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『おたく帝国』が告発するテックファシズム、そして現実を覆うディック的SFのビジョン

『おたく帝国』が告発するテックファシズム、そして現実を覆うディック的SFのビジョン

September 4, 2026

yomoyomo yomoyomo

雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。

SF作家、脚本家、翻訳者であり、短編映画『オービタル・クリスマス』の監督としても知られる堺三保氏の投稿で、ギル・デュラン『The Nerd Reich: Silicon Valley Fascism and the War on Democracy(おたく帝国:シリコンバレーのファシズムと民主主義に対する戦争)』が、日本でも話題になりました。

ジェリー・ブラウンの報道官やカマラ・ハリスの広報担当として政治に携わったことのあるジャーナリストのデュランは、2024年から同名のニュースレターを執筆しており、シリコンバレーのテック右派をナチスの第三帝国になぞらえる舌鋒の鋭さは知られていました。『テクノロジカル・リパブリック』の内容を22項目に要約したパランティア・テクノロジーズの投稿に対し、「TLDR: Fascism(要するに、ファシズム)」と簡潔に返信したことで、デュランはイーロン・マスクの怒りを買い、Xから永久追放されたりもしています。

そのデュランが「ファシズム」を副題に入れた本を出し、それがニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリスト入りするにいたり、現実は遂にそこまで来たかと思わずにはいられません。これには柳澤田実氏が会田弘継氏との対談でも強く戒めていた「テックの悪魔化」だという批判は避けられませんが、「ファシズム」という表現は決して大げさではない、とデュランは主張します。

ドナルド・トランプのMAGA運動はファシズムの条件を満たしており、不条理でシュールなプロパガンダを通じて敵を悪魔化し、排除しようとする「怒りのカルト」だとデュランは見ています。そして、ビッグテックのCEOたちがその就任式に馳せ参じ、マスクが政府効率化省(DOGE)で連邦職員の大量解雇の大なたを振るい、パランティアのAI駆動型の監視技術が移民・関税執行局(ICE)による強制送還を可能にし、そしてクリプト業界がトランプとその家族が私腹を肥やすのを助けるなど、政権と結託したシリコンバレーの超富裕層も共犯であり、ファシスト的だとデュランは断じます。

ブライアン・マーチャントのインタビューにおいて、デュランは「Nerd Reich」という言葉を、「クリプトやAI、そしてますます重要性を増す監視技術や防衛技術などのテクノロジーを利用して民主主義を打破し、世界的な権力を握ろうとするシリコンバレーの億万長者たちのカルト的思想基盤」と定義しています。

デュランはその思想の出発点として、1997年に刊行されたウィリアム・リース=モグ、ジェームズ・デイル・デヴィッドソン『The Sovereign Individual(主権を有する個人)』を挙げます。この本は以前よりシリコンバレーのリバタリアンの間で支持されており、2020年に再刊された際にはピーター・ティールが序文を寄せています。

『The Sovereign Individual』は、情報技術による権力構造の変化により国民国家が衰退する一方で、情報時代の新しいエリート層が、国境を越える富と知力で国家から自立する個人になると予測しています。この本には、21世紀には「サイバー通貨(cybercurrency)」と「高度な自動化(advanced automation)」が国家の権力を弱体化させるとありますが、この二つを現在の言葉に置き換えれば、ズバリ「暗号資産」と「AI」になるでしょう。

重要なのは、『The Sovereign Individual』が単に「国家の衰退」を予見しただけでなく、その衰退を前提として利用して勝ち組になる、つまりは国家を強化するのでなく、国家権力を迂回したり、むしろ弱体化させることで、国家より力を持つ個人や企業になるという思想的道筋を示したことです。

これに民主主義を時代遅れのシステムとみなし、彼が「大聖堂(Cathedral)」と呼ぶ大学やメディアなどのリベラルな民主的制度を破棄し、君主制や企業CEOによる独裁国家への移行を主張するカーティス・ヤーヴィンの影響が加わり、それがイーロン・マスクが率いた政府効率化省(DOGE)が目指した官僚機構の一掃につながります(皮肉なことに、ヤーヴィン自身はDOGEを「中途半端」と酷評しているわけですが)。

NPRのトーニャ・モズレーによるインタビューで、民主主義の破壊は富や利益追求の巻き添えなのか、それとも破壊自体が目的なのかというモズレーの問いかけに対し、デュランは「間違いなく破壊自体が目的だ」と答えています。

既存の国家からの脱出を志向するバラジ・スリニヴァサンの「ネットワーク国家」構想もまた、民主主義国家からの離脱の試みの一つです。余談ですが、「The Nerd Reich」というデュランのニュースレター(並び書籍)のタイトルは、実はデュラン自身が思い付いたものではありません。彼が2024年にニュー・リパブリック誌にスリニヴァサンについての記事を書いたところ、スリニヴァサンに執拗に攻撃されてしまいます。するとクリプト界隈の著名な人物が、「実はね、俺たち何年も前からあいつらのこと「Nerd Reich」と呼んでんだよ」とデュランにDMで教えてくれたことに由来するそうです。

そして、ピーター・ティールは、舎弟である元ベンチャーキャピタリストのJ・D・ヴァンスを副大統領として政権に送り込むことにも成功しています。2025年にはブルームバーグが、ティールやその関連企業とつながりのある少なくとも16人の男性がトランプ政権内で要職に就いていることを報じましたが、そうしてティール、マスク、アレックス・カープ、そしてマーク・アンドリーセンといった人たちは、共和党最大の献金者になると同時に、かつて解体しようとしたまさにその政府から多大な恩恵を受ける存在となっています。

『The Sovereign Individual』、そしてカーティス・ヤーヴィンの思想が、民主主義からの離脱と国家をどう乗っ取るかという政治戦略となり、ドナルド・トランプの存在が、ティールをはじめとするシリコンバレーのテック右派を国家権力に接続する好機を提供したというのが『The Nerd Reich』におけるデュランの見立てです。

テクノロジー自体が民主主義とたまたま(もしくは必然的に)衝突しているのではなく、民主的な手続きを制約と見なし、それに縛られない「効率的な」統治を可能にすべくテクノロジーを利用するシリコンバレーのテック寡占者が存在するのが現実であり、彼らを止められるのは民主的な政治権力だけである、というのが『The Nerd Reich』の最終的な主張になります。さもなくば、国家の主権者が市民でなくなる「テクノ封建制」の元で我々は支配されるというわけです。

パブリッシャー・ウィークリー誌のインタビューの最後で、デュランは「私たちは選択を迫られているのです。億万長者か、それとも民主主義か。両方はありえないのです」と煽っていますが、これはピーター・ティールの有名な「私はもはや自由と民主主義が両立するとは思っていない」を想起させるという意味で、あまり好ましくないと思ったことは明記しておきます。

さて、本文の最初に引き合いにさせてもらった堺三保氏の投稿には、「おたくやハッカーは大企業に立ち向かう側だったのになあ」という嘆きがありますが、『ハッカーズ』以来ずっとテック業界を取材し続けてきたスティーブン・レヴィの「あなたが知っていたシリコンバレーの終わり」における苦々しい告解をどうしても連想してしまいます。

わたしが、シリコンバレーについて最も思い違いをしていたのは、おそらくこの点だ。これまで記録してきたダビデたちは、恐れ知らず、できることには何でも挑み、チップとインターネットの力を乗りこなそうという情熱に満ちていた。その情熱を、わたしは人格だと勘違いしていたのだ。

また堺三保氏はSF作品を引き合いにしていますが、ティール、マスクをはじめとするテック富裕層の多くがSFの愛読者であることからも自然な連想と言えます。

しかし、同時にそうしたシリコンバレー人種のSF理解はおかしいんじゃないか? という疑問も以前より投げかけられています。私自身、そのあたりを「TESCREALふたたび:AGIが約束するユートピアはSF脳のディストピアなのか?」で取り上げていますし、もっと直接的に「なんで最近のテクノロジーはディストピアSF映画からのインスパイアみたいな感じなの?」なんて記事がニューヨーク・タイムズ紙にも出ています。

まさにチャールズ・ストロスが書くように、SFは目指すべき目的地じゃなく警告の役割を果たすことが多いんであって、(ニール・スティーヴンスンの)『スノウ・クラッシュ』や(マーガレット・アトウッドの)『侍女の物語』みたいな未来は実現できるけど、あれはディストピアであって絶対目指すべきものじゃないからね! というわけです。

ギル・デュランも昨年Decoderポッドキャストにおいて、シリコンバレー人種とSFの関わりについて言及しています。

こうした、テックエリートたちが隔離された場所からすべてを支配するという構図は、SF作品によく見られるものです。そして通常、彼らは悪役として描かれます。なぜテック人種は、あえてSFにおける「悪役」のような振る舞いを公然と選ぶのか、私にはどうしても理解できません。

デュランはまた、彼らの危険性について、以下のように語ります。

しかし、より大きな問題は、人間に巨万の富を与えると、正気を失ってしまうという事実が明らかになりつつある点です。 その中には、民主主義を終わらせ、アメリカ合衆国を転覆させ、ディストピア的なSFファンタジーの世界に住みたいと考えるほど常軌を逸する者もいます。あれだけの富があるのだから、ただ口で言うだけでなく、それを現実にすべく行動を起こすのです。この問題にどう対処すべきかは極めて深刻な問いですが、民主党であれ共和党であれ、政界にいる誰も答えたがらないでしょう。彼らは、選挙資金の面でこうした人物たちに深く依存していますからね。

シリコンバレーとSFの関係について、たまたま少し前に面白い文章を読んだので、『The Nerd Reich』から離れますが、最後に紹介しておきます。

それはヘンリー・ファレルとダン・ワンがフィナンシャル・タイムズ紙に寄稿した「シリコンバレーはフィリップ・K・ディックの夢を見るか?」です。

ペイウォールの向こう側の記事で申し訳ありません。著者の一人であるヘンリー・ファレルによるこの文章の要約は、以下の通りです。

シリコンバレーは、アイザック・アシモフやアーサー・C・クラークといった作家たちが、人類が星々へと進出する物語を紡いだ1950年代のSF作品が持つ、輝かしいイメージで自らの野心を飾り立てることを好む。しかし、我々は実際にはどんな未来へ猛スピードで突き進んでいるのだろうか? その未来は、ますます、1960年代のフィリップ・K・ディックが薬物の影響下で描いた作品群が予見していたものに似通ってきている。そこには、正気を失った億万長者、意識を主張する機械、幻覚(ハルシネーション)のような世界、そして政治的崩壊に満ち溢れている。イーロン・マスクやそのご同類は、自らをアシモフ作品に登場するような超天才と見ているようだが、実際にはディックの描く宇宙から抜け出してきたように見える。今日のシリコンバレーを理解する上でより適切な指針となるのは、ディックの遥かに奇妙な感性の方なのだ。

確かに言われてみれば、この文章で引き合いに出される、『ユービック』の冒頭で出てくる、開閉の対価として主人公に5セントの支払いを契約書を盾に要求し、怒った主人公がナイフでドアをこじあけると「訴えてやる!」と脅すドアなど現在的です。

しかし、現在のシリコンバレーとディックの作品世界との親和性はそうした笑えるレベルには収まりません。上で名指しされているイーロン・マスクだけでなく、終末論に執着し、反キリストについて講演してまわるピーター・ティールにしろ、テクノロジーに対する半ば宗教的な信条を綴るのに「ファシスト宣言」の主著者を「守護聖人」として持ち出すマーク・アンドリーセンにしろ、Metaの従業員とやり取りできる自身のAI版の開発に取り組むマーク・ザッカーバーグも、いずれ劣らずディック的です。それに何より、トランプ政権下における政治的不安定が、ディック的現実崩壊感を確かなものにしています。

ファレルとダンは、今を生きる我々がディック作品から得られる教訓として以下の3つを挙げています。

・ビジネス界や政界のエリートたちは警戒心が足らない。あるいは、警戒心を間違った方向に向けている
・テクノロジーは依然として人間の味方になりうる
・我々の目的は、テックエリートたちが夢想するSF的未来像に惑わされることなく、ボトムアップで構築されるべき

ディック作品から教訓って、正気か? とも正直思ったわけですが、『The Nerd Reich』で著者が呼びかける億万長者への抵抗も、確かにこのあたりが指針になりそうかもと思ったりしました。もっともそれは、ワタシ自身が正気を失ってなければの話で――

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