July 14, 2026
清水 亮 ryo_shimizu
新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。
筆者は三年ほど前から映画制作に取り組んでいる。
と言っても、実写ではなくてAI映画だ。
AIで映画や映像作品を作る試みはこれまで数多く行われてきた。筆者自身も自分で制作するYouTube番組やCMなどには積極的にAI生成画像や動画を組み込んできた。
例えば、今日公開したハッカソン番組「ProjectDENT(プロジェクト・デント)」では、Google GeminiやChatGPTに清書させたチームイメージや、そこからVeoで生成した動画などをふんだんに活用している。
動画から切り出した登場人物をコラージュしてChatGPTに「これでチームタイトルを作って」と頼むだけでそれっぽいものがすぐに出来上がる。人間のデザイナーに頼んだら中1日かかりそうな仕事も一時間いないに終わる。

これはこれで、映像のクオリティを上げるには手軽な方法なのだが、こういう「ちょっとしたインサート」にAIを使うのはかなり簡単でも、一貫性のある物語、つまり映画や映像作品を作ろうとするとそう簡単にはいかない。
まず、映像にはテンポというものがある。
テンポの良い映像を作るには、基本的には大量にカットを作るしかない。
これは実は、人間が手作業でモーションを作るCGでも、実際に撮影する映画でも変わらない。
筆者はテレビのバラエティ番組をプロデューサーとして企画・制作したり、映画撮影の現場にエキストラとして立ち会ったりした経験があるが、テレビでは丸一日かけて撮影した映像を30分の番組に編集しなおすのに最低でも24時間くらい使う。編集マンやデザイナーは三交代制で、編集室で次々と入れ替わるが、ディレクターだけはソファに寝っ転がって、半分眠りながら作業が終わると起こされ、また指示を出して寝る。これを繰り返す。
映画の場合はもっと慎重で、丸一日かけて撮影しても、実際の映像では数秒でしかないカットということはよくある。特に特撮ものの場合は、準備と後片付けが大変なので、ほんの数秒のさりげないシーンの撮影でも数日かかることはある。
AIを相手にこれをやろうとすると、大きく二つの問題が立ちはだかる。
一つは、AIの使用制限であり、いまどんなAIサービスであっても、無制限に動画を制作できるということはない。大量に動画作成リクエストを投げるとすぐにスタックしてしまう。その結果、納得のいくカットができるまでにクレジットが尽きてしまう。
もう一つは、クラウドAI共通の問題であり、日によって出来上がる映像品質や傾向に大きなバラツキが出るということ。「今日はこのAIは調子がいいな」という日があったかと思えば、「午後からは全然ダメ」という毎日博打を撃ち続けるような作り方しかできなくなる。
理想を言えば、全カットについてさまざまなアングル、演出で複数パターンがあらかじめ用意されていて、監督は理想的なカットを選択するだけでとりあえず一本の粗編が終わるようなものがあれば、あとはカットを詰めていけばいい。どうしても難しいところは思い切ってクラウドに任せるが、どうでもいいところはローカルの動画生成で賄う。
ところがここにもう一つ大きな壁があって、この方法で「アニメ」を作ろうとすると、今度は無関係な人々を苛立たせることを考慮しなければならない。いわゆる「反AI」勢力であって、特にアニメファンには反AIを掲げる人が少なくない。最近も、とあるアニメ作品がOPに生成AIを使用して謝罪、差し替えという事態になった。
また、そもそもアニメをAIで生成するのはまだ難しい。なぜならば、実写というのは、人種や個人個人の差があれど、表現される事象そのものは世界共通のものだ。つまり、学習すべきデータが実質的に無限大にある。
ところがアニメの場合、おなじ「アニメ」であっても、キャラクターデザインや絵柄、背景の描き方、省略されるべき部分とそうでない部分、高畑勲と宮崎駿が作ったレイアウトシステムのような、視線誘導の仕組み。それを理解しないまま(AIはもちろん人間だってプロ以外は理解してない)ただ闇雲に「アニメーション」を学習したとしても、それは「アニメ」のようであってアニメではないもの。例えるなら、ゲームのCGがいくらセルルック(アニメ風)に寄せられても、動きそのものは決してアニメと同質にならないことと同じだ。実際、中国製動画生成AIは、アニメ風の絵を描かようとすると、たいていはセルルックのCGのようになってしまう。
つまり、アニメはかなり高度な表現技術の塊なので、通り一遍に動画を漫然と学習しても決して真似できるようにはならないと考えられる。少なくとも今はまったく真似できていない。もしも真似しようとすれば、まず画面をレイアウトに分解し、どれがセル画でどれが美術(背景)なのか、どれがハーモニー(セル画に描かれた美術)なのかを理解した上で、制作過程を再構成するようなAIを作らなければならない。
もちろん、この分野にもある瞬間に「相転移」のようなことが起きて、ある日突然、大半の「映像を見てるだけ」の人間には理解することも想像することもできないレイアウトシステムをAIが理解し、内部的に再構成してしまう可能性はゼロではない。ゼロではないが、今ではない。
今できることをまずしようと考えると、アニメで制作することは一旦諦めて、70年代のチープだった時代の特撮映画みたいなものなら作れるのではないか。その過程で、今のうちにできることを試すことは可能なのではないか。そういう発想の転換があり、まず昔のチープな特撮映画を目指してAI映画を作ることにした。
そのためには、ローカルLLMとローカル画像生成AIとローカル動画生成AIを組み合わせた統合制作環境が必要だ。
筆者が三年かけて書いた拙い脚本をもとに、Claude Codeにそのようなものを作れと頼んだら、出来上がったのは「GOTANDA Studio」というツールだった。

GOTANDA Studioには、まず脚本とキャラクターシート(各キャラクターの設定を映像や文字で書いたPDF)を入力すると、脚本を読み込み、再解釈し、場面のプロンプトを自動生成し、Fluxで画像化、その後、LTX2.3で自動的にセリフ付きのフッテージを生成する。これを全カット全自動で繰り返し、各カットごとに4〜5のキーフレームが提案され、監督はキーフレームを選ぶだけでとりあえず映像の全体像を作ることができる。
そのまま使えそうなカットもあるが、あとで編集が必要そうなカット、まるごと変えなければならないカットの切り分けがほぼ自動的に終わり、気に入らなければ日本語で「このシーンはもっとこういうふうにしろ」と指示を出すと、gpt-oss-20bが英語のプロンプトを修正して新しいキーフレームを提案する。キーフレームも、単純に一つだけ提案されるのではなく、映画的な手法でさまざまなカメラアングルを加えられて提案される。

セリフをひとまず全て英語にして、洋画という設定に変えれば、意外と自然な演技に見える。これも、もともとの学習データの大半が洋画をベースに学習されているからだ。日本語にしたければ、あとで吹き替えにするか、字幕を入れればいい。とにかく映画のようなものが一本完成させることができるか、それが鑑賞に耐えるものにできるかというひとつの挑戦をまず達成することが目的である。
GPUはあればあるほどいいが、とりあえず10枚ほどのGPUでも適切に役割分担すればそこそこ快適に動く。何より、実際に撮影したりアニメを描いたりという手間を考えたら圧倒的に早く完成イメージに近いものを手にできる。
映画の世界では本編を作る前にプリビズという、「動く絵コンテ」を作る場合もあるが、超大作のプリビズのプロセスにそのまま使えるとは思わないものの、低予算の作品ならこれで十分ということもあり得るのではないかと思う。
少なくとも絵が描けない監督の絵コンテ、というものは世の中にはよくあるのだが、それよりは幾分マシなものになるのではないか。そしてどうしても「ここだけは」というところだけ絵コンテを描いてなんなら作画または撮影すればいいのではないか。そういうワークフローに移行できないだろうか。
そんなことを考えている。