○インドでは携帯電話ユーザーが増加する一方でARPUが減少しているため携帯電話キャリアは音声通話以外のサービスから収益を得ることに注力している。
○都市部と農村部のユーザーの携帯電話の使い方は大きく異なる。
インド編第一回でご紹介したように、インドの携帯電話ユーザーは爆発的な勢いで増加している。一方で、ARPUは減少傾向にある。
インドでは年間約9%程度の割合で、ARPUが減少している。2009年12月の場合、インドの携帯電話ユーザーの約8割を占めるGSMユーザーのARPUは144ルピー(1ルピー1.8円換算で約300円)、約2割を占めるCDMAユーザーのARPUは82ルピー(1ルピー1.8円換算で約147円)であった。(以下、ARPUに関するデータはREPORT ON MOBILE VAS IN INDIA: 2010 July (Internet & Mobile Association of India(IAMAI)) [PDF]による)
2006年12月のARPUが、GSMユーザーは316ルピー(1ルピー1.8円換算で約568円)、CDMAユーザーは196ルピー(1ルピー1.8円換算で約352円)であった。3年間で約40%ほどのARPUが減少しているのである。
ARPUの減少は、携帯電話キャリアの間の価格競争が理由の一つである。2008年から2009年にかけてインドでは激しい値引き競争があり、携帯電話各社の収益の18-19%が減少したと考えられている。
さらに、ARPUの減少は、携帯電話ユーザーが複数のSIMカードを所有していることも原因と考えられている。ユーザーは増える一方、異なるSIMカードを一つの携帯電話に入れて使用するため、SIMカード一枚を一人のユーザーとして考えた場合、ユーザー一人あたりのARPUは減少するのである。
一人のユーザーが複数のSIMカードを所有していることを考慮してARPUを計算した場合、2009年12月のARPUは、GSMユーザーで411ルピー(1ルピー1.8円換算で約739円)、CDMAユーザーで318ルピー程度(1ルピー1.8円換算で約572円)になる。
またインドではプリペイド携帯が主流であり、GSMユーザーの95%、CDMAユーザーの94%がプリペイド携帯を使用している。
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ARPUの減少に悩むインドの携帯電話キャリアが現在力を入れているのが、携帯電話向けコンテンツサービスの提供である。
インドではこれまでは、非音声通話以外のサービスでは、テキストメッセージや着メロが主な携帯電話コンテンツサービスとして提供されてきたが、携帯電話キャリアは、ARPU増加を狙い、動画やSNS、音楽等のリッチメディアコンテンツの提供に力を入れている。リッチメディアコンテンツからの収益は、年51%の割合で増加している(参考資料)。
▼インドにおける携帯電話キャリアの収入
携帯キャリアがリッチメディアコンテンツに力を入れ始めたのには、3Gユーザーが増えてリッチメディアの使用が増える可能性が高いこと、また、携帯電話を「主要メディア」として使用するユーザーが増える可能性が高く、ARPUの増加が見込めるためである。
インドは国土が広大なのと、通信インフラや高速道路などのインフラが貧弱であるため、先進国ではどこでも提供されているテレビ、ラジオ、新聞が提供されていない地域がある。例えばラジオ電波が届かない村は、75万にものぼるのである(参考資料)。
そのような地域では、ボリウッドの最新ソングを聞きたければ、何時間もかけて隣村の結婚式まで歩いていき(公共交通網が発達していないので)人様の結婚式を覗き見して、余興として歌われている歌を楽しむ、というのが珍しくなかったのである。
また、これまでは、メディアを購入できるだけの金銭的余裕がある人口も限られていた。
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ところが携帯電話が急速に普及し、いまや浸透率は国民の50%近いとも言われている上、生活レベルが向上し、メディアや携帯電話にお金をさくことができる人口が増えたため、インドではメディアブームが起こっている。
例えば、先進国では経営危機が叫ばれている新聞社が多いにも関わらず、インドでは現在新聞ブームが起こっており、売上が年々伸びている。イギリスの左派新聞であるガーディアンは、インドで合弁企業を設立し、新聞を販売している。インドは今や英語圏の活字メディア産業にとって最後のフロンティアなのである(参考資料)。
一方、ラジオやテレビ放送が届かない地域でも携帯電話の電波は入る。そのため、家にテレビもなく、新聞を買いに行くのも簡単ではない地域では、携帯を主要メディアとして使用し、最新のボリウッドの映画情報をみたり、音楽をダウンロードしたり、宗教サービスにアクセスしているのである。
利用者の数は膨大で、例えば、インドでは、携帯電話経由で提供されるラジオ放送を楽しむユーザーは、なんと2千万人である(参考資料)。
さらにテレビやラジオが届かない地域では、音声通話で情報を提供するというインド独自のサービスにも人気がある。ユーザーが携帯電話に電話すると、その日のクリケットの試合結果(インドは旧英国植民地なのでクリケットが盛ん)や、その日の天気や作物の作付け情報を提供される。Bharti Airtelが提供するサービスでは、携帯電話でヒンズー教やイスラム教寺院のお祈りを聞くことができる。
ブラウザで情報提供できるのに、なぜいまさら音声で情報?と思われる読者の方がいるかもしれない。ここには、インド独自の事情がある。
インドの生活レベルはここ数年かなり向上したのだが、識字率の地域格差が大きく、現在もインド全土で35%程度の人が読み書きできない。読み書きできない人口は、ラジオやテレビ放送が届かないような農村部に多いため、音声情報が重宝されるのである(参考資料)。
日本や北米でマーケティングする場合、識字率など全く問題にならないが、インドでは、収入、性別、学歴等以上に重要な要素となるのである。携帯電話サービスも、識字率を考慮して企画・設計しなければならないというわけだ。
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インドの携帯電話向けリッチコンテンツサービスの57%が娯楽目的であり、ゲームや音楽等のエンターテイメントコンテンツに人気が高まっている。
▼エンターテインメントコンテンツの利用率
これら娯楽系サービスは、現在無料もしくは有償で提供されている。例えば、インド第2位の携帯電話キャリアであるレリアンスが提供する携帯電話でラジオを聞くサービスは月30ルピーである。(1ルピー1.8円換算で約54円)スポーツ情報サービスは、月49ルピー(1ルピー1.8円換算で約88円)である(参考資料)。
現在これらコンテンツサービスは、携帯電話キャリア各社の収益の10%程度でしかないが、近いうちに25%以上に増えると考えられている(参考資料)。
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インドでは都市部のユーザーと農村のユーザーはライフスタイルが異なるため、携帯電話の使い方に大きな違いがあり、各携帯電話キャリアはライフスタイルの違いに合わせたサービスを提供している。
都市部のユーザーは成熟したユーザーであるため、携帯電話を複数のタスクをこなすことができる小型コンピューターとして使用しており、コミュニケーションに多くの時間を割いている。一方、農村のユーザーにとっては、前述したとおり、テレビや新聞の代わりに情報を得る端末である。
また現在リッチメディアコンテンツユーザーの約7割は都市部のユーザーだが、3割は農村部である。将来的には農村部のユーザーの割合が高まると考えられている(参考資料)。
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