original image: Aris Suwanmalee / stock.adobe.com
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手元に「すばる望遠鏡 世界一の天体望遠鏡が見た宇宙」(2001年)というDVDがある。発売時、4500円だったのだが、天体写真好きということで奮発した。すばる望遠鏡というのは、ハワイ島のマウナケアの山頂付近(標高4200m超)に設置された1999年に観測を始めた当時世界最高峰の光学望遠鏡である。DVDには、すばるがいかに凄い性能であるか、すばるで切り拓かれるであろう新しい観測領域への期待などが詳しく説明されている。
しかし、すばるより前に観測を始めていたハッブル宇宙望遠鏡の大気圏外から撮影した写真を目にするようになり、すばる望遠鏡が撮影する写真のインパクトは薄れたことは否めない。口径は、すばる(8.2m)よりはるかに小さいハッブル(2.4m)であるが、大気の影響を受けない宇宙空間から撮影した写真は、曇りガラスを取り払ったかのように鮮やかだった。
アメリカ航空宇宙局(NASA)のWebサイトには、「Astronomy Pcture of the Day」というページがあって、毎日更新されている。ハッブルが観測を始めてからは、毎日のようにハッブルによる写真が公開されるようになった。その色彩と解像度に瞠目したのをよく覚えている。
もちろん、素人受けするキレイな写真を撮ることだけがすばるやハッブルの使命ではないわけで、その後もすばるは、その高い性能や特徴的な機能を武器に宇宙誕生時に近い遠距離銀河の観測など、すばるならではの新発見をして活躍している。地上にあるだけに、メンテナンスが容易だし、最新のデジタル機器を追加して観測精度のさらなる向上を図ることもできる。
NASAは、昨年12月にハッブルの後継となる「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」を打ち上げた。この宇宙望遠鏡は、可視光ではなく赤外線によって各種の天体の観測をするものだ。赤外線ということで、ハッブルのような分かり易く美しい写真ではないかもしれないが、赤外線ならではの新しい発見が期待される。
天体写真といえば、アマチュアの世界も様変わりした。こちらは、望遠鏡よりもデジタルカメラの方が主役だ。天体撮影マニアは、銀塩フィルムの頃は、次のようなことをやっていたものだ。
・星の動きを追うために地軸と角度を合わせた赤道儀にカメラを取り付け、カメラの横に取り付けたガイド望遠鏡で近くの明るい星を長時間に渡って追尾しながら長時間露光
・長時間の露光では、フィルムを冷やすと感度が落ちにくいことから、カメラの背面を改造して冷却用のフィンを付け、そこにドライアイスを密着させてフィルムを冷やしながら撮影
・赤、黄など色が異なるフィルターで同じ天体を撮影して、複数の色合いの異なる同じ天体の画像を合成して1枚の写真に仕上げることで、1枚で撮るよりも解像度を向上させる
しかし、高感度のデジタルカメラの登場が、そんな工夫を過去のものとした。当時の市販の銀塩フィルムの感度はISO400、現像の際に増感処理して1600くらいだったが、今では、エントリーモデルのコンパクトデジカメでさえISO12800くらいは楽に実現している。老舗の雑誌「天文ガイド」は、いまだにたまに買って読むのだが、読者からの投稿写真のコーナーを見ると、まさに「隔世の感」である。「ビギナー部門でこんなに!」なのである。
デジタルカメラ(携帯電話も含めて)が可能にした「遊び」(敢えて遊びという)の中でも、天体撮影ほどテクノロジによる不連続な進化を感じさせる分野はなかなかない。もちろん、望遠レンズや望遠鏡などの光学機器も進化している(設計段階のデジタル化のおかげでもある)のであるが、基本性能が高いものを一度用意すれば、あとはデジタルカメラ側を新しい高性能なものに入れ替えることで、さらに良い写真が撮れるようになる。これは、すばる望遠鏡の価値と相似でもある。
その他にもデジタルカメラが拓いた世界としては、動画コミュニケーションなどいろいろあるだろうが、もうひとつ挙げておきたいのが食べ物の写真である。これほど一般に広く普及したものはなかなかない。銀塩時代には、飲食店の光量不足、カメラが大きい、接写やクローズアップに専用のレンズが必要、フィルムは普通は36枚撮りまでなどの基本的な制約があった。デジカメは、これらの基本的な問題点をすべてクリアしただけでなく、白熱灯によって写真が赤っぽくなるのも、ホワイトバランスを簡単に調整できるので気にする必要がなくなった。
DXを考えるためのメディア「Modern Times」に先週掲載された「新自由主義が狭めた宇宙」という記事を読んで、ほんの少しだけ天体写真に足を踏み入れたことがある者として、つい、こんなことを思い出してしまった。
[最近のModern Timesから]
・新自由主義が狭めた宇宙
最先端技術の創出・実践の場となっている宇宙開発関連の事業。そこを見ていれば、やがて社会に起こりうる課題も浮かび上がってくるかもしれない。今回は科学ジャーナリストに新自由主義が宇宙産業にもたらした影響について紹介してもらう。
・「真実」は「事実」だけでは伝わらない
フェイクニュースは情報化社会に混乱をもたらす。だから人々がファクトすなわち事実だけを求めるのは当然の理屈だ。しかしながら、果たして事実だけが真実を伝えるために役に立つと言えるのだろうか。事実とは到底思えない、神話や伝説は信じる価値のないものとして一蹴できるのか。地域文学文化の専門家・小二田誠二氏が情報としての文学の価値を再考する。
・二次利用こそが新たな価値を生む
DXの要はデータの活用である。しかし、基盤を用意したところで安心してしまいがちな日本企業は、ここに複数の課題を抱える。データ活用のために本当に重要なことと課題解決方法について、Neutrix Cloud Japanの高橋信久CTOが解説する。
・リスクのある「実験」を社会の中で行うべきか
科学の発展のためには実験が欠かせない。しかしリスクのある実験を社会は受け入れることができるのだろうか。科学技術社会学の研究者であり、『学習の生態学』の著者・福島真人氏がこの視点の重要性を指摘する。
・「北風と太陽」にみる気温のしくみ
とにかく気象とは人が思っている以上に複雑である。こと気温についてはそれを決定づける要因が非常に多い。日照時間と気温はなぜ比例関係にないのか、なぜ冷たい風と温かい風があるのか……。日頃当たり前に接しているこの現象を改めて知ることで、私たちが生きている世界の面白さを味わおう。
「本当のDX」を考えるウェブメディア『Modern Times』
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登録はこちら北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。