画像はイメージです original image: gabrijelagal / stock.adobe.com
数字(すうじ)を持参して、身の回りのアーキテクチャを少しだけ書き換え、安全に備えよう
2020.07.15
Updated by Shigeru Takeda on July 15, 2020, 15:32 pm JST
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2020.07.15
Updated by Shigeru Takeda on July 15, 2020, 15:32 pm JST
筆者自身が、様々な事象に対する違和感を感じて前職を辞して、今の会社を作ったのが2004年。個人的な「プランB」はこの年に発動した。そこからの約14年間の経験をまとめたのが、2018年に発行した『会社をつくれば自由になれる』(インプレス)である。「42/54」での連載をベースに加筆したが、自分でもびっくりするくらい書いてあることがほとんど「コロナ対策」だ。
つまり、ポストコロナ社会において実行すべきこと、変えるべきことは、実はコロナ禍が発生しなかったとしても、実行すべきことであり変えるべきことだった可能性が高い。実際、新聞や雑誌に掲載される様々な識者によるポストコロナ社会へのアドバイスは、多くの場合、ポストコロナの文脈を完全に削除しても意味が通じる。むしろ削除したほうが、立派な提言に聞こえることに気づいた方も多いだろう。
コロナ禍は私たちが黙認あるいは見ない振りをして、やり過ごそうとしていた小さな傷口を大きく広げて見せた。体調に違和感を感じていたとしても、大量出血でもしない限り病院に駆け込もうとしないのと一緒である。感染症(COVID-19)特有の現象が不幸な現実をもたらしたことは確かだが、日本がダメな国になってしまった「本当の敗因」は、コロナとは無関係なところにある。コロナという「社会のリトマス試験紙」は、問題点の所在を誰にでも分かる形で明確に浮かび上がらせたのである。
プロパガンダを定期的に発信し、レギュレーション(規則)を設定するイニシアチブが自分にあることを表明しないと死んでしまう欧米社会(特にWASP)は、こういう時に分かりやすいコピーを作るのが非常に上手い。今回は「グレートリセット:The Great Reset」(ご丁寧にちゃんと定冠詞が付いている)なのだそうである。誰もが1972年のローマクラブ(Club of Rome)による「成長の限界(The Limits to Growth)」を想起するだろうが、これは一種の確信犯だろう。
「Secondlife」や「VirBELA」ならいざ知らず、そもそも現実の社会や経済が「リセット」できるはずがないことは、彼らも重々承知しているはずだ。それにもかかわらず、臆面もなくこういうもっともらしいメッセージを堂々と提案してしまえるのが、欧米の面倒臭い人達に共通する特徴だ。
しかし残念ながら、このように定期的に出現する提言の類が世の中を変えたことはない。提示していることはカッコいいし、共感するところもないわけではないが、こっちは売上げが激減してタイヘンなので、このような毎度お馴染みの恒例行事に付き合ってるヒマなどないのである。
青島幸男作詞『スーダラ節』の一節、「わかっちゃいるけどやめられない」にこそ真理がある。古典落語も多くの場合「繰り返し同じ過ちを犯す憎めないバカ」が主人公になる。なぜ憎めないかといえば、自分がそのバカと大差ないと心得ているからだ。「わかっちゃいるけどやめられない」は悲しくも愛すべき人類普遍の法則に違いない。従って、実際にプランBを再構築するには、わかっちゃいるけどを超えるためのそれなりの「覚悟」をでっち上げる必要がある。そして、その動機として最も有効なのが「安全性」だ。
自分自身、何か面白いことにチャレンジしようと思って起業したわけではない。自分の会社を作るほうが「安全だ」と思ったのだ。打算的であり、かつ保守的であることが起業につながった。攻撃(起業)は最大の防御、を実感したい人はぜひ会社を作ってみていただきたい。
コロナ禍の現在、世間が求めているものもある種の「安全」であって、オープンイノベーションだろうが、DXだろうが、全ては(社会の)安全と(個人の)安心のために利用されなければならない。安心と安全を実現するために必要な道具は、無論、ハードウエアに限らない。ソフトウエアや、インタフェース、デザイン、そして医療体制、制度設計・アーキテクチャも含まれる。
これらの道具に共通して求められるべき資質をひとつだけ挙げるとしたら「それは繰り返しの利用に耐えられるか?」という問いに集約することができるだろう。
繰り返し使えるもの、すなわち長期間(具体的には自分自身の寿命)の利用に耐えられるものは結果的に「安上がり」になる。ただし、(原子力に限らず)安全な運用を実現するためにとんでもないコストがかかるものを「繰り返し使える」として認識するのは危険だ(注1)。しかし一方で、そのようなスジの悪いものを撲滅しようとする運動体への参加は、あなたの貴重な人生の時間の無駄遣いでもある。
私たちができること、やるべきことは、自分の身の回りにある様々な制度などを自分自身にとって使いやすくなるように、多少カスタマイズして長期間使い倒すことだろう。この時、「数字(すうじ)」が威力を発揮する。数字は、それ自体にパワーがある。つまり、水や石油といった資源と同等の価値がある。手に取ったり、匂いを嗅いでみたりすることはできないので、数字を資源として認識するためには少々コツが必要だが、これはほぼ無限にゼロコストで増産可能で、全ての人に等しく提供されている資源である。
人類が最初に発見した数字が何かをご存知だろうか。答えは「2」。(なんとなく想像がつくと思うが)狩りに出かけ、持ち帰ってきたものを「食べられるもの(1)」と「食べられないもの(0)」に分けた時に、2つの塊が可視化された、というわけである。言語を利用するよりもはるか太古の昔から、バイナリ空間分割(Binary space partitioning)をやっていた、といえないこともない。この「2」の発見から始まって、指の数の「5」、足まで使えば「20」をカウントできるようになった。ここから数千年を経て、5世紀頃のインドで「零(ゼロ)」が発見されることで、数学(すうがく)は飛躍的な発展を遂げていくことになる。
ビジネス数学をきちんと学ぶのも悪くないし、三角関数、指数関数、微積分、順列・組合せ(馬券が何点買いになるか瞬時に分かる)あたりは復習しておくに越したことはないだろうが、さしあたって、私たちが仕入れるべき数字(すうじ)は、比較的小さな素数(prime number)、すなわち「2」「3」「5」「7」「11」「13」程度で十分だろう。
実際には、意外なものを「2」つ結合させて新しい事業の可能性を探る、自分を「3」つの事業部で構成されていると考えてみると安定する、「5」人以上で会議はやらない、「7」つ道具を用意しておく、「11」カ月で売り上げ予算を作っておけばまるまる1カ月遊べる、そして一九字牌を「13」枚集めれば国士無双である。おめでとう。
素数は分解できない。つまり「頑丈(robust)」なのだ。ハンマーで叩いて割ることもできないので、ひょっとしたらダイヤモンドに匹敵する強度に違いない、ということにしておこう。数字という言語を使って会話する時に、素数が妙なポテンシャルを持っていることを自覚しておくことは、意外なところで役に立つはずである。これは私たちへの自然からの贈与だ。ありがたく頂戴し、有効に使わせていただくことにしよう。
注1)
かなりスジの悪いサービスのひとつが「エレベータ」だ。高層ビルの付帯設備だと錯覚しがちだが、実は垂直移動専用の立派な乗り物(vehicle)である。単位距離あたりの移動コストは新幹線をはるかに凌駕し、ロケットすら上回る、と聞いたことがある。緻密で正確な動きが要求されるため機構が猛烈に複雑になりメンテナンスが大変なのだ。加えて災害に弱い。そもそも、エレベータが運行不能になっただけで戻れなくなるような代物が「マイホーム」であって良いのか。
さらにもうひとつ挙げるとすれば「自動改札機」。ほぼ全員がスマホを持っている社会に自動改札機は不要だろう。お金を払って乗車しているかどうかは、センサーとスマホで十分に捕捉可能だ。それも全てのスマホを対象にする必要はないはずで、ランダムサンプリングで統計上有意な数だけを気が向いた時にチェックすれば十分だ。複雑怪奇な機械部品で構成される何万台もの自動改札機を実装しているのに比べて、無賃乗車による被害額はさほど変わらないはずだから、社会的コストは劇的に小さくなる。
筆者の知人の中で「なぜ私たちは切符を買って、自動改札を通過する必要があるのか」という当たり前の不便を発見し、それを改良する提案力にもっとも長けているのが増井俊之氏だ。慶応の教授などという発想力や提案力ではないことを要求される仕事に従事させておくのは、大きな社会的損失である。
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登録はこちら日経BP社の全ての初期ウェブメディアのプロデュース業務・統括業務を経て、2004年にスタイル株式会社を設立。WirelessWire News、Modern Times、localknowledgeなどのウェブメディアの発行人兼プロデューサ。理工系大学や国立研究開発法人など、研究開発にフォーカスした団体のウエブサイトの開発・運営も得意とする。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997-2003年)、情報処理推進機構(IPA)Ai社会実装推進委員、著書に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス、2018年) など。