• 執筆者一覧Contributors
  • メルマガ登録Newsletter

暗闇

川の途中に人知れず広がる、いつも夜の場所。

素掘りトンネルは各地にありますが、房総と越後には、とても珍しい素掘りトンネルがたくさんあります。人と水が掘ったそのトンネルたちは、ふつうの素掘りトンネルよりずっと豊かな闇と光と音がある、隠れた名所です。

2016.03.31

異形の人造貫通洞群を巡り、地底の月面を踏みしめる。

昼間にも夜に負けない闇がたくさんあります。房総半島は、たいした山もないのに、江戸時代から昭和にかけて素掘りトンネルが盛んに掘られた、昼間の闇の名産地です。そして、月面の名産地でもあるのです。

2016.01.08

失われたもうひとつの月見を再び。絶海の孤都で二十六夜の月を待つ。

9月の十五夜(中秋の名月)に続いて、10月25日は十三夜(いわば、晩秋の名月)。でも江戸では、満月に近い月ばかりが人気だったわけではなく、新月に近い二十六夜の月も大人気でした。今、二十六夜の月が一番似合うのは、沖縄かもしれません。

2015.10.20

見えた記憶がない人と天ぷら定食を食べて、知覚の「編集」を考える

「百聞は一見に如かず」という言葉があるように、私たちの「ものがそこにある」という実感は、視覚に多くを頼っています。それでは、目の見えない人の「そこにある」実感はどうなっているのでしょうか。リアルとバーチャルの境、そして私たちの「実在感」の未来とは――。目が見えた頃の記憶のまったくない全盲の人との食事から考えます。

2015.10.02

目の見えない人の「赤が好き」 同じ物を見ながら、実は違うものを見ている私たち

目の見える人は日々、当たり前に感じている「色」。しかし、目の見えない人々の色の理解を聞いてみると、見えている私たちの色の感じ方も、ひとつではないことがわかってきます。

2015.09.08

ヒグラシと暮らし、ヨアカシと明かす。

都市化によって日本人とヒグラシはどんどん疎遠になり、ヒグラシが夜明けにも鳴くことすら知らない人が増えています。カナカナのある生活の豊かさを思い出し、暮らしにヒグラシの声を取りもどしましょう。

2015.09.01

失明とは光を失い闇を失い、世界を光と闇で分ける発想から自由になること

世界のはじまりは、なぜ光とともに語られるのでしょうか。それはもしかすると、目の見えている人が光のない世界を想像できないからかもしれません。でも、目の見えない人の「見て」いる世界をリサーチしてみると、彼らが決して「闇の中の世界」にいるわけではないことが分かります。

2015.08.11

線香花火は真っ暗闇の屋内で ―― たった1本の「座敷花火」の幸せ

地味だと思う人が少なくない線香花火。でもそれは、楽しみかたを間違えていたからだったとしたら? 線香花火の原点に打ち上げ花火の手法を組み込んだ、新しい座敷花火の世界をご案内します。

2015.07.31