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N度目の正直で本格普及を目指すリモートワーク

2016.04.30

Updated by Satoshi Watanabe on April 30, 2016, 15:09 pm JST

テクノロジー業界で数年に一度、ちょうどオリンピックかワールドカップかと言わんばかりのサイクルで定期的に盛り上がる定番テーマがある。例えば、サービス寄りになると、コミュニティ関連サービスがメガトレンドとして良く知られており、その昔のパソコン通信、BBS、(PCベースの)BlogとSNS、LINEに代表されるスマートフォンのチャットコミュニティと推移してきている。

同じような感じで、同じく数サイクルを経て最近また盛り上がっているのが、遠隔でのコラボレーションワーク、リモートワークについての議論である。前回大きく注目を浴びたのが、キーワードでいうならユニファイドコミュニケーションとなり、時期は2010年前後となる。2010年代初頭も比較的議論されていたが、最近の注目のされ方は、これまでの通信事業者、ネットワーク事業者が大きく旗を振る形とは少し異なる形に見える。このあたりの変化の要因について少し整理を試みたい。

 

◇盛り上がるコラボレーション支援ツール

結論から書くと、リモートコラボレーションのテーマもソフトウェア化とサービス化の影響を受けたパッケージングが注目されている。

良く見かけるツール、企業名をざっとリストすると、シスコなどの従来からの定番どころに加え、
・GitHub
・Slack
・チャットワーク
・Dropbox
・FBのチャット機能
といった以前では見なかったカテゴリーのサービス群が加わっている。

上記リストに対して、「いやいやリストにはZendeskも入れるべきでしょう」あるいは、「プロジェクトやるならRedmineも必須だよね」「Redmine重いからTrelloくらいがいい」などとの声が挙がるのが予想されるが、かように別のタスク要件ごとに細分化されてそれぞれにユーザーを獲得している。

ツール選定との見方で言うと、ユーザーがしばし気にしているのは使い勝手、フロント機能あるいはUI/UXである。ネットワークについては、もちろん相応には調達しないとならないが、GitHubとチャットワークで概ね済むので電話会議ツールのようにがっつり帯域を確保はしてないとのケースは珍しくない。

サービスドリブンで起きている変化については、当たり前であるが相性の良い職種、業界で普及は進みやすい。分かりやすくは、ソフトウェア開発関連やネット、モバイル関連サービスの業界ではなんらかのコラボレーションツール無しの業務は考えられなくなっている。

 

◇ツールの導入を促す土壌

もうひとつ背景事情として大きいのは、会社変わりつつあるということである。前向きな改革か差し迫っての施策なのかは個社ごとに事情があろうが、柔軟な仕事の仕方を許容するようになってきている。

会社の変化を促しているのは、マクロ要因としては、人口減と労働力不足の時代に入りつつあることである。デフレ一辺倒の経済状況ではなくなったのもあろうが、例えばでアルバイトたくさんかき集めて駅前のビルに突っ込んではお値段全部280円のはい居酒屋いっちょあがり!といった事業がそろそろ限界にある。なんかあったら人を注ぎ込めば良いや、との考え方はもう成立していない。

正規雇用についても就業形態をある程度柔軟にして対応しないと人が集まりにくいとの声はしばし聞く。主だった会議には出てきてオフィスでも業務するが、週に何日かは自宅作業、とのワークスタイルの人も、数年前のノマドブームのような珍獣感はもはやなくなった。手続きのための手続きは無くす、仕事の場所や進め方も含めて社員が動きやすいようなやり方を選べるようにして、今いる人員で出来るだけのことをするためにはどうすればいいか、との議論は会社のあり方を問いかける大きな経営課題になっている。

このような背景での社会の変化と、ツールの成熟が組み合わさったのが今回のリモートコラボレーションについての動きであると踏んでいる。ツールの使い勝手の閾値が一定ラインを越え、幅広い人や事業形態で採用可能になったことはもちろんポイントであるが、多少便利になろうとも無くてもいいものは採用されない。「なんか向こうの方でハイカラなことをしてる人たちがいるね。私たちには関係ないけど」とのありがちな対応ではなくなったのは、ニーズの側の変化、つまりは仕事の仕方や会社のあり方そのものが根っこから問われているとの要因が大きく感じられる。1年2年で世の中全部ひっくり返るようなことにはさすがにならないにせよ、オリンピック以降を見据えると結構変わってしまうのではないか、との予想を立てている。

 

◇正規雇用とマルチワーク

仕事の仕方というテーマで、リモートワークとセットで議論になることが多いマルチワーク(複業、あるいは多業)のテーマについても合わせて少し触れておきたい。

先ほどちらと触れた駅前居酒屋の話は、一般ニュースでは正規非正規との枠で議論されることが多い。政策課題としても、例えば厚労省だと「正社員転換・待遇改善に向けた取組」、との動きがあり、当時ニュースや解説記事、解説番組が数多く作られ賛否が分かれてはいたが労働者派遣法の改正も行われた。

正規と非正規の待遇格差の解消を目した動きには異論はないものの、ではみんな正規雇用になるのが良いのか?と問われると少々疑問が残る。識者のみなさまとの意見交換で度々議論の遡上に挙がるのが、一社専業で仕事をする正社員との形態は本当に良いものなのか?との設題である。

界隈で働く人たちと話をしていると、いわゆるマルチワークとの形態になっている人がこれまた最近珍しくない。実際にマルチワークの形態を採用している人になぜなのかを聞いてみると「一社のみで仕事をするなんて会社に何かあったら怖い。リスク管理が出来ない。」とのコメントがかなりの率で返ってくる。ある程度腕に覚えがあるからこそ言えるのかもしれないが、正規雇用=安定で安心、との政策検討の背景でも暗黙に置かれているであろう前提に真っ向からNOを突きつける言葉である。

マルチワークについての議論は、一時期のノマドブームのように「新しい働き方をしている人がいる」というとの語り口がまだ軸となっており、一般化しているとはいいがたい。大きなトレンドに乗っている感はまだないため、進むにしてもいましばらくかかるか、との感触でいたところ、国交省がストレートに本テーマを捉えた調査レポート「NPO活動を含む「多業」(マルチワーク)と「近居」の実態等に関する調査結果について」を公開していた。

リンク先の調査報告書で提示されている仮説モデルは少々ざっくりはしているものの、線形にトレンド推移すると過程した場合、2030年には2440万人がなんらかの形でマルチワークに従事しているとのシナリオが提示されている。とてもニッチとは言えない規模である。

両トレンドを素直に組み合わせてみると、フルタイムの正規雇用がボリュームゾーンとして残るだろうことは当然としつつも、以下が起こり得る変化としてまとめられる。
・会社の近くにいることは必ずしも働くことの必須条件ではなくなる(むろん、たいていの場合は適度に近いことに越したことは無い)
・必ずしもフルタイムを必須としない業務について非正規とは異なる形での雇用形態が選択肢として一般化する
・これらの変化を上手く取りこんで受け止められる会社とそうでない会社で競争力に差が出る

おそらくは、話が進むのなら人口減の影響を受ける形で年を追うごとに加速的に事態は推移するものとみている。

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渡辺 聡(わたなべ・さとし)

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任助教。神戸大学法学部(行政学・法社会学専攻)卒。NECソフトを経てインターネットビジネスの世界へ。独立後、個人事務所を設立を経て、08年にクロサカタツヤ氏と共同で株式会社企(くわだて)を設立。大手事業会社からインターネット企業までの事業戦略、経営の立て直し、テクノロジー課題の解決、マーケティング全般の見直しなど幅広くコンサルティングサービスを提供している。主な著書・監修に『マーケティング2.0』『アルファブロガー』(ともに翔泳社)など多数。