIによる失業がすぐ目の前という恐怖駆動のUBI推進に対する戒めにも思えます。
個人的には、無条件の現金給付というアイデアが好きだ。他の福祉よりも優れている点が多い。管理しやすいし、手続きも簡単だし、逆インセンティブも比較的無縁なので、広く普及する可能性がある。ぼくは児童税額控除を支持したが、これは近い将来、連邦政府のベーシックインカムにもっとも近いものになるだろう。
しかし同時に、UBIをめぐる知的文化は、少し奇妙だし機能不全に陥っていると思う。IQが130未満の人間は経済的に使い物にならない、あるいは近いうちにそうなると考える金持ちのオタクと、中産階級の一般向けの仕事は自分たちよりも下な気になっている、下層に落ちそうな無駄に高学歴なエリートが奇妙な同盟を結んでいるように見えるのだ。
いずれの態度も、ぼくにはあまり意味があると思えない。労働者のいない世界という夢も、労働から解放された世界という夢も、現時点では特に役には立たない。人間の労働には依然として信じられないほど価値があり、人間の労働者をより有能にする方法を見つけ出すことこそが、未だほとんどの価値を生み出す方法なのだ。そしてだからこそ、我々は人間の労働にもっと報いることに政策を集中すべきだし、大半の人間は見せかけのペットとして暮らすほうがマシと主張する経済哲学には警戒すべきなのだ。
ここに至って、テック・オリガルヒと(コンサルタント、弁護士、官僚、医師、大学教員、ジャーナリスト、アーティストなどの)有識者が手を組んだ支配体制の下での中産階級のデジタル農奴化を論じる『新しい封建制がやってくる グローバル中流階級への警告』を書いたジョエル・コトキンが、進歩的な左派からもテック・オリガルヒからも支持されるUBIについて、『共産党宣言』における「プロレタリアの施し袋」といった表現まで引き合いに出しながら、(ノア・スミスも指摘している)人間の有用性に対する悲観的な見方を前提とする「オリガルヒ的社会主義」が労働者から社会的上昇と主体性を奪うことを理由に強硬に批判する「ユニバーサル・ベーシックインカムに進歩性はない」という文章を2022年に書いた理由が見えてきたように思います。
そして個人的に思い出すのは、ニコラス・カーが『オートメーション・バカ』で、ロバート・フロストの詩「草刈り」を引いた上で書く、労働とは物事を成し遂げる手段以上のものであり、それは思索の一形態であり、世界を直接見ることであり、「われわれをわれわれたらしめているのは労働という「手段」なのである」という宣言だったりします。
一方で、ワタシ自身がUBIのアイデアに歳を取るごとに融和的になったのは、AIにより人間の仕事が奪われるという見通しも大きいですが、「労働からの解放」に魅力を感じるからなのは間違いなく、そうか、まだまだ働かなければならないのか、と内心残念に思ってしまうというのが正直なところだったりします。
最後に与太を書いておくと、ノア・スミスは「アメリカ人は嫌な仕事に囚われており、ベーシックインカムによってそこから解放される必要がある」という主張を数字とともに退けていますが、そうした意味では、世界で一番仕事が嫌いで会社を憎んでいる日本人は、実はもっともUBIと親和性がある国民なのではと思ったりします。OpenResearchが日本支部を設け、ベーシックインカムの大規模実験を日本でこそやってみるべき、と誰かサム・アルトマンを口説くと良いかもしれません。
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登録はこちら雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。