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徳島県神山町はいかにして「地方創生の聖地」になったのか(神山町サテライトオフィスレポート)

2019.10.01

Updated by Takeo Inoue on October 1, 2019, 10:00 am UTC

徳島県神山町は、全国で地方創生に関わる仕事をしている者にとって、ある意味では「聖地」のような場所である。地方創生のロールモデルとしてたびたびメディアでも取り上げられ、多くの視察者訪れ、そして移住者が集ってくる。まさに「人が人を呼ぶ町」になっているのだ。この10年間で神山町は何か変わったのか? ここでは最先端の過疎地・神山につくられた施設について紹介しよう。

10年前から効果が表れ始めた消滅可能性地域、徳島・神山の再生

徳島市街から国道438号線をクルマで約1時間弱ほど走ると、山間の牧歌的な風景が目に飛び込んでくる。長いトンネルを抜けると、そこは1000m級の山に囲まれた神山町だ。街道に沿って、神山町が誇る清流、鮎喰川が流れている。こういうと少し失礼な表現かもしれないが、やはり最初は「なんの変哲もない、のどかな田舎町」にやってきたという印象を持った。

神山町は1955年に周辺の5つの村が合併し、人口2万人の町としてスタートした。しかし年を追うごとに人口が減り続け、当初の約4分の1にまでなってしまった。そしてついに限界集落のレッテルを張られてしまった。ところが、この10年間で多様なスキルを持った若者たちが続々と移住するようになり、さまざまなプロジェクトが立ち上がっている。さらに東京や大阪のITベンチャーも新たな働き方を模索して、サテライトオフィスを開くようになったのだ。2010年以降から数えて、すでに計16社の企業が神山に集積している。

では、なぜ徳島の片田舎にもかかわらず、これほどITベンチャーや若者が神山に吸い寄せられるのだろうか?

もともと神山町では、2005年9月に町内全域が光ファイバーで敷設されることになり、これが1つの契機になったことは間違いないだろう。が、他にも大きな理由があるのだ。

詳しくは別稿の「創生する未来"人"」で、神山の創生に尽力してきたNPO法人グリーンバレーの大南信也氏に話を伺ったので、そちらに譲りたい。本稿では神山のITベンチャーや施設について、ざっくりとご紹介していこう。

初めてサテライトオフィスを作ったSansanとプラットイーズの取り組み

現在、神山にサテライトオフィスがある企業は下の表の通りだ。

先ごろ東証マザーズに上場を果たした、名刺管理サービスの「Sansan」(本社・東京)が2010年に初めて拠点を設けたことを皮切りに、「ダンクソフト」(本社・東京)や、「キネトスコープ社」(本社・大阪)など、業界で名の知れた企業が続々とサテライトオフィスを置くようになった。

▲神山町に最初にやってきたITベンチャー、Sansanのサテライトオフィス。ハンモックや牛小屋がある古民家が印象的だ。(写真提供:SanSan)

ちなみにSansanは、この神山の取り組みによって、多様化する新しい働き方が大きく報道され、2012年に日本テレワーク協会主催の「第12回テレワーク推進賞 優秀賞」も受賞している。

Sansanのほかにも、神山にやってきた企業で、全国の視察者が必ず訪れる名物のようなサテライトオフィスがある。それが「プラットイーズ」と「えんがわ」だ。東京に本社を置く番組情報の編集・配信会社のプラットイーズは、かねてから災害などのいざという非常時に備えて、本社機能を分散しようと考えていた。そこで目を付けたのが神山町だった。

2013年に同社は、築90年の古民家を改修したオフィスを開設した。その外観は漆黒に塗られ、一見するとオフィスには見えない瀟洒なつくりだ。1階は全面ガラス張りになっており、その四方には縁側が飛び出しているため「えんがわオフィス」と呼ばれているそうだ。

▲プラットイーズがサテライトオフィスとして神山町に設置した「えんがわオフィス」。1階は全面ガラスのオープンな環境で、四方の広い縁側が特徴だ。

実はプラットイーズでは、このサテライトオフィス開設前に、4K/8K映像のコンテンツを制作する新会社として、えんがわを設立し、ここに本社を置いた。さらにプラットイーズとえんがわは、神山町で人材採用を始め、地元雇用の受け皿にもなっている。現在、両社で23名が働いているが、町内の在住者は13人もいるという。

▲えんがわオフィスの内部。ここでプラットーイズとえんがわの社員が働いている。神山町に在住している社員は約半数で、現地採用の受け皿にもなっているという。

人が人を呼ぶ! 新しい働き方を体験できる滞在拠点とインキュベーション施設

えんがわを設立したプラットイーズは、さらなる試みとして、サテライトオフィスやテレワークに興味のある企業向けに、新しい働き方を体験できる滞在拠点になる宿もつくることにした。それが2015年7月にオープンした「WEEK神山」である。

▲神山町の滞在拠点になる宿「WEEK神山」の母屋にあたるフロント・食堂棟。横に2階建ての宿泊棟があり、一泊7500円から宿泊できる。

このWEEK神山を運営する別会社の「神山神領」は、発起人のプラットーイズだけでなく、神山の住人や町、団体なども出資していることが重要なポイントだ。つまり神山町に拠点を置いた企業が、地元住民と共に町の将来につながる施設を作りあげたのだ。

WEEK 神山は、古民家を利用した母屋のフロント・食堂棟と、2階建ての宿泊棟で構成される。特に宿泊棟(全8室、最大24名、7500円〜)の2Fから眺める鮎喰川の眺めは本当に最高だ。清流のせせらぎや里山の四季を身体で感じながら、全国から神山に視察や研修に来た人々がリラックスして寛げる宿泊施設になっている。

▲WEEK神山の宿泊棟からの眺めは最高だ。眼下に清らかな鮎喰川が流れ、四季折々の美し景色が目に飛び込んでくる。こういう環境で心もリフレッシュできるだろう。

もう1つ神山にとって重要な拠点がある。このWEEK 神山の道を隔てた向かい側にある白い建屋、「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」(以下、コンプレックス)だ。ここは以前は縫製工場だったが、ITスタートアップの誘致を加速させる目的で、2013年にNPO法人のグリーンバレーが音頭をとり、コワーキングが可能なインキュベーション施設に改修したものだ。

▲グリーンバレーが運営するインキュベーション施設「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」。最重要拠点として、すでに15社の企業や団体が常駐している。

サテライトオフィスに興味があっても、いきなり神山に来る決断ができる企業はそう多くはないだろう。そこで、コンプレックスをお試しで使ってもらい、まずは手ごたえを感じてもらえればよいと考えたわけだ。この施設は619平方メートルという広さを活かし、イベントなどが行える多目的コワーキングスペースや、テレビ会議が可能な会議室、専用の打合せスペース、共同のキッチンやシャワールームなどが備えられている。

▲コンプレックスの内部。広い多目的コワーキングスペース。賃料はフリーアドレス制で月額7500円、固定席で1万5000円、また4畳半の常駐スペースは3万5000円ほど。

また2016年には、レーザーカッターや3Dプリンター、電子ミシンなどの最新デジタル工作機械を導入したファブラボの「神山メーカースペース」もコンプレックス内に併設された。ここに入居している企業だけでなく、地元の小・中・高校の生徒などもモノづくりの楽しさを学んでいるそうだ。

▲コンプレックス内に併設されているファブラボの「神山メーカースペース」。レーザーカッターや3Dプリンターなどの機械が用意され、誰でも研修を受けて利用できる。

 

地方創生を成功させるには、民間が主導することが大きなポイント

いまコンプレックスには多くの企業・団体が常駐している。たとえば、前出のダンクソフトや、高齢者向け配食サポートサービスを行う代官山ワークス(本社・東京)、スマホアプリの開発も行うPR/広告代理店のナンバーエイト(徳島市)、徳島大学などのオフィスがある。企業スペースは4畳半ほどの広さだが、賃料も非常に安く、月額3万円ほどで済むそうだ。

▲常駐スペースその1。徳島大学サテライトオフィス「神山学舎」。その奥には、2番目に神山にやってきたITベンチャーのダンクソフトが常駐している。

実は3年前から徳島県庁もコンプレックス内に神山駐在所を置いている。ここにサテライトオフィスを設置し、テレビ会議やWeb会議を活用したテレワークを自ら実践しているわけだ。徳島県では、全国屈指の高速インターネット環境を誇る県として、東日本大震災直後から首都圏一極集中のリスクを分散させるべく、サテライトオフィスを積極的に推進してきた。

▲常駐スペースその2。コンプレックス内には徳島県庁も神山駐在所を開設。その横には、東京の代官山ワークス、徳島市内のナンバーエイトといった企業も常駐。

「ピンチをチャンスに!」を掲げた活動には、並々ならぬ意気込みが感じられる。サテライトオフィスに張られた「徳島は宣言する VS 東京」というポスターを見ても、地方創生にかける本気度が伝わってくるだろう。「どこで踊ったって、ほれが阿波おどりじゃね」「ゼニのないヤツぁ俺ンとこへ来い。が、ホンマにある町」といった秀逸なキャッチコピーが目に飛び込んでくる。

▲印象的だった徳島県庁のポスター。県庁は数年前から「とくしまサテライトオフィスプロジェクト」を推進しているが、情報発信のアプローチが上手いと感じた。

実際に地域・NPO・企業・行政が一体となり、数年前から「とくしまサテライトオフィスプロジェクト」をスタートさせ、Webなどで戦略的に情報を発信中だ。神山町のみならず、にし阿波地域(美馬市・三好市・東みよし町・つるぎ町)や、サーフィンで有名な美波町といった地域が、特色を活かしながらサテライトオフィスの誘致に成功している。すでに徳島県では、13市町村に65社が進出しているそうだ。

地方創生のロールモデルとして、全国区に躍り出た徳島県。コンプレックス内の神山駐在所で働く職員の方に、地方創生の成功につながるヒントを頂いたので、それを最後の締めの言葉としてご紹介したい。

「地方創生は、県が主体で進めるのではなく、民間が主導することが成功のポイントになると思います。自治体は民間に寄り添って最小限の支援をしていくほうが本当は良いのです。100%お膳立てした状態では、企業も自分事として考えられなくなりますし、自由にやれません。やはり産学民官が協力し、知恵を絞り合い、織物を紡ぐように作りあげねばなりません。鋼1本で地域を盛り立てることは難しいのです」

いま全国には、なんとか地域を元気にしようとして、四苦八苦している自治体も多いだろう。多くの予算を計上し、潤沢に助成金を出したとしても、成功するとは限らない。地域に根付かず、一過性の企業誘致で失敗してしまうケースもあるのだ。そのような中で、やはり徳島県神山町のアプローチは大いに参考になるのではないだろうか。

(執筆&写真:フリーライター 井上猛雄 編集:杉田研人 監修:伊嶋謙二)

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井上 猛雄 (いのうえ・たけお)

東京電機大学工学部卒業。産業用ロボットメーカーの研究所にて、サーボモーターやセンサーなどの研究開発に4年ほど携わる。その後、株式会社アスキー入社。週刊アスキー編集部、副編集長などを経て、2002年にフリーランスライターとして独立。おもにIT、ネットワーク、エンタープライズ、ロボット分野を中心に、Webや雑誌で記事を執筆。主な著書は「災害とロボット」(オーム社)、「キカイはどこまで人の代わりができるか?」(SBクリエイティブ)などがある。