Realizing a human-centric society through the co-creation of Physical AI.
July 24, 2026
WirelessWire & Schrodinger's編集部 WirelessWire & Schrodinger's編集部
フィジカルAIは「ロボットを賢く動かす技術」にはとどまらない。現場を正確に認識し、人やロボットの行動につなげることで、労働力不足という社会課題を解決するための手段でもある。KDDI総合研究所では、異常検知をはじめとするAI技術に加え、通信ネットワーク、ドローン、そして6000万台を超えるIoTデバイスなどのKDDIグループのアセットを組み合わせながら社会実装を進めていく。
「KDDI総合研究所のフィジカルAI(前編)」 の異常検知技術の開発、実装に続いて、後編ではKDDI総合研究所の黒川茂莉AI部門長に、その根底にある思想と、パートナリングによる共創戦略を聞いた。インタビューには、AI部門 マルチモーダル・モデリンググループの橋本慧志コアリサーチャーと、西村仁志コアリサーチャーにも参加してもらった。
黒川:フィジカルAIというと、ロボットをAIで動かすことを想像されるかもしれません。しかし私たちは、現場で何が起きているかを正確に認識するところからはじまり、人やロボットのアクションにつなげるAIだと考えています。
これは実は我々のような通信事業者にとってはとても自然なテーマです。通信は、人や情報を運ぶための労働力やコストを下げてきました。昔は飛脚が担っていた情報伝達も、電話やインターネットによって瞬時に、しかも低コストで行えるようになりました。ですから、人の行動を情報伝達へ置き換え、社会の負荷を下げることが、通信事業者の本質的な役割だと考えられるわけです。

そしてその次の課題は、ロボットやドローンを活用して現場へ赴き働く行為そのものの負荷を減らすことでしょう。人口減少による人手不足が進む中、その意義はますます大きくなっています。KDDIのネットワークには6000万台を超えるIoTデバイスがつながっており、その中には監視カメラもあります。こうしたネットワークを活用して現場を見守り、必要なときだけ人やロボットが動く世界を実現したい。その基盤技術の1つが、KDDI総合研究所が取り組んでいるフィジカルAIなのです。

黒川:フィジカルAIの取り組みで大事なことは、ロボットやドローンを動かして現場の負担を下げる前に、現場で起こっている状況を正しく認識する必要があることです。生成AIがこの数年で非常に賢くなったのは確かですが、現場の現在の状況をリアルタイムにセンシングし、学習しているわけではありません。ですから、現場の状況を別途与える必要があるのです。生成AIやエージェンティックAIはどんなに賢くとも、「デジタル空間」の中でパフォーマンスを発揮してくれるものです。それに比べるとフィジカルAIはいよいよ「実空間」が主役になってきた、現場の技術だ、ということなんです。
さらに現場には、ここで会話している人の表情や配置、周囲の環境、それらの変化など、さまざまな情報があります。これを正常か異常かという2つの分類で判断するだけでなく、ポジティブかネガティブか、社会的に見て健全か健全でないかなど、多様な評価軸で判断することもフィジカルの領域では必要です。そういった評価軸も含めて、フィジカルAIを導入する実証を進めています。
コンビニエンスストアのフィジカルAIというと、ロボットが品出しをすることが想像されますよね。しかし、ロボットがずっと繰り返し品出しだけをすることが必ずしもゴールではないと思うのです。ロボットが品出し作業をしているときにお客さまがいらっしゃったら、「この商品をお取りしましょうか」といった形で、場を作っていくこともフィジカルAIの役割の1つになっていくはずです。

また、危険性を認知することもフィジカルAIの役割です。そのためには現場で起きる状況を認識できなければいけません。何か危険が起きることを察知したら、人やロボットなど物理的に空間で作業している対象に伝えて回避できるようにします。そうした多彩な取り組みが組み合わさることで、スタッフの代わりに品出しをしたり、工場で働いたり、物資を届けたりというロボットが人間の負荷を減らしていく社会が構築できるのです。

黒川:具体的にAIとロボットの協働について考えてみましょう。コンビニの例では、店内全体を認識するAIが、ロボットの視野の狭さを補うことができます。まず、現場で何が起きているかを認識する必要があります。異常検知の効率的な手法や、学習のためのデータが不足する課題への対応については、前編で橋本さんが語ってくれたように、KDDI総合研究所の技術が解決への道筋をつけています。もう1つが、コンビニのようにお客さまなど人がいる状況でロボットが仕事をする際に、周囲の状況に合わせた振る舞いをする課題です。コンビニだけでなく、工場でも物流でも、人とロボットが共存する場合には同様の課題があります。
今の人型ロボットは、多くが頭や手首などにカメラを備えて、状況を把握しながら稼働します。すなわち手元だけを見て作業している状態です。ロボットの動作を制御するだけならそれでもいいのですが、店内の混雑状況やロボットの横にお客さまが来ているかはわかりません。そこでローソンの実証では、店内の状況を判断する店内カメラを用意しました。店内カメラの情報を、AIのビジョンランゲージモデル(視覚言語モデル、VLM)で認識・判断し、手元の作業をしているロボットのAIに指示を出せるようにしました。ロボットは、周囲の状況も理解しながら、作業ができるようになるのです。

この技術は、東京・高輪のKDDI本社ビル内のローソンで実証しました。エッジサーバーでVLMが動いて、カメラ情報から店内状況を認識します。お客さまが近くにいないときは緑のランプが点灯して、ロボットは品出しをします。人間がロボットに近づくと赤のランプが点灯して「何かお探しですか」と声をかけます。このように、現時点では判断している状況も動作もシンプルですが、今後はお客さまが子どもか大人かで動作を変えたり、人間の仕草から何を取りたいのかを判断して対応したりといったこともできるようになるでしょう。
さらに歩行や移動ができるロボットを使えば、商品の配置を変えることまで自動でできるようになります。店内を俯瞰しているカメラとVLMによる映像認識を組み合わせることで、コンビニの仕事の仕方が大きく変わる可能性があるのです。複数店舗で導入が進めば、棚割や動線、売れ行きのデータを共通して学習に使えるようになり、ロボットの動作や接客の精度も高められるでしょう。

黒川:私たちは、人間が本当にやりたくないことや、繰り返してやらなければならないことを、フィジカルAIに任せればいいと考えています。人手を要する反復作業については、フィジカルAIが担える部分も多いと考えています。商品の箱詰め作業が負担になっている現場があったとしたら、今後フィジカルAIの性能が高まってどんな商品でも握って箱詰めできるようになることで、人間とAIの協働が可能になると思います。うまく適材適所で人間とAIが補い合える世界を作りたいんです。実際には単純な繰り返しに見えている作業も、人間は少しずつ異なる状況に適応しながら処理しています。そうした知見をフィジカルAIが獲得していけば、任せられる領域は広がっていくでしょう。
実際、どのようなフィジカルAIが価値を提供できるかというと、2つの側面があると考えています。1つの側面が、人間のフィジカルな仕事としてお客さまとのインタフェースが残るならば、それ以外のバックヤードの処理をロボットやフィジカルAIが分担するという考えです。人間がおもてなしの価値を提供できるように、その他の作業をフィジカルAIに任せるわけです。そして次のステップが、日本の細やかなサービスを学び、躾られたフィジカルAIを海外に売り出すことです。日本のおもてなしやサービスは世界から評価されています。これを海外で提供できれば、大きな価値になると思います。
橋本:おもてなしAIは面白いかもしれません。海外にはチップ文化があり、定量的におもてなしを評価する手法に使えそうです。チップの金額を報酬系にして、AIが自ら行動を学習する強化学習を行えば、日本のおもてなしを評価しながら世界へ広めることができるかもしれません。
黒川:異常検知モデルの共同研究では、東京農工大学のヒヤリハットデータベースを使わせてもらいました。ドライブレコーダーの黎明期からの20年ほどのデータが蓄積されていて、どのぐらいのヒヤリハットなのか、車線から対向車がはみ出ているかなどを、KDDI総合研究所の技術で判断させてもらっています。フィジカルAIを社会実装していくためには、地道だけれどこうしたデータベースを作る取り組みを推進していかないといけないと感じています。
データを持っている企業などとパートナリングすることもあるでしょう。ドローンの場合は、グループ会社のKDDIスマートドローンが収集したデータがあります。こうしたデータを活用することで、フィジカルAIが社会実装できるような取り組みを進めていきます。
橋本:一般論ですが、研究所が開発した手法に対して、1割ほどがPoC(概念実証)に進めたら良いほうなのが普通です。しかしKDDI総合研究所のフィジカルAIの手法では、半数がPoCに進んでいます。
黒川:ヒヤリハットデータやプラントの異常データの蓄積や分析の経験を積み、防衛省が陸上自衛隊に向けたリモート警備システムにVLM基盤を採用するといった実績も生まれてきています。公開していないユースケースも含めると、すでにフィジカルAIをどのように適用したらいいかのナレッジがかなり蓄積されています。KDDI総合研究所が先端技術として「HOW」を提供し、現場の「WHAT」の要件を定義する人がいて、その間をKDDI本社のソリューション部隊がつなぐ、という万全の体制ができているんです。

西村:研究所だけでお客さまと対応するのではなく、KDDI本社がプロジェクトマネージャー(PM)としての役割を果たしてくれるのは重要ですね。PoCに進む判断などを、KDDIのナレッジに委ねることもできますから。
黒川:もちろんKDDI総合研究所も、閉じて実験室だけで研究しているわけではありません。KDDIの現場に近い部署と連携しながら、実際のデータを使って技術を育てています。現場からのフィードバックがあるからこそ、研究開発の方向性を正しく示せているのだと思います。
黒川: KDDIには全国につながるネットワークに加え、GPUクラウドや、基地局でエッジAI処理する仮想化基地局の技術もあります。AIを作る企業は多くありますが、どのデバイスで動かして、どのように通信して、どこで処理するかを含めてすべて設計、実装できる企業はさほど多くありません。フィジカルAIを社会実装していく要素をかなり持っているのです。それでも、実際のフィジカルAIは、現実社会の物理的な要件が関わるため、KDDIが1社で実現できるとは考えていません。パートナリングで、誰かと手を組む必要があります。
KDDIは、イノベーションリーダーズサミット実行委員会(後援:経済産業省)が発表した「有望スタートアップが選ぶ『イノベーティブ大企業ランキング』」で第1回から9年連続で1位を受賞しています。オープンイノベーションに強い会社として認められているのです。Win-Winの関係が作れるならば、選り好みせずに誰とでも組む柔軟な姿勢が評価されているようです。パートナリングして手を組むことに慣れている会社であり、契約から実装までがスムーズにできると感じています。
実はKDDI自身が、15社以上の通信事業者などが合併して出来上がった会社です。第二電電(DDI)、ケイディディ(KDD)、日本移動通信(IDO)の統合をはじめ、地域会社や関連通信事業者との合併を重ねてきました。要するに多様な文化を融合してきた企業なのです。それだけにKDDIでは「Fusion」という言葉をよく使います。これはフィジカルAIの社会実装にも通じるものだと思います。1社だけでは実現できないからこそ、多様な技術やパートナーの知見をFusionさせながら、フィジカルAIを社会に根付かせていきたいと考えています。
ぜひお気軽にお問い合わせいただければと思います。
KDDI総合研究所との連携研究にご興味のある方は下記からお問い合わせください。
https://www.kddi-research.jp/inquiry.html
KDDI総合研究所 AI部門長
黒川茂莉

ある分野で学習したAIモデルを、別の分野で性能出せるようにする、機械学習のリスキリングのような転移学習について、理論も含めた教科書として「転移学習(機械学習プロフェッショナルシリーズ)」(松井孝太、熊谷亘著、講談社)を紹介します。柔らかい本では「ドラえもん最新ひみつ道具大事典」(藤子・F・ 不二雄監修、イラスト、小学館)を時々見直して発想の参考にしています。以前、社外の人とこの本の内容で盛り上がって、どうやって実現するかの論文を書いたこともありますよ。
KDDI総合研究所 AI部門 マルチモーダル・モデリンググループ コアリサーチャー
橋本慧志
KDDI総合研究所 AI部門 マルチモーダル・モデリンググループ コアリサーチャー
西村仁志
