スマートニュース本社にて開催された「あきた寺子屋」。主催は、秋田県産業労働部産業政策課所管の秋田産業サポータークラブ。当日は約60名が参加した。
「ゆっくり進化していく地域の速度を、逆にメリットにしよう」─秋田から日本を元気にする要諦 その3〜あきた寺子屋から
2018.01.15
Updated by Takeo Inoue on January 15, 2018, 12:00 pm JST
スマートニュース本社にて開催された「あきた寺子屋」。主催は、秋田県産業労働部産業政策課所管の秋田産業サポータークラブ。当日は約60名が参加した。
2018.01.15
Updated by Takeo Inoue on January 15, 2018, 12:00 pm JST
先ごろ、秋田産業サポータークラブの主催により「あきた寺子屋」が開催された(会場:スマートニュース本社、協賛:秋田銀行、後援:秋田県、一般社団法人創生する未来など)。今年で6回目を迎えるこのイベントのメインテーマは「いぐね? これからは秋田でおもしぇぐ働く、暮らす」。“秋田には、仕事がなく、給料も安く、ヒトもいない”といったネガティブなパブリックイメージがあるのは否めない。しかし一方では、秋田を熱く変えよういうムーブメントも起きている。「あきた寺子屋」では、そんなムーブメントの中心にいる若手起業家によるユニークな取組みが紹介された。ここでは、その3つの報告から得られる、地方創生成功への要諦を紹介する。
(前回からつづく)
報告のトリをとったのは、CGプロダクションのゼロニウム代表取締役兼CEOである伊藤茂之氏だ。
▼ゼロニウム 代表取締役 伊藤茂之氏
同氏は、かつて徳間書店インターメディアやソニー・コンピュータエンタテインメントなどに勤め、先進的なグラフィック制作を手掛けた。
その後、仙北市の劇団わらび座デジタルアートファクトリーにおいて、伝統芸能のデジタル記録の制作をしながら起業資金や情報を集め、2007年に地元でゼロニウムを立ち上げた。CGという武器を用いて、一点突破で事業を開拓してきた青年実業家だ。
現在、同社は秋田県内のファンドから支援し受け、VR開発に注力しているという。『CGプロダクション年鑑2016』によれば、同社のような企業は全国に382社ほどある。もちろん仕事の多い東京には300社が集中している。
伊藤氏は、「秋田県ではゼロニウムを含めて2社ほど年鑑に掲載されているが、まだ登録されていない企業が数社ほどある。そういう点では、秋田は東北地方においてトップクラスでCG開発が盛んな場所。最近では首都圏の制作スタジオが地方に進出しているが、その多くはオペレータ確保の意味合いが強い。クリエイターの育成や、独自コンテンツの開発は後手になりがちだ」と説明する。
そんな状況で、ゼロニウムは単なる請負ではなく、独自コンテンツの企画から開発までを手掛け、成長してきた。たとえば、これまで同社はCGアニメーションの「がんばれ! ルルロロ(NHKEテレ)や「ジョジョの奇妙な冒険」(週刊少年ジャンプ)、ゲーム系では「戦国BASARAシリーズ」(カプコン)などのオープニングムービーを開発している。
同社は、最先端の3DCGと周辺技術をベースに、さまざまな先端技術コンテンツをつくっている。具体的にはプロジェクションマッピング、インタラクティブアート、VRコンテンツ、360度動画などが中心だ。
▼同社は基本的に最先端の3DCGと周辺技術をベースに、さまざまな先端技術コンテンツをつくっている。具体的にはプロジェクションマッピング、インタラクティブアート、VRコンテンツ、360度動画などだ
プロジェクションマッピングについては、秋田で開催された国民文化祭「秋田幻燈夜2014」において、県立美術館の壁面を使って3Dコンテンツを投影し、4日間で2万人を動員したそうだ。またVRの取り組みは2014年からスタート。VRで座禅を組むコンテンツや、なまはげをモチーフにした秋田県のキャラクターによる360度コンテンツ「んだッチVR」も制作し、話題をまいた。
このように同社は、秋田での独自の創作活動を展開中だが、地元で仕事をしていると「本当に秋田でつくっているのですか?」と驚かれることも多いという。しかし、伊藤氏は秋田で制作することの優位性を強調する。
「都心ではコンテンツの消費が早く、自身の“根っこ”を失っていく感覚だった。秋田は流行のサイクルが遅く、伝統芸能を守りながら、ゆっくり進化していく。むしろ地元のほうが精神的に安定し、自信が持てるようになった。ここで作品を制作することに何ら不都合はない。いまは、ほとんどがネット経由で完結してしまうからだ」(伊藤氏)。
さらに時間的なメリットもある。打ち合わせの際に、いちいち相手に直接会わなくてもよいし、最低限のやり取りで済むからだ。
「Skypeで会議もしている。ただし互いに信頼がないとダメ。私の場合は極力、メールでのやりとりをしている。それが仕事の記録になるからだ。それでも東京にいた頃より、制作に最大限の時間をさけるようになった。マイカー通勤で会社に向かい、静かな環境で仕事上のノイズも少なく、制作に没頭できる」(伊藤氏)。
▼地方では、制作に最大限の時間をさけることがメリット。無駄な雑念もなく、集中して創作活動に没頭できる。
一方で、地方でも仕事に、まったくデメリットがないというわけでもない。それは人材育成機関が脆弱なことだ。地方にはCG制作を一からすべてこなせるような人材がなかなかおらず、いたとしても優秀な人材は東京に流れて残らない。そこで同氏は、地元教育に力を入れており、後進の指導にも余念がない。
同氏は「こういった地方の状況を打破するために、週のうち2日間、地元の仁賀保高校や、山形県の東北芸術工科大学で、3DCGの出張講義を行っている。けっこう大変だが、それでも地方に来て効率的に仕事ができるようになったため、時間を割けるようになった。まさにインターネット万歳だ」と強調した。
すでに高速回線など、ネットの技術進歩によって、地方からでも十分に先端技術を活用した仕事ができる環境が整備されている。ゼロニウムは、それを端的に示す素晴らしい成功事例のひとつといえるだろう。
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登録はこちら東京電機大学工学部卒業。産業用ロボットメーカーの研究所にて、サーボモーターやセンサーなどの研究開発に4年ほど携わる。その後、株式会社アスキー入社。週刊アスキー編集部、副編集長などを経て、2002年にフリーランスライターとして独立。おもにIT、ネットワーク、エンタープライズ、ロボット分野を中心に、Webや雑誌で記事を執筆。主な著書は「災害とロボット」(オーム社)、「キカイはどこまで人の代わりができるか?」(SBクリエイティブ)などがある。