作品の解釈に明確な正解は存在しない
研究開発のネタをアート/デザインの現場から探る(No.1)
2024.11.07
Updated by Masayo Yaso on November 7, 2024, 15:28 pm JST
2024.11.07
Updated by Masayo Yaso on November 7, 2024, 15:28 pm JST
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(山口周著、光文社、2017年)の発行を嚆矢として、ビジネスシーン、特に新規事業開発領域において、「デザイン思考」や「アート思考」という言葉が盛んに取り上げられるようになりました。これはI T業界で跳梁跋扈する陳腐化しやすいバズワードとは異なり、極めて本質的な議論に私たちを誘ってくれると同時に、研究開発のネタ探しとしてもとても有効な手段であると考えられます。
この連載では今後毎月1箇所ほどのペースで「エンジニアが出かけるべきミュージアム」をご紹介していく予定ですが、それに先立って「なぜエンジニアがミュージアムに出かけるべきなのか」を簡単に解説します。
アートの面白さは、今まで感知しえなかったものを教えてくれるところです。金沢21世紀美術館をはじめ、数々の美術館の館長を務めた秋元雄史氏は、著書『アート思考――ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法』にて、アーティストを「炭鉱のカナリア」に喩えています。秋元氏は「彼らはまだ多くの人が見えていないものをいち早くその目で見て、聞こえていないことを聞きながら、言語としては表現しようのないものを形やイメージに置き換えて伝えている」と言います。
アーティストは、世の中の変化を敏感に察して、アート作品を介して問うてきます。つまり、アート作品の元となったテーマを紐解けば、先端を行く研究開発のネタにも応用できるのでは、と考えられるのです。
瀬戸内海に浮かぶ小島である犬島に、犬島精錬所美術館があります。ここは1909年から10年間のみ操業していた銅製錬所の遺構を、保存・再生してつくられた、建築とアートが絶妙に融合した美術館です。日本の近代化産業遺産の中に、日本の近代化に警鐘を鳴らした小説家・三島由紀夫をモチーフとしたアート作品が展示されています。また、高くそびえる煙突と太陽光により空気の流れを生み出し換気したり、電気を使用せず自然光を鏡で反射させて照明にしたり、来館者の排泄物を周辺の植物に供給したりしています。近代化の残したものと、これからの未来を考えさせられる美術館です。
ここまでの説明で、「はいはい、サステナビリティってやつね」と思う方も多いでしょう。2015年9月の国連サミットで「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されて以降、官も民も「サステナビリティ」がブームになっていますが、この犬島精錬所美術館は、世間が「サステナビリティ」を声高に言い始める前の2008年に開館。しかも着想はなんと1995年。つまり今から30年近く前から推進されたプロジェクトなのです。もちろん当時から近代化と環境の問題は注目テーマの1つだったでしょうが、ここまで時代が犬島精錬所美術館のコンセプトに沿ってくるとは、なんと先見の明があることか。このように、アート作品には未来の予兆が潜んでいるのです。
さて、ここまで「アート」について語ってきましたが、連載タイトルにある「デザイン」の方はどうなのか。ここで1つ解決しなくてはならないのが、「アートとデザイン、何が違うの?」問題です。これについて質問されることがよくあるのですが、私の結論は、「境界はハッキリしないから、あまり気にしないで良い」です。
アートはアーティストの個人の心象の発露であり表現である一方、デザインは誰かのためになされる計算可能な定義、という説明が、アートとデザインの違いに対する一般的な解答でしょう。しかし、そのような分け方ではくくれない作品は多々あり、近年では特に境界は揺らいできています。
先の秋元氏は「デザイン思考がユーザーにとっての最適解を得るための課題解決型の思考であるのに対して、アート思考はそもそも何が課題なのかという問題をつくり出し、何が問題なのか、といった問いから始めるのが特徴」と述べつつ、「問題を解決することから問題を提起するデザインが提唱され始めている」としています。つまり両思考の境界定義は明文化できるものの、実際の作品はその境界が曖昧になりつつある、と言えるでしょう。
アート/デザインの専門家の方ならば、それぞれを区別する必要性が求められることもあるでしょう。しかし、あくまで研究開発のネタ探しのために鑑賞する私たちの立場としては「領域に囚われず問題提起しているもの見る」スタンスの方が、多様な作品・人物に出会えるからよいと、私は考えます。そのため、本連載ではアートおよびデザイン双方から、研究開発のネタを探しにいきます。
まず、問題提起してくれる作品たちと、どこで出会えるのでしょう?手っ取り早いのは、「最新のアート/デザインを紹介してくれるところに行くこと」です。アート業界だと、コンテンポラリーアートと言われる分野で、一般的には現代アートと称されます。「最新のアート/デザイン」にこだわる理由は、テーマの鮮度が高いのはいわずもがな、制作者が生存している、もしくは自分と同時代を生きたことがあるため、作品背景を汲み取りやすいためです。
ちなみに「現代アート」というと、「ピカソですか?」と言われることが(少なくとも私は)多々あるのですが、ピカソはどちらかというと現代の少し前、近代美術です。もちろん、近代美術にも問題提起型作品はあります。が、何せ今より過去であるため、いささか時代背景や美術史知識を身につけないと解釈しづらい作品も多いです。そのため、とっかかりとして、わりきって同時代感覚で解釈しやすい最新のアート/デザインに照準を定めることをおすすめします。
最新のアート/デザインに出会える施設としては、例えば東京エリアだと、東京都現代美術館、森美術館、21_21 DESIGN SIGHTあたりがメジャーです。(他にも挙げたらキリがないので、連載の中でご紹介します!)
次に鑑賞にあたっての心得です。最低限必要なのは、作品の解釈に対し、言語的に明確な正解を求めない姿勢です。特にアートに関しては、それが強く言えます。現代のボキャブラリーでは説明しえなかったり、多義性を持ったりするため、一問一答クイズ的な解説が難しいことがあるのです。(明確な解が無い中、自分でああでもないこうでもない、と考えて、思考の海に潜るのが私はとっても楽しいのですが)
その姿勢をもって、アート/デザイン作品に対峙した時、誰の説明なくとも合点がいったり、「言葉にできないけど、ものすごく心に響いた。私の心が動いたのはなぜだろう。」と思えたら、しめたものです。自分なりの作品解釈ができているという兆候です。とはいえ、ぶっちゃけ全く理解できないこともあるでしょう。作品説明文を読んでもなかなかピンとこない。ご心配なく。私にもままあることです。ただ、そこで理解する努力を放棄しては何も進まない。ということで、私の場合は次のアプローチを取ります。
「When:いつ、どのような時代背景で」「Where:どこで、何が起きた場所で」「Who:だれが、だれを、だれのために」「What:何を、何のために」「Why:なぜ、動機は何か」「How:どのように(作品素材、プロセス、共同制作者など)」という観点から、作品の特徴的な部分を抽出します。
作品を分解して理解したら、それをもっと抽象的なクラスで認識してみます。例えば、作品素材に「ガラス」が使われていたとして、「透明」「光をあてるとキラキラする」などと考えます。いわゆる連想ゲームです。自分の記憶の引き出しからガチャガチャ開けながら、紐づけられる経験や知識のかけらを探します。そうすると、今までと異なる視点で作品を見られる場合があります。
誰かとおしゃべり(対話)しながら鑑賞するのも、大変おすすめです。作品解釈に正解はないので、くだらないことも忌憚なく言える間柄の人が一緒だと、なおよしです。先入観がなく直感で感想を言ってくれる子どもが実は良きパートナーになったりしますから面白いですよ。
そもそも、緊張して頭ガチガチだと脳みそが動きません。お好きな方はあらかじめアルコールを(周囲に迷惑にならない程度に)ひっかけて鑑賞ください。
こんなアプローチをとっても、理解できないときはできないです。それは仕方がないこと。例えば美術館の企画展に行って、すべての作品を心から理解することは難しいです。「その中で1つだけ自分のお気に入りができればラッキー」くらいの心持ちで、気軽に鑑賞しましょう。理解できないからといって、自分自身や作品自体を貶めることなく、「いつかわかるといいな」と記憶の底に大切にしまってもらえれば、と思います。
『アート思考――ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法』
著者:秋元雄史
出版社:プレジデント社
発売日:2019/10/31
『直島 瀬戸内アートの楽園』
著者:福武總一郎 安藤忠雄 ほか
出版社:新潮社
発売日:2011/8/31
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情報技術開発株式会社 経営企画部・マネージャー
早稲田大学第一文学部美術史学専修卒、早稲田大学大学院経営管理研究科(Waseda Business School)にてMBA取得。技術調査部門や新規事業チーム、マーケティング・プロモーション企画職などを経て、現職。2024年4月より「シュレディンガーの水曜日」編集長を兼務。