original image: © Rawpixel.com - Fotolia.com
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特に日本で顕著だというが、インド料理屋に行くと「ナン」がよく食べられている。しかし、ナンはタンドール(土窯)がないと、本来の味わいにすることはできない。また、日本では、牛の舌(変な喩えだが)のような形が普通と思われているようだが、そんな形のナンはインドではあまり見かけないという。インドでは、ナンはあまり食べないし、食べるとしても丸い場合が多いのだそうだ。
北インドは小麦文化圏なのでナンなどのパン、南インドは米文化圏なのでライス(長粒米やバスマティライスという細かくしたビーフンのような米)という大雑把な括りもあるようだが、最もポピュラーなインドの主食としては「チャパティ」が挙げられるのではないだろうか。
チャパティは、全粒粉(インドではアタという)を使った薄いパンで、他の国の料理でいうと、形状としてはクレープやトルティーヤに近い。ナンは生地を発酵させなくてはならないが、チャパティの場合は発酵工程は不要だ。ナンは高温のタンドールで焼かないと美味しくできないが、チャパティは家庭のフライパンで簡単に焼ける。
健康食としてのインドカレーの回で紹介した「デザイナーフーズ」においても、全粒粉は上位に位置している。その全粒粉と少量の塩と水だけで作るのがチャパティだ。
手軽で美味しく、ヘルシーなのがチャパティなのだ。実際、野菜のドライなカレー(サブジ)や豆のカレーなどを挟んだり巻いたりして食べると、全粒粉の味わいとカレーが良く合って美味しいと思う。何より、腹が膨れすぎることがないのが良い。巨大なナンだと、カレー以前にナンだけで腹が一杯になってしまう(ような気がする)。
もちろん、ナンが好き、という人はいるだろうし、腕の良い料理人が作った焼きたてのナンは美味しいと思うが、チャパティを見かけること自体が少ないので、食わず嫌いというか、ナンしか知らないまま無批判にナンばかり食べている、端からチャパティは目に入っていない、というのはちょっと悲しい状況ではないか、とも思うのである。
師匠であるメヘラ・ハリオム氏のブログに絶妙な解説があるので、ちょっと引用しておこう。
以下、抜粋。
日本に暮らしている皆さんは、もしや「インド人は、毎日ナンを食べている」「インドの主食はナンである」と思っていませんか? 実は違うんです。ナンは、皆さんご存知の通り、タンドールオーブン(土釜)で焼きます。タンドールオーブンは、インドの家庭にはありません。ですから、インドでも日本同様、ナンは「テイクアウトするもの」あるいは「レストランで食べるもの」なのです。それでは、家庭では普段何を食べているのかといえば、チャパティかライスを食べています。
ライスは日本と違い、「炊飯器にセットすればでき上がり」ではないんです。どちらかといえば「パスタを茹でる」感じに近いので、調理している間はその場を離れることができず、大量のお湯を準備しなければならないこともあって、一般に「面倒」と思われています。
そのため、特に北インドでは主食としてはチャパティが用意されることが多いのです。チャパティとは、全粒粉(アタ:ふすまの部分も一緒に粉にした小麦粉)を水と塩で練った生地を丸めてから麺棒で薄く伸ばし、専用の鉄板で焼いたインドの薄焼きパンです。インドは、日本に比べて核家族化は進んでいないので世帯の人数が多く、1回の食事につき30枚くらいのチャパティを作ります。
チャパティの生地に、スパイスで味付けしたカリフラワー、ジャガイモなどを包み込んで丸くして、それを麺棒で薄く伸ばして焼く「パラタ」と呼ばれる味つきチャパティもあります。これは子ども達には大人気です。
ところで、ナンのあの独特の形ですが、あれは(私の知る限りでは)日本限定だということをご存知ですか? 実はインドでもパキスタンでも、ナンは丸い形なんです。これは、日本に来てビックリしたことの一つなんですけど、日本ではどこのレストランでもあの形ですよね。スーパーで売っているパックになっているナンでさえも、あの形です。
そうはいっても、インド家庭料理「ラニ」でもナンはあの形です。「郷に入れば郷に従え」ということで(笑)。
それでは、ハリオム氏のブログの内容を中心にチャパティの作り方を見ていこう。「チャパティに赤唐辛子のアチャールをはさんで食べるのがインド流」(ハリオム氏)だそうだ(チャツネとアチャール)。
チャパティの生地を油で揚げたのが「プーリ」という揚げパンである。揚げ物だけに揚げ油の鮮度には気を付けたいが、プーリもカレーによってはとても相性が良いパンだ。北インドでは、朝食でジャガイモのカレー(アルジラ)とプーリの「アルプリ」が定番中の定番なのだという(北インドの朝食)。
材料
・アタ(全粒粉) 500g
・水 350cc
・塩 10cc(小さじ2)
まず、アタに塩と水と加え、手早く混ぜ合わせる。少し練りながらさらに生地をまとめていき、生地がしっとりとまとまったら、そのままラップをかけて30分ほど生地を馴染ませる。
生地を小分けにして丸め、麺棒で薄く伸ばす。伸ばした後のサイズから、生地を小分けにする単位を決めると良いだろう。
フライパン(鉄製が良い)に油を引かないで、薄く伸ばした生地の両面を多少の焦げ目がつくくらいまで焼く。上手くなってくると、焼いている最中にパンが球状に膨らむようになる。
同様にナンの作り方も見ていこう。ハリオム氏のブログから「レシピ」と「よくある質問と回答」を掲載しておく。ナンの作り方を見ると、材料も作り方も焼くのも、チャパティよりはるかに手間がかかり、インドの家庭にはタンドールがないというだけでなく、チャパティのほうが手軽で作りやすいことがよく分かる。
ナンの生地を油で揚げたパンが「バトゥラ」だ。インドでは豆のカレーと一緒に食べることが多いという。
材料
・強力粉 500g
・サラダ油 大さじ2(30cc)
・打ち粉 適量
材料A
・塩 大さじ1(15㏄)
・砂糖 50g
・重そう 小さじ1/2(2.5cc)
・ベーキングパウダー 大さじ1(15㏄)
・牛乳 200cc
・卵 1個
・水 100cc
・プレーンヨーグルト 50g
まず、「材料A」を泡立て器でよく混ぜ合わせる。そこに強力粉を混ぜ入れ、ひとまとまりになったら、サラダ油を加えよくこねる。この段階でいったんラップをかけて室温で最低2時間くらい発酵させる(1回目の発酵)。夏であれば2時間で良いが、冬の場合は暖房の入った部屋で3-4時間発酵させる。
1回目の発酵が済んだら、生地を6等分から8等分に分けて丸く成型し、ラップをかけ最低30分、できれば1時間くらい発酵させる(2回目の発酵)。
2回目の発酵が済んだら、打ち粉をして生地を均等な厚みに伸ばし、オーブンで焼く。
ナンを焼く場合は、オーブンを使った方が良い。オーブントースターでは、火力が不十分で美味しいナンを焼くことはできない(トースターでナンを焼いてみる)。
焼く前に生地を伸ばす時のコツは、「あのナンの形」にこだわると均等に伸ばすことができないので、インドでも定番の丸い形にすることをお勧めする。丸めて二次発酵させた生地を手のひらで上から押して分厚い円形にし、さらにその生地を手のひらか10本の指の腹で少しづつ押して、均等に広げていく。麺棒は使わない。麺棒で伸ばしてしまうと、生地の中の空気が逃げてしまって、ふっくらと仕上がらないからだ。
タンドールの温度は300-500℃にもなるので、ナンは1分半から2分半くらいで焼き上がる。しかし、家庭用の電気オーブンはタンドールほど温度が高くないので、焼き上がるまでに時間がかかる。その分、水分が飛ぶことになるので、やはりタンドールの高温短時間で焼いたナンに比べると、ちょっと食感が異なることは否めないだろう。
まず、オーブンを天板とともに、そのオーブンの最も高い温度に予熱する(多くの場合、300℃くらいでは?)。予熱完了後、オーブンの温度が下がらないよう素早く天板に伸ばした生地を乗せ、中段で最高温度で焼く。天板が大くて2枚が重ならずに乗るようなら2枚同時に焼いても良い。加熱時間はオーブンの温度にもよるが、5-8分くらい。全体が膨らんできて表面に美味しそうな焦げ目がつけば焼き上がりだ。
オーブンがない場合は、ガスレンジの魚焼きグリルを使って焼くという手もある。魚焼きグリルは、オーブンよりも空間が小さいので予熱時間(8-9分)も焼き時間(3-4分)も電気オーブンより短くて済むようだ。手持ちの器具によって、ナンを焼くのに向いているのかどうか、あるいは所要時間などにバラツキがあるかも知れないが、試してみる価値はあるだろう。
味は自家製には劣るものの、業務用食材の店などに行くと、既に焼いて完成した状態の「冷凍ナン」が入手できる。電子レンジで1分くらい温めてふわっとさせてから、オーブントースターあるいは油を敷かないフライパンなどで表面をパリッとさせると、そこそこ食べられる。冷凍品なので、日持ちするのも便利なところではある。
とはいえ、自家製のチャパティが上手く作れるようになったら、自家製ナンが上手くできたときはともかく、市販のナンよりもはるかにチャパティが好ましいことに気付くだろう。特にサブジ系のドライなインドカレーとチャパティとの相性は抜群だ。
※本連載は、横浜市都筑区のインド家庭料理「ラニ」のオーナーシェフであるメヘラ・ハリオム氏と、同氏を師と仰ぐ田邊(富士山麓のcafe TRAILでカレーを提供中)の共著という形で、インドカレーのセオリーについて考え、それを分かりやすく提示する試みです。もちろん、いくつか代表的なカレーのレシピも掲載していきますが、いわゆるレシピそのものを紹介すること自体は目的ではありません。このレシピはなぜこうなっているのかを理解することで、レシピを見なくても、自分にとって美味しいインドカレーが作れるようになることを目指しています。また、各種スパイスについての解説は、食材やスパイス同士の組み合わせや相性を中心とし、スパイスの歴史や特性などについては、他に優れた本がたくさんあるので、それらにお任せするというスタンスです。
※この連載が本になりました! 2019年12月16日発売です。
おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)
登録はこちら北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。