起こらなかったことを測る 〜 書の余白から社会の予防へ 〜/入來篤史(帝京大学・理化学研究所)
前回は『史記』を閉じ、白い紙を開くところで終わりました。項羽の沈黙や、記録に残らなかった選択が、歴史の続きを動かしていました。では、紙の上の「何もない」は、何をしているのでしょうか。書の作品は、墨のあるところだけではでき […]
2026.10.30
歴史は一度では書けない 〜 『史記』 という、二千年前の経路積分 〜/入來篤史(帝京大学・理化学研究所)
今度は「本物の本紀」を開く 前回、自分の研究歴を振り返り、履歴書はその人についての小さな「本紀」だ、と書きました。年と肩書を並べれば人生は妙にまっすぐに見えますが、実際には脇道や行き止まり、後から効いてくる出会いの方が多 […]
2026.10.29
一本道を歩いた覚えはない〜 私の研究歴を、経路積分で読み直す 〜/入來篤史(帝京大学・理化学研究所)
履歴書は、小さな「本紀」である 研究者の経歴は、年表にすると妙にまっすぐです。何年にどこへ移り、何を研究し、どんな論文を書いたか。出来事を年月順に並べると、あたかも最初から行き先を知っていた人が、予定された駅を順番に通過 […]
2026.09.10
《私》 は熊手の先まで伸びる一本道ではない世界を、どう描くか/入來篤史(帝京大学・理化学研究所)
一本道ではない世界を、どう描くか 一本の熊手を手にしたサルが、少し離れたところにある餌を引き寄せる。私が長年続けてきた脳研究は、そんな素朴な場面から始まりました。 サルの頭頂葉には、手に触れたものだけでなく、手の近くに見 […]
2026.08.27