○前回に引き続き、米国のスマートフォン市場について概観する。北米のスマートフォンは誕生当初からパソコンとネットに強い関連性を持って発展してきた。「Web2.0」や「クラウド」の潮流と3Gにおける通信方式の共通化による「世界端末」が可能になったことで、市場は世界へと拡大し、新旧のプレイヤーが入り乱れて激しい競争を繰り広げている。
日本では2007年に発売されたiPhone以来、急速に注目を集めるようになったスマートフォンであるが、米国ではその前に長い歴史を持つ。
米国型スマートフォンとして最初に登場したのは、1998年、パーム・パイロットの流れをくむ電子手帳に音声モジュールを取り付けられるようにした「Handspring Visor」である1。カレンダー・アドレス帳といった「パーソナル情報(PIM)」をパソコンとつないで同期させることが必須の使い方であった。
2002年頃には、米国で「テキスト・メッセージ」が本格普及を始める。これは、「アメリカン・アイドル」という、テレビのスター登竜門番組が社会現象的な大人気となり、そのスポンサーであったAT&Tが、テキストメッセージによる視聴者投票を取り入れたことに端を発する。これをきっかけにAT&Tはテキストメッセージの普及キャンペーンを行った。
また同時にこの頃、業界団体が中心となって、主要キャリア同士でのテキストメッセージの相互接続と、ショートコード(電話番号でなく、5桁の番号を使って、投票や懸賞応募などを可能にする)の共通化を実施したため、テキストメッセージの利便性が大幅に向上した。このため、特に「アメリカン・アイドル」の主要視聴者層である「ティーン・若年層」を中心に、テキストメッセージが「クール」な文化として定着。この層のテキスト利用にターゲットを絞った、デンジャー社の「サイドキック」(詳細は北米編第二回参照)が登場した。(ただし、一般的に同端末はスマートフォンには分類されない。)
さらに、長い間「文字対応ページャー」であったブラックベリーが、2004年頃に主要キャリアの音声にも対応するようになる。ブラックベリーの特徴は「メール」であり、携帯専用メールアドレスでなく通常の電子メールを「プッシュ」形態で受信でき、またqwertyキーボードでテキストが打ちやすいために、弁護士やバンカーなど「即時連絡が必要」で、かつ「音声でなく、文書で連絡内容を残しておく必要性」の高いビジネスマンを中心に人気を得た。この頃から、ブラックベリーとパームの競争で、スマートフォンのセクターが年々倍の勢いで伸び始める。
2005年はちょうど、ネットの世界では「Web2.0」系のサービスが盛んに始まった時期で、ティーンの間ではMySpaceが人気となり、翌2006年にはFacebookが一般ユーザーに開放されるなど、SNSの人気が急速に高まった。スマートフォンは、これらのSNSに文章をアップロードするのに便利であり、さらにこの頃にはスマートフォンにもカメラが搭載されるようになり、写真をアップロードするのも容易になった。スマートフォン・ブームは、この「Web2.0」型サービスへの「アップロード」端末となったことにより本格化した、と筆者は考えている。
さらにその後、2007年にアップルがiPodの「電話・ネット対応版」としてのiPhoneを発売。それまでも、特にパームでは、対応ソフトが数多く提供されていたのだが、iPhoneではiTunes経由で、2ドル、3ドルといった少額のアプリをネット経由で販売することが容易にできたため、「アプリのダウンロード販売」市場が一気に拡大した。
2008年にはグーグルがAndroid OSをサポートし、最初の対応端末G1を発売した。Androidでは、グーグルのアカウントと結びついた各種の「クラウド」サービスが使いやすくなっており、「クラウド」と「広告掲載スペースの拡大」というグーグル的なモデルを実現している。
このように、スマートフォンは誕生当初から「パソコンおよびネット」との強い関連性を保って発達してきており、Web2.0以降、フェースブックに写真をアップしたり、ツイッターを利用するなど「Web2.0」的な使い方をされることが多く、さまざまな形で「クラウドへの出入口」としての性格を強めつつある。こうした性格は、ネットとは別の独立の世界として発展してきた日本のケータイとも、SMSを軸に発展してきた欧州型の携帯サービスとも異なっているが、ネットにおける「Web2.0」や「クラウド」の潮流の拡大と、3Gにおける方式共通化により「世界端末」が可能になったことなどから、日本や欧州にも徐々に広がりつつある。
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さて、ここまで見てきたスマートフォンの歴史の中に、モトローラやノキアといった「伝統的」な携帯端末メーカーは(AndroidなどのOSに対応した端末をこうしたメーカーが出している点を除き)流れを作り出すことができていない。また、カナダのメーカーであるブラックベリーのRIM以外、パーム、デンジャー、アップル、グーグルと、キープレイヤーはすべて、シリコンバレーを本拠とする会社である。マイクロソフト、ノキア、RIMなど、シリコンバレー外のプレイヤーでも、最近はシリコンバレーの拠点を拡大する動きが多い。
スマートフォンとは、「メール+ブラウザー+アプリ」というパソコンの世界を、「音声+SMS」という携帯電話の世界にどうやって押しこむか、というお題について、シリコンバレーを中心とする新興プレイヤーが、さまざまに試行錯誤と栄枯盛衰を繰り返して創り上げてきたものであり、そのサイクルはまだまだ流動的で、終わっていない。
端末としてはiPhoneだけがあまりに目立ち、またそのラインアップ拡大としてのiPadも人気を博しているために、アップルのひとり勝ちのように見えるが、それは全体の一部でしかない。
ブラックベリーは、フラット・スクリーンのiPhoneと比べてテキスト入力がしやすいこと、企業のメールサーバーに深く入り込んでいること、価格が比較的安くモデル数が多いことなどから、対応アプリの数は少ないながら、実際には世間では「メールと音声」中心のユーザーが大半であることもあり、引き続き大きなシェアを持ち、4月には新しいOS、Blackberry 6も発表している。同社は「通信キャリアをサポートする」という立場を明確にとることで、「アンチ・キャリア」的立場になりやすいアップルやグーグルに対抗する構えである。
一方シリコンバレーでは、アップルのアプリに関する支配が厳しすぎることへの開発者の反発や、「クラウド対応」という意味でiPhoneはやや遅れていることなどから、開発者や地元メディアのサポートが徐々にAndroidに流れつつある。HTC・モトローラに加え、最近ではサムスンが対応端末を発売しており、モデル数も増加しつつある。
退潮気味のマイクロソフトは新しいOS(WindowsPhone7)と新モデル(シャープ製のKinOne, KinTwo)を発表したが、これまでのところあまり大きな話題とはなっていない。一時の勢いを失っていたパームは、昨年満を持して発売したPreが不発に終わり、同じシリコンバレー内の老舗、HPに買収が決まっている。いずれも、まだまだスマートフォンへの挑戦をあきらめていない。
2000年代中盤の「日本型フォームファクター」で、従来型の携帯電話が一つの完成形に至った後、まだまだフィーチャーフォンに比べればシェアは小さく、その完成形は見えないながら、スマートフォンは「破壊的テクノロジー」として、携帯電話の「イノベーションのジレンマ」にチャレンジする立場にある。
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ENOTECH Consulting代表。NTT米国法人、および米国通信事業者にて事業開発担当の後、経営コンサルタントとして独立。著書に『パラダイス鎖国』がある。現在、シリコン・バレー在住。
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