original image: barbara mocellin/EyeEm / stock.adobe.com
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Zoomなどでのオンラインミーティング終了直後に、スマホにかかってきた電話で相手と話しをしていると、先ほど終了したばかりの「映像と音声を駆使したミーティング」に比べ(姿は見えないのに)むしろ話し相手がとても身近に感じられる、という経験を皆さんお持ちだと思います。
もちろん「オンラインミーティングは画面上に複数の人がいたけれど、電話は一対一だから」という理由もあるのですが、それ以上に注目しておきたいのは、お互いがスマホ(あるいはイヤホン)に耳を密着させることによる物理的距離の短さ、そして音声品質の向上ではないかと思います。これが結果的に心理的距離をぐっと縮めていることからコミュニケーションがより深いものとして感じられるのです。オンラインミーティングでPCのスピーカー越しで聴く乾いた声とは比較になりません。
2017年頃から普及し始めたVoLTE(HD+)という音質の規格(正確には3GPPで標準化されたEVS(Enhanced Voice Services)というコーデック=音声符号方式)によって、周波数帯域が50Hz~14.4kHzに広がり、サンプリング周波数が32kHz(従来の2倍、ちなみにCDのサンプリング周波数は44.1kHz)になったことで、特に高音域が非常に聞き取りやすくなったことを実感している方も多いはずです。
AM放送程度だった音声がFMレベルに向上したことで「何を喋っているか」ではなく「どのように喋っているか」という息づかいが伝わってくるようになったのです。まさに「あなたが聞いているのは『言葉』ではなく『声』である」です。これはマクルーハン(Marshall McLuhan)が言うところの「The Medium is The Massage(メディアはマッサージ)」を最も具現化しているのが音声(Voice)だとも言えます。
何しろ音声の実態は言うまでもなく「音波」、つまり気体・液体・固体のいずれかを通過していく「波(固体の場合は弾性波)」ですから、それなりの圧力があることになります。花火の重低音を全身で受け止めている時が音=波であることを体感しやすいシーンかもしれません。5Gがその本領(ミリ波:28GHz帯)を発揮するとどんな音声になるのかも楽しみです(バッテリーをあっという間に消耗させてしまう可能性も否定できませんが)。
音声によるマッサージ効果は音の解像度に加え、距離が重要なパラメータとして作用します。言うまでもなく、握手や抱擁、あるいは(介護などでの)手当てなどの距離=0(ゼロ)の状態が音声によるマッサージ効果が最大になるはずです。ここには触覚(Tactile)という別の言葉が割り当てられるのが普通ですが、先に述べたような理由から聴覚と触覚は実は地続きではないかと思うのですね。逆の言い方をすると「会話していなくてもそばにいるだけで、会話しているかのような感覚になる」ということでもあります。
たとえば4人家族がリビングに集まってはいるけれど、ビールを飲みながらテレビを眺めているだけのぐうたら親父、編み物に集中している母親、スマホのゲームに興じているバカ息子、本を読んでいる賢い娘、という具合に、一家団欒どころか、やっていることがバラバラで、会話を交わす訳でもないという光景においても、「そばにいる」ということだけで相手や環境の気配を共有していることによる「会話」が実は行われていると考えられます。「そばにいるという会話」とはそういうことだろうと思うのですね。
日本国内に常住する夫婦は3139万4千組だそうですが、この「夫婦」が結婚したのはおそらく大半が、結婚したいなあと思った時に、たまたま「そば」にいた人の中から適当なのを見繕っただけ、という身も蓋もない理由による、と想像しています。「この人しかいないと思った!」「理想の相手がついに登場した!」というのは、単にそう思い込みたいだけの話でしょう。結婚には確たる理由や動機は必要ないのです。
ただ、結果的に「結婚は距離の関数」になっているはずで、これは結婚した理由に関する統計調査を実施しても絶対に出てこないでしょう(=そんないい加減な理由で結婚した訳ではない、と言い張るに決まっているから)。しかし、人生の一大事を距離で決めるのは実は自然の摂理に適っているのです。
つまるところ、距離は人生を左右する社会関係資本(social capital)、平たく言えば「遠くの親戚より近くの他人」ってやつです。facebook上での数千人の「知り合い」という空虚な人間関係よりは、ご近所さんや家族・友人と和気藹々やってるほうが人生豊かな感じがしますからねえ。
そしてこの時、大きな力を発揮するのが絶え間ない細分化・断片化を繰り返す視覚情報ではなく、徹底的に周囲を統合しようとする音声(Voice)と音(振動)だと思うのです。VR(virtual reality)、AR (Augmented reality)、MR(Mixed reality)はいずれもリアリティ(reality)のバリエーションですが、ここで私たちが何にリアリティを感じるかを改めて考えてみると、画像品質ではなく音声品質、テレビの国会中継ではなくラジオの深夜番組でしょう。
メタバース(metaverse)にしても音声品質にこだわっているサービスのほうが流行る可能性が高い、と思います。今、改めて音声、そして距離をどうデザインすべきかという古くて新しい課題が再浮上してきたのではないでしょうか。「そばにいてくれるだけでいい(フランク永井)」の気分です(古い)。
宗教学者・島薗進氏のオンライン私塾の第2シリーズ「新たなケアの文化とスピリチュアリティ」、第6回は「うたの力とスピリチュアリティ 苦難のなかにある人にうたがもたらす力について」をテーマに、特定非営利活動法人 和・ハーモニー音楽療法研究会理事長の中山ヒサ子さんをお迎えして開催します。「最高の楽器は人の声」なんですよね。
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登録はこちら日経BP社の全ての初期ウェブメディアのプロデュース業務・統括業務を経て、2004年にスタイル株式会社を設立。WirelessWire News、Modern Times、localknowledgeなどのウェブメディアの発行人兼プロデューサ。理工系大学や国立研究開発法人など、研究開発にフォーカスした団体のウエブサイトの開発・運営も得意とする。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997-2003年)、情報処理推進機構(IPA)Ai社会実装推進委員、著書に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス、2018年) など。