我々が日常使っているモバイルデバイスの生産現場では、残念ながら労働環境に深刻な問題が発生していることがある。アップル製品の受託生産を請け負う中国のフォクスコン(Foxconn)社工場における労働環境が、中国の法律やアップルのガイドラインに多数反している点を第三者機関から指摘されたことを受け、両社が改善策を発表したことは記憶に新しい(関連記事)。
ところで、問題が発生するのは、製品組み立ての過程だけではない。素材となる金属を生産するための、「採掘」の現場では、開発のために、鉱山地域の先住民の強制排除や、大量の鉱山廃棄物による環境破壊、生物多様性の破壊などの問題が発生している。また、そこで働く人にとっても、劣悪な労働環境にとどまらず、児童労働や強制労働といった人権侵害にあたる問題が発生している場合がある。
さらに、鉱山開発に伴う利権を巡り、政情不安定な国では汚職や腐敗が引き起こされたり、武装勢力の資金源となることもある。国連では特に「武装勢力の資金源となる」ことを問題視して、コンゴ及びその周辺国で算出される「金」「タンタル」「錫」「タングステン」の4種を「紛争鉱物」として指定しているが、他のレアメタル類や銅、鉛、アルミニウムといった金属にしても、採掘を巡って倫理的な問題を引き起こしているケースは存在する。
2010年に成立した米国の金融規制改革法(ドッド・フランク法)は、米国の証券市場に上場している企業に対し、製造過程で金、タンタル、錫、タングステンとその化合物を使う製造業者に対し、それが「紛争鉱物」にあたるかどうかを毎年調査すること、またその調査結果を公開・報告することを義務づけている。日本企業であっても、米国で上場している企業はもちろん、それらの企業の取引先となる企業に対しては調査要請が行われるため、多くの企業が影響を受けることになる。
しかし、日本ではモバイルデバイスと鉱物資源の話題といえば「レアメタルをいかに中国以外のルートで確保するか」といった議論が主流であり、倫理的な問題が広く認識されているとはいえない。日本企業がこの問題にどう取り組んでいるのかを、国際青年環境NGOであるA SEED JAPAN(青年による環境と開発と協力と平等のための国際行動・以下ASJ)が調査している。
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ASJのウェブサイトで公開されているのは、「エシカルな鉱物・金属調達に関する公開質問状2011」。エシカル(ethical)とは文字通り「倫理的・道徳的」という意味で、環境と人権に配慮をもって採掘された鉱物を「エシカルな鉱物」と定義している。2011年9月に最終製品メーカー、素材メーカー、商社、鉱業企業計62社に対して質問状を送付。19社から回答を得ている。
公開されている調査結果によれば、回答した19社すべてが、「環境と人権に配慮した鉱物・金属」を対象に含む調達方針を策定しているか、もしくは策定を検討している。具体的に言及されている内容は、ほとんどが国連で指定された「紛争鉱物」についてである。また、調達にあたって社会・環境問題についての調査を実施している企業は19社中8社あった。日常話題にされることは少ないとはいえ、関係する企業では、金融規制改革法への対応は始まっていることがうかがえる。
しかし、モバイルデバイスをはじめとするエレクトロニクス製品に使用されている鉱物資源はこの4種類だけではない。ASJでは、調査結果に対し、「(調達方針に)今まで鉱物・金属調達に関してほとんど記載がなかったことを考えれば大きく進んでいるといえるが、金融規制改革法で対象とされているものだけでは、単なる法律対応にとどまるため、他の採掘による問題も対応する必要があるだろう」とコメントしている。
ASJ、アムネスティ・インターナショナル日本などNGO4団体は、採掘問題の認知を広め問題解決の土壌をつくることを目的に、身近な「ケータイ」を中心に鉱物採掘にまつわる問題を提起する「エシカルケータイキャンペーン」を展開している。6月14日には、入門セミナー「スマートになったケータイの、スマートじゃない作られ方?~鉱物採掘の現場で起こっていること~」を開催する。
携帯電話をはじめとするモバイルデバイスには、レアメタルを含む多くの金属資源が含まれている。通信業界やその周辺にいる我々は、フォクスコン社の労働問題に関心を持つのであれば、この問題にも関心を払ってもいいのではないだろうか。
【参照情報】
・エシカルな鉱物・金属調達に関する公開質問状2011(国際青年環境NGO A SEED JAPAN)
・エシカルケータイキャンペーン
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登録はこちらWirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。