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貧富格差の拡大を防ぐ——ピケティの提唱する全世界的累進資本税

人と技術と情報の境界面を探る #010

2017.06.26

Updated by Shinya Matsuura on June 26, 2017, 07:00 am JST

4部で構成されるトマ・ピケティ「21世紀の資本」は、最後の第IV部「21世紀の資本規制」で、貧富格差を社会的に是正する方法について検討している。彼の主張は簡潔だ。

すでに述べた通り、果てしない格差スパイラルを避け、蓄積の動学に対するコントロールを再確立するための理想的手段は、資本に対する世界的な累進課税だ。(「21世紀の資本」山形洋生・守岡桜・森本正史 訳・みすず書房 p.489)。

貧富格差拡大は資本主義社会に組み込まれた本質的な傾向だとピケティは主張する。だから、それを抑制する必要がある。何をもって抑制するかという疑問に、ピケティは「資本に対する世界的な累進課税である」と答えているわけだ。が、同時にピケティは続けて以下のようにも述べている。

とはいえ真に世界的な資本課税はまちがいなくユートピア的な理想でしかない。それが無理でも、地域や大陸単位での課税を試すことができる。(同、p.490)

世界的な資本課税とは国家を超えた課税と配分の制度だ。それが現時点で簡単に実現するものではないことは、ピケティが認めている通りである。だが、なぜ、一国の制度では駄目で世界的でなくてはいけないのか。

資本は国家の枠組みを超えて移動するからだ。
 
 
格差について論じるそれまでの3部と同様に、第IV部でもピケティは統計資料に基づいて緻密な議論を展開する。歴史の推移と共に国民所得に占める税収の割合はどう変化してきたか、世代間の所得再分配手段である年金はどうか、所得税における累進課税の最高税率はどう変化したか、などなど。

累進課税という概念は2度に渡る世界大戦によって誕生した、というような興味深い事実も指摘される。長期かつ全面的に行われた戦争の戦費を賄うために、「金持ちはそれだけ戦争に協力せよ」という考えから、累進課税は生まれたのだ。つまり戦争という国家が生きるか死ぬかの限界的状況になってはじめて、累進課税という貧富格差是正手段を実施することが可能になったのである。

1980年代以降、世界手的に累進課税の最高税率は低下していく。1980年代以降の企業経営層の給与の高額化は累進課税が緩んだから起きたとも、ピケティは指摘する。きびしい累進課税制度のもとでは、いくら給与をお手盛りで上げても、そのほとんどは税金となって政府に吸い取られてしまう。だから経営層は自らの給与を引き上げるモチベーションを持てない。累進課税が緩んだからこそ、経営層は自らの給与をどんどん引き上げていったのだという。

このような分析を積みかさねた上で、彼は次のような認識に行き着く。

21世紀のグローバル化した世襲資本主義を規制するには、20世紀の税制モデルと社会モデルを見直して現代社会に適合させるだけでは不充分だ。(中略)理想的なツールは資本に対する世界的な累進課税で、それを極めて高水準の国際金融の透明性と組み合わせねばならない。(同p.539)

ひとつの国の中での、所得税の累進課税、世代間の所得移転による貧富格差の維持を防ぐ累進的な所得税、そして年金など、20世紀の国家は戦争によって増加した税収を使い、第2次世界大戦後は、高福祉国家を作ってきた。が、21世紀はそれだけでは駄目で、より新しい格差是正手段が必要だ。それは「資本に対する世界的な累進課税だ」とピケティは主張するのである。
 
 
この「資本に対する世界的な累進課税」を、彼は「世界の富に対する累進的な年次の課税」と定義する。対象はすべての富・資産だ。不動産、金融資産、事業資産——例外はない。「運用によってさらなる資本を生む資本」すべてに規模別の累進的な課税を行うのだ。簡単に言えば、富める者が、所有する資本の一定割合を毎年税金として国に支払うわけである。

資本税は、累進的な所得税や、累進的な相続税と対立するものではなく、むしろ相補的である。所得税は、資本から生み出された所得が対象であって、資本そのものにかかる税ではない。また相続税は資本の世代間移転にかかるものであり、これまた資本そのものへの課税ではないからだ。

その第一歩として彼は「国内外を問わず銀行が持つ情報を、公的機関へ自動的に送信することの義務化」という政策を提案する。この政策の最大の利点は、社会における資本の移動を誰もが閲覧可能な形で可視化できるというところにある。正確な課税のためには、「誰がどれだけの資本を世界中のどこに持っているか」という情報が必須だからだ。

これは同時に、政策立案と実行のためのより正確な資本に関する統計を、国の手によって作成することが可能になるということを意味する。本書でピケティは、資本移動に関して雑誌「フォーブス」などが掲載した非公式な統計を使って推計している。国家によって、一層正確な統計が公表されるようになれば、より正確な財政政策が可能になる。

彼は「最初にまず透明性の高い正確なデータありき」と考えているようで、第一ステップとして0.1%というような超低率の資本への課税を想定している。課税は口実であって、最初はデータ収集というわけだ。

きちんとしたデータが手に入れば、それに基づいて資本税の設計をすればいい。税率はどの程度か、累進性はいかほどか——ピケティは、資本税が毎年徴収するものというところから、そんなに高い税率にするべきではないと考えている。
 
 
ピケティの主張の背景には、全世界的な資本の移動を、誰も定量的に把握できておらず、彼のような研究者ですら推計に頼るしかないという現状が透けて見える。なぜそんなことになっているかと言えば、そのほうが富める者にとって有利だからだし、実際問題として過去には資本の移動をほぼリアルタイムに把握する方法がなかったからでもある。

彼は「銀行の持つ情報の自動送信」というネット時代の新技術で、打破しようと提案している。

繰り替えすが、それは容易なことではない。本書末尾近くに、ピケティは「むずかしいのはこの解決策、つまり累進資本税が、高度な国際協力と地域的な政治統合を必要とすることだ。(同p.603)」と書いている。しかし同時に彼は告白する。「たしかにリスクはあるが、私にはまともな代替案が思いつかない」(p.603)と。

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松浦晋也(まつうら・しんや)

「自動運転の論点」編集委員。ノンフィクション・ライター。宇宙作家クラブ会員。 1962年東京都出身。日経BP社記者を経て2000年に独立。航空宇宙分野、メカニカル・エンジニアリング、パソコン、通信・放送分野などで執筆活動を行っている。自動車1台、バイク2台、自転車7台の乗り物持ち。

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