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10人に1人が認知症をもつ時代、人類の基本動作である「農」が危険な2分法を回避する

2025.05.12

Updated by Tsuyoshi Okamura on May 12, 2025, 10:38 am JST

※当記事はModern Times 2022年8月に公開された記事の再掲載です。

10人に1人が認知症をもつ時代のイノベーション

21世紀の半ばには高齢者(65歳以上の人)は人口の40%を超え、認知症をもつ人は1,000万人前後と推計されている。そのころ人口は1億人を下回っているのであるから、日本人の10人に1人は認知症をもつ可能性がある。医学の発展と、世界水準から見れば非常に安価で平等な医療保険制度が、日本の健康長寿社会を支えている。素晴らしいことであるが、物事には両面があり、増え続ける認知症の人のケアについてもイノベーションが必要だろう。それは「IT革命」「DX革命」のような、quantum leap(量子跳躍、転じて劇的な進化)であるだろう。そして、私たちは新しい認知症ケアを開発している!

とさんざん煽ってみたが、皆さんは、じゃあ私が何を開発しているのか気になったであろうか? ロボット? 人工知能?

いやいや、1周回って、そういうのはもう古い。センセーショナルな報道はされているのかもしれないが、科学者の立場から見ればきちんとしたエビデンスがなさすぎる。あれらはまだ Wizard-of-Oz と大差ないように(私には)思える。

もっと地に足の着いたエビデンスのある新しい認知症ケアの一つとして、「農」を紹介しよう。

塗り絵やカラオケのほかにもしたいことがあるのでは?

もしあなたが認知症をもち、症状もだいぶ進んで、日々の生活が難しくなってきたとする。ご家族はいない、あるいはとても忙しく充実して働いているという設定である。あなたは、毎日デイサービスに通いながら在宅で頑張るか、高齢者住宅等への入居などが選択肢になるだろう。ここではあえて現実的に考えることにしよう。絶対に施設は悪だとか、そういう原理主義的思考は置いておこう。そこであなたはどういった体験をするのだろうか?

さて認知症の人は、我が国では結構大事にケアされる。お絵描き、塗り絵、投げ輪、カラオケ、風船ボール遊び、など安全で工夫を凝らしたアクティビティが提供される。ここで声を大にして言いたいが、こうしたケアをしてくれる作業療法士等のスタッフは少ない人員の中で本当に真面目に取り組んでいるし、認知症をもつ高齢者は朗らかで優しい方ばかりではなく嫌な思いも時にするだろうから、私は心から尊敬している。

しかし、である。本当にこのような活動が、私たちが老いて弱ったときにしたい活動なのだろうか? 大地の上で、美しい自然の中で、農作物を育てるというのはどうだろうか、というのが私たちの提案だ。

人類の基本動作である「農作業」がケアに可能性をもたらす

実は農を用いたケアは諸外国ではケアファームと呼ばれ、特にオランダで盛んにおこなわれている。発達障碍、長期失業、薬物依存、精神疾患、そして高齢や認知症といった様々な課題を抱える人がリカバリーを目指して農園で活動しており、ケアファームで生計を立てている事業者が1,000以上あるとされる。

わが国では近年発達障碍をもつ人が、企業の運営する農業事業所で働くという契機で盛んになっている。これは企業側にも障碍をもつ人の雇用率が向上するというメリットがある。もちろん光があれば影もあるが、ここでは触れないでおく。しかし、高齢者のケアへの応用はまだ始まったばかりである。

考えてみれば、農作業はわれわれ現生人類にとって最も馴染みのある基本動作であったのではないか? 農作業には、自然を楽しむ、仲間と交流する、適度な運動をする、命を慈しむ、収穫を楽しむといった喜びがある。大きな可能性があるのではないだろうか?

人類が農作業を始めたころ、定住、国家、計量と貨幣、といった私たち人類の基本ツールが出来上がったことは間違いないだろう。それが不幸の始まりだという原罪論のような極端な議論もあるが、確実に言えることは、我々は1万年以上農を営んでおり、それは我々を徐々に飢えから解放してくれたということだ。だから私たちは美しい田畑を見ると、心が穏やかになるのだ。

従来のデイケアよりもQOLが向上する可能性

我々は新潟県上越市で、2016年から「農」を用いたケアを展開してきた。誤解しないでいただきたいが、これはあくまで自由参加であり、農作物を作ることが目的なのではなく、人生を楽しむことが目的である。週に1回程度、30分もすれば十分であり、田畑にいって単に休んでいてもよい。これまでプログラム開発、ウェルビーイングの向上、認知機能の向上、統合失調症の人の生活の張りになること、そして従来のデイケアよりもQOLが向上する可能性といったエビデンスを論文にしてきた。

高齢者を対象にした農福連携の展開を考えるとき、農家の人手不足とマッチさせて労働力として活躍してもらう(就労モデル)、共有地での市民農園のような形(地域モデル)、デイケアなどの活動メニュー(デイケアモデル)、施設入居者向けの活動(施設モデル)、入院患者向けの活動(病院モデル)などが考えられるだろう。

少なくとも私が臨床で対象としている高齢者は、労働力としては計算しにくいことから、就労モデルは厳しいのではないか、つまりあまり市場に任せると「市場の失敗」が起こるのではないかと思う。あくまで「ケア」で行くべきなのではないか。いま私たちは病院内を緑でいっぱいにするプロジェクト(グリーンケアホスピタル)を行っている。

我が国のケアファームはどこに向かうのか

私はあくまで社会医学の研究者であり、研究以上のことに関わることにはとても慎重にしている。「農福連携」はなかなか難しいところがある。そもそも厚生労働省と農林水産省にまたがっている。どこを向いて語るべきなのか、農家なのか、当事者なのか、家族なのか、事業者なのか、地域なのか。考え方も、ケアなのか、地域づくりなのか、予防なのか、防災なのか、自給率向上なのか、国土強靭化なのか、様々である。

あくまで私見であるが、都市部での展開が今後起こることは確かだろう。日本では都市への人口流入が続いており、世界的にも都市化が進んでいる。国連によると、今世紀半ばには人口の7割が都市に住むという。都市部では多くの人が住むが故に、孤独が問題になる。大自然の中でぽつんと一軒家に住んでいる人は孤独ではないのだ。都市部で自分だけが友人も知人もいないと思った時が、真の孤独である。都市部では、「車が運転できないのにファームまでどうやって行けばよいのか?」という地方における重大な障壁はない。歩いていけばよいのだ。また農作業やガーデニングは、(広い庭を持っている)恵まれた人の趣味であることから、人々の憧憬が大きい。一方、農業技術を持つ人は少ないことが障壁だろう。都市の農家が協力してくれるとよいのではないか。既に我々は東京都板橋区に都市型ケアファームを設置し、QOLが向上することを論文化している。

農においては、人はみな平等である

農を用いたケアの効果は、空気が気持ちがよいとか、収穫物が美味しいとか、そういった次元にとどまらない。ケアにおいて、私はケアを受ける人、あなたはケアを提供する人、という2分法は、虐待やバーンアウト(燃え尽き症候群)につながるが、農においては、人はみな平等である。みんなで仲良くやらないとうまくいかない。作物種から芽が出て大きく育っていくが(考えてみれば不思議なものだ)、それは自然の恵みであり、人間の力ではない。自分も自然の一部である、自分の力を超えた大きな存在があるのだと自然に感じることができる。死はもはや怖くないだろう。

オランダではケアファームを中心にしたグループホームが出現している。年をとったら、大自然の中で活動し、最期は畑の中で旅立てたら(サン・テグジュペリの『人間の土地』にそのような記載があったように記憶しているが)、それはよい人生であろう。

参考文献
1)新名正弥、宇良千秋、岡村毅、矢冨直美、山崎幸子、髙橋正彦.オランダにおけるケア・ファーミング:農作を認知症ケアに応用するための要件.日本認知症ケア学会誌2020; 18(4): 855-861
2)宇良千秋、岡村毅、山崎幸子、石黒太一、井部真澄、宮﨑眞也、鳥島佳祐、川室優.認知機能障害をもつ高齢者の社会的包摂の実現に向けた農業ケアの開発;稲作を中心としたプログラムのフィージビリティの検討.老年医学雑誌2018年55巻1号https://doi.org/10.3143/geriatrics.55.106
3)Ura C, Okamura T, Yamazaki S, et al. Rice-farming care for the elderly people with cognitive impairment in Japan: a case series. Int J Geriatr Psychiatry. 2018;33(2):435-437. doi:10.1002/gps.4760
4)Yamazaki S, Ura C, Okamura T, et al. Long-term effects of rice-farming care on cognitive function and mental health of elderly people with cognitive impairment: a follow-up study. Psychogeriatrics. 2019;19(5):513-515. doi:10.1111/psyg.12409
5)Okamura T, Ura C, Yamazaki S, Shimmei M, Torishima K, Kawamuro Y. Green care farm as a new tool for inclusion of older people with various challenges in the super-aged community. Int J Geriatr Psychiatry. 2019;34(5):777-778. doi:10.1002/gps.5069
6)Ura C, Okamura T, Yamazaki S, et al. Rice farming care as a novel method of green care farm in East Asian context: an implementation research. BMC Geriatr. 2021;21(1):237. Published 2021 Apr 9. doi:10.1186/s12877-021-02181-2
7)Okamura T, Ura C, Taga T, Yanagisawa C, Yamazaki S, Shimmei M. Green care farms in urban settings as a new paradigm for dementia care. Psychogeriatrics. 2021;21(5):852-853. doi:10.1111/psyg.12748
8)Ura C, Okamura T, Taga T, Yanagisawa C, Yamazaki S, Shimmei M. Living for the city: Feasibility study of a dementia-friendly care farm in an urban area. Int J Geriatr Psychiatry. In press

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岡村 毅(おかむら・つよし)

1977年米国生まれ、2002年東京大学医学部を卒業し医師免許取得。東京大学大学院にて医学博士取得。精神神経学会専門医・指導医、老年精神医学会専門医・指導医、精神保健指定医の資格を持つ。東京大学医学部助教を経て、現在は東京都健康長寿医療センター研究所研究副部長として高齢者のメンタルヘルスの研究に従事する。上智大学グリーフケア研究所非常勤講師、東京大学非常勤講師、大正大学地域構想研究所非常勤所員を兼務する。またNPO法人ふるさとの会の顧問として、ホームレス支援に従事する。

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